3ー19 領地経営とその他 その二
僕は、領地経営にも余念が無いけれど、それほど力点は置いておらず、概ね午前中の仕事にしているんだ。
但し、冒険者稼業については、一応の資格はあるけれどほとんど時間が取れなくなったので、余程のことが無ければクエストを受けないようにしているよ。
それでも一月に一度は、冒険者ギルドにも顔を出している。
尤も、顔を出すのは王都の統括本部であって、顔つなぎ程度のことだし、支部には行かない。
僕が支部に行ったりすると、僕の顔を知っている他の冒険者たちが物凄く遠慮するみたいだからね。
必要が無い限り、支部へは行かないことにしているんだ。
その一方で、診療所については、僕の診療時間そのものは、今まで通りの時間と同じで変わらない。
但し、午後一番から後継者育成の研修を診療所で行っているよ。
公爵になったからといって、診療行為をやめるということはしないんだ。
それは叙爵の内示があった時点で、王家の相談役であるクロイム・サイルズとも十分協議して決めたことだ。
一般の平民と呼ばれる人々が、貴族、就中上級貴族に対してその地位に尊敬の眼差し向けると共に、一種の畏怖を感じていることは十分に承知はしているが、僕の方から平民の中に降りて行くことには何ら支障がない。
但し、向こうが随分と気を使うようだけれど、こちらが診療に際して貴賤の別なく対応していれば、患者の方も徐々にそれに慣れて来るんだ。
診療所では、前世で医者が着ていたような白衣をb億も着ているんだが、白衣を着ている僕は教会に属する治癒師と同じ対応をしてくれて構わないということを、皆が知り始めたんだ。
まぁ、診療所内で余程態度の悪い者にはそれなりの対応をしているし、診療所の待合室で患者に暴力をふるうような輩については、場合によって診療所から放り出したこともある。
僕が診療所に居る時には特段の護衛はつけてはいないけれど、仮に、複数の無頼漢が僕を奇襲したにしても、それを簡単に制するだけの力もあるしね。
これは決して傲慢な気持ちから言っていることじゃない。
診療中だって種々の危険の有無を確認しながらやっているからね。
特に怖いのは、人間じゃなくて病原体の方ではあるけれどね。
また、口の悪い貴族たちは、平民上がりの侯爵として、僕のことを馬鹿にしているようだけれど、それは元から覚悟の上だから一向に気にしない。
万が一、彼らが僕の本来の姿がハーゲン王国の第四王子だと知ったなら、不敬罪に当たるわけだから、きっと恐慌を来すんだろうな。
でも、そもそも、実の母である王妃殿下から第四王子としての復帰を懇願されたときに断ったのは、王族なり、貴族なりになりたいとは自分自身が思っていなかったからなんだ。
多くの知り合いができたこの国に残るために、好まぬ貴族と言う役柄をを引き受けたに過ぎない。
では、僕の気持ちの中に王子に復帰する可能性はあったかと言うと、王族と貴族では在り様が違うし、王子として残る道は、王宮の幽閉から脱出した時に、完全に見切りをつけて捨ててしまっている。
だから王子に戻ることは今後ともあり得ないだろう。
公爵になった後は、自分自身の人としての生きざまをどうするかの問題であり、貴族としての振舞にも最大限の配慮はするけれど、だからと言って転生時に与えられた天賦の才能を貴族社会にのみ使うような真似はしたくない。
病で困っている人が居たら助けるし、救助を求めている人が居たら、できる範囲で助けるように動くつもりだ。
前世で仕事に着いた時、目標と言うか座右の銘にしていたのは、米国のUSCGの標語「|Semper Paratus(常に備えよ)」であり、何事か有った際にすぐに動けるように何時でも備えておくことを僕の信条としていた。
その気概は、転生した今でも変わらないんだよ。
ここにはヘリも無いし、少なくとも王都やブルームランドには海も無いから海難救助も無いけれどね。
人の命を救うという意味では、前世の仕事も現世の診療所の仕事も同じだろうと思う。
この世界で自分が生き残るために、当座は冒険者になったけれど、生活に余裕ができた時点で診療に力を入れ始めたのは、多分そんな信条があった所為だと思う。
公爵になったからと言って、その信条を変える必要も無いだろう。
そうは言いながらも、やはり上級貴族としての付き合いもあるからね。
かなりの頻度で診療所に出向くのが支障になることもあるけれど、僕の中での優先順位は変えない。
最近は、周囲の貴族も僕の午後一番から日没までの診療時間に色々と配慮してもらえるようになったよ。
王家との付き合いは、ほどほどにしている。
今のところ、僕が第四王子であることを知っているのは、実父の国王陛下、実母の王妃殿下、それにごく少数の王家の影供だけのはずだ。
少なくとも僕の兄弟姉妹たちには、僕と言う存在を一切知らせていないと聞いている。
将来的に無駄な後継者争いなんか絶対に御免被りたいからね。
僕の場合、二月に一度程度、領内に赴く際に、国王陛下と王妃殿下にお会いしてその旨をお伝えするのが慣例になっているよ。
