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「よせ、甚振るなら自首しろ」
殺戮を喰いとめられなかったタカが、声高に吐きすてた。
自首などするとは思ってもいないはずだ。だが火の手がナオミに向けられるのは既成事実、ナイトとしての願望だったのかもしれない。
一平が振り向き、顔を上げる。タカの姿をとらえ立ち上がる。すると湿らせた感情にふたたび火をつけたのだろう、目が異様に血走っていた。
「河童野郎か、てめえがどうしてここにいる」
「あんたの悪行を諫めるためさ」
「何だと、聞いたようなセリフだな。じゃ、ずっと尾けてやがったのか。許せねえ。てめえも爺いの道連れだ、ぶち殺してやる!」
吾作も二人に接近した。が暗いせいか、タカも一平も吾作に気づかない。ならばと一平の背後に廻って短剣を抜いた。
と、いきなり戦いを好まぬタカが、一平の言葉が終わらないうちに拳を繰りだした。もしかしたら吾作が目に入ったのかもしれないし、先制こそ肝心と決めていたのかもしれなかった。
が、一平も修羅場をくぐり抜けてきたアウトサイダー。匕首を向けて防御した。
とはいえダンスと同じで先が読めないタカの変則的なパンチ。一平が防御したにも拘らず蛇のように匕首をかいくぐり、こめかみにヒットした。よろけたところに、続けざまタカの長い足が後頭部を襲う。
一平がたまらず膝を突いた。ポケットから爆竹を落とす。タカが、とどめとばかりに跳躍して膝を飛ばした。
完璧に顎へ膝が食い込んだ。
これで終わった……後は警察に引き渡すだけ、と思った刹那、一平がタカの膝を匕首で払った。
大きな人間に変身しても本質は小人、思うほどにダメージを与えていなかったのかもしれない。匕首で払われ、タカの膝は斬り刻まれた。血だらけでアスファルトに打ちつけられていた。
「何だ、てめえのパンチはなまくらだな。蹴りも全然きかねえぞ」
と罵りつつ突進した。とどめをさすつもりだ。
吾作は叫んだ。
「タカ、鴉に変身するんだ。上空へ逃げろ!」
その声にタカが反応した。
大きかったタカが、瞬時に小さな鴉になった。上空へ飛びだそうと羽をはばたかせた。
一平は、何ごとかと目をまるくさせて驚いたものの、飛び立とうとするタカを足で蹴飛ばした。
その瞬間、タカが「ぐふ!」と、大きな声を漏らして悶絶した。黒い羽根が見る見る小さくなり、白い腕に変わっていく。タカは瀕死の小人に戻っていた。
「きさま、許さない!」
吾作はタカの前にふさがり一喝した。
「何だ? 小人の新手か……」
次から次に目の前で起こる奇怪な出来事に、一平は戸惑いを見せる。
が、すぐに理解したようだった。
「そうか、てめえは爺いの所にいた小さな気配だな。蛇をしとめたのも、てめえだったんだろ」
「ああ、そうだ。きさまも蛇同様にしとめてやる」
「ほざくな、小人の分際で人間に勝てると思うのか」
確かにその通りだ。ナオミの家で読んだガリバーだって、数百人の兵士がいなければ捕えられなかった。今、その巨人に吾作は一人で立ち向かおうとしている。
まして武器も、一平にとってみれば柿の種の三分の一にも満たない短剣一つ。常次が殺された衝動に突き動かされたものの、勝ち目など最初からあるはずもなかったのだ。
「性根の腐ったお前に、俺が負けるはずがない」
吠え返したが、根拠のない応酬によって逆に空しさが押し寄せる。
だが弱気になったら勝負にならない。吾作は短剣を構えた。猟師時代、銃弾を切らして手負いの熊と短剣一つで戦ったこともある。勝ちはしなかったが熊は逃げた。
「何だそれは、玩具か」
一平が短剣を見て笑った。
吾作はその隙を見逃さなかった。踏み潰されぬようジグザグに動いて、アキレス腱を短剣で突き刺した。しかし爪で引っ掻いたていどの損傷しか与えられなかった。
なんせ吾作が戦った熊でさえ、人間から見れば栄養ドリンク程度の大きさ。それを柿の種の三分の一の武器で、致命傷を与えようなんてどだい無理な話だった。
かといってタカを置いて逃げるわけにはいかない。口は悪くてもかけがえのない家族なのだ。
ならば背後に廻り、手のとどかぬ背中から首すじを狙う。そこは人間のウィークポイント、血の噴きでる動脈がある。
決断は一瞬でついた。
吾作は素早い動きで一平の股の下をくぐり、急転回するとズボンをよじ登った。するすると服をたぐって一気に背中まで駈け上がった。目指す首まで、あとわずかだ。
しかし一平は吾作の手の内を読んでいたのか、とつぜん勢いよく背中を壁にあてた。そして熊が木に匂いをこすりつけるよう、壁にぐりぐり押しつけた。
それだけで大岩に押しつぶされるような衝撃を受けた。脳みそや内臓が圧迫されて、どくんどくんと心臓の鼓動が頭に響く。手も足も痛みで麻痺しはじめた。気も遠くなる。
(もはやこれまでか……)
そう思いながらも気力を振り絞り、吾作は首を目指して必死に這い上った。このままではあまりに情けない。せめて首すじを一突きしなければ気が晴れない。
すでに意識は朦朧としていたが、友を助けたい一心で背中を上っていった。