クラウディアが妊娠したことも伝えたが、その際に子供が生まれたら見せてほしいと頼まれたりもした。
然しながら、公爵の子供が生まれたからと言って、国王夫妻にわざわざその子を見せるという慣例がこれまで無いんだ。
子供が成人して社公会にデビューする際は、王宮主催の舞踏会に参加するのが習わしだから、少なくとも子供が成人を迎えるまでは難しいかな。
あぁ、そう言えば、王家相談役のクロイム・サイルズも僕の正体を知っているよね。
彼とは随分と歳も離れているんだけれど、僕の良き友人の一人ではある。
時折、彼も僕の屋敷に来たりしているよ。
そんな折には、王宮内での貴族の勢力争いについて色々情報交換をしているよ。
僕の場合、妖精sが様々な情報を提供してくれるんだが、妖精sの場合、流石にその情報を解析して今後起こり得る出来事を予測するほどの能力は持っていないから、ある意味で僕が情報過多になってしまうこともある。
そんな時に、年寄りのエルフが居ると色々と関連付けた話を教えてくれるから随分と助かるんだ。
彼の方もまた、僕が多数の妖精sを抱えた情報通であることから、僕のところに来ることが仕事のに一つにもなっているらしい。
まぁ、互いにウィンウィンの関係ではあるんだよね。
彼の場合は誠実で信が置ける人物であることは間違いない。
◇◇◇◇
そんな中で、ハーゲン王国の北方域で不穏な状況が発生している。
ハーゲン王国の北方域には、山がちで畑作には向かない荒れ地の高原が広がっているんだが、ハーゲン王国の領域にはなっていない。
国境が判然としていないが、手前にある樹林地帯が国境代わりの緩衝地帯になっているようだ。
何故、こんな曖昧な形になっているかと言うと、当該高原地帯にはハーゲン王国で言うところの蛮族が住んでいる居住地があるからだ。
モナルク族という名称らしいが、ハーゲン王国その他で使用される公用語では通じない特殊な言語を使う種族であり、非常に頑健な体躯と、かなり威力のある魔術を使える部族のようだ。
端的に言うと、かつてのハーゲン王国の武力では制圧しきれない部族が住んでいるからハーゲン王国も手を出しておらず、戦闘を好む蛮族として見下しているということらしい。
前世を知っている僕からすれば、この世界も随分と文明としては遅れているから、「蛮族」が文明的に遅れているという意味ならば、五十歩百歩だとみているけれどね。
モナルク族が多少文明的には遅れているとは言っても、石器や青銅器に甘んじているわけじゃない。
どちらかと言うと前世のモンゴルのパオに似た住居で暮らし、狩猟と遊牧生活を送っている部族のようなんだ。
従って、羊毛や皮革製品の加工技術は、ハーゲン王国よりも優れているみたい。
但し、彼らは他国と交易をしない鎖国政策をとっているから、どこの領域にも属さない部族国家が存在するということだ。
そのモナルク族の領域と境界を接している大公派のツェンバッハ伯爵家臣団が、訓練と称してモナルク族の領域に踏み込み、あろうことか住民の男性を惨殺した上で女性に暴行し最終的に殺害したようだ。
この際に陰に隠れて生き残っていた幼子の証言で、ツェンバッハ伯爵家臣団の愚行が発覚、モナルク族の族長が配下を引き連れて、領都であるクツェンベルク郊外にまで踏み込んできたのである。
伯爵家の家宰が面会し、何とか宥めようとしたが、その際の「そちらの住民が当方の騎士団に無礼を働いたので罰を与えたようだが、こちらにも非がありそうなので金品で保障する。」という詭弁が火に油を注ぐ形になった。
族長は、片言の言葉ながら、二日の間に、殺害した犯人を引き渡さねば、領都クツェンベルクを火の海にすると宣言したのである。
ツェンバッハ伯爵が領都不在中の出来事であり、領軍騎士団幹部が雁首を揃えて種々話し合ったものの、当の犯人達が口を揃えて無罪を主張するので、結論に至らず、方向性の定まらぬままにモナルク族の族長が言った制限時間が来てしまった。
クツェンベルク郊外に陣取っていたモナルク部族凡そ百名の集団が動き出し、クツェンベルクの閉じている門前に位置し、防壁内に向かって、族長が言い放った。
「時間、来た。
人殺しを渡すつもりないと判断する。
この報復、お前達の所業の結果だ。」
そう言って族長が右手を上げると、集団が呪文を唱え始め、間もなく、巨大な魔法陣がクツェンベルク上空に出現し、わずかな時間をおいて、その巨大な魔法陣から多数の火炎弾が下方に向かって放たれたのである。
この火炎弾はぶつかると炸裂して岩をも砕く威力があったために、石造りの建造物であってもたちまちのうちに破壊され、クツェンベルクは一瞬にしてまさしく火の海と化した。
この様子は、領都に差し迫った危険を察知した一部の領民(主として領都騎士団の家族など)が南方向に避難していたことから、その魔術発動の一部を目撃していたことで、その異変が王都にまでもたらされることになったのだ。
当然のことながら、王宮は大騒ぎになった。




