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キズナ  作者: 鮎川りょう
30/32

5

 尾行をはじめて数分後、二人が駅に差しかかった場所で足をとめて向き合った。タカが足を速めて駈けよる。

 するとタカは、いきなり電柱の陰に隠れたかと思うと緊迫を帯びた声を漏らした。

「おいおい、まずい展開になってきた」

「どうした」

「あいつだ、あいつが逆方向からやってくる」

「あいつ……?」

 凝視すると一平だった。目の縁を赤くさせ、道の中央を我がもの顔で歩いていた。

 なぜ、ここに。嫌な予感がする。

  

「ヤバイぞ、あいつが若者と女を見て足をとめた」

 吾作も気づいた。一平が若者を怪訝な目で見てから、彼女へ視線を移し、ぱんと指で拳銃を打つような仕草をした。きっと誰であるか思いだしたのだろう。

「おい小僧、もう獲物を確保したのか。血は争えねえな」

「獲物なんかではありません」

 若者が彼女を背に隠し反発した。

「ふん、獲物じゃなければ何だ、玩具か。どうせ親父と一緒で障害者だと興奮するんだろう。でもな、その女は変態親父の使い古しの玩具だぞ。親子丼ぶりとは笑わせてくれるよな。恥知らずの甘ちゃん小僧め!」

 その辛らつな言葉に彼女が泣きだした。若者が怒る。一平に殴りかかった。

 しかし一平は、場慣れしていない若者のパンチを身体をよじってひょいとよける。

「そんなパンチじゃ、女を殴れても俺に当たるわけがねえ。パンチってのはこうするんだ!」

  

 一平が若者の胸ぐらをつかみ、殴りかかろうとしたとき、遠巻きに取り囲んでいた野次馬の中から男が一人飛びだした。

「よすんだ!」

 と、一平の腕を男がつかんだ。坊主頭に着流し、凄味のある双眸。常次だった。

 時代錯誤の否めない服装だったが、それがいっそうの緊迫感を生みだし圧倒される。人斬り常次、目も往時の面影を反映させているのか、狼のように研ぎ澄まされていた。

  

「爺い、てめえチンドン屋みてえな格好しやがって、何のまねだ!」

「見ての通り、お前さんの悪行を諫めてる」

「ふざけんな。どこが悪行だ。俺は、こいつら親子の悪行を諫めてるんだぞ」

「親を引き合いに出さないほうがいい。それと、ここで騒ぎを起こすのも得策じゃない。線路沿いへ行こう、じっくり話をつけようじゃないか」

 常次は、若者と女性に「帰りなさい」とうながし、一平を線路沿いの裏道へ連れ去る。タカと吾作は一定の距離を保って二人を追った。

  

「そろそろ決着をつけるときが来たとは思わないかい」

 常次が辺りを見まわし、近くに人がいないのを確認すると切りだした。

「どういう意味だ、てめえみたいな年寄りとの決着など考えたこともねえぞ」

「私にはあるんだ。お前の考えを質すために」

 吾作は電柱の陰から覗き、常次の決意を感じとる。

  

(そうか、これが小屋で見せた爺さんの決着か。なら一平を殺して自分も死ぬ気だな)

 長老ともつながりがあるし、吾作の恩人でもある。みすみす死なせたくはなかった。懸念しているとタカの感情も入り込んできた。

 ーーナイトとして、おいらもナオミさんを守る。ダンサーなら沙里がいるし殺されたってかまわない。

 続けざまに二人の思いを知り、吾作は迷う。だったら自分の為すべきことは何だろうと。

 ナオミたちの路上ライブの成功を妬んで一平が邪な企みをはかっているのを知った。それを阻止するために戻ってきた。しかし現実は残酷だ。鼠一匹に、未だおどおどしている。

  

「爺い、邪魔するなら、育ててもらった情けをすてるぜ」

 と言い返すが、一平は、まだ常次の決意をそれほど感じとっていないようだった。

「勘違いしないほうがいい。情けとは思いやりであり、償いだ」

「償いだと?」

 常次は一平が考え込んでいる隙に殴りかかった。腰の入った、喧嘩なれしたパンチだった。だが筋力の低下は明白だ。

  

 それでも酔いのせいか一平がよろけた。そしてよろけながら懐から匕首を取りだした。目も怒りで赤くなっている。

「爺い、勘違いしてるのはてめえのほうだ。償いは、変態に加担したてめえがくたばることなんだよ」

「まずい、殺されてしまう」

 吾作はタカの服から飛び降りた。

  

 二人の間に割って入ったところで局面が変わるとは思っていなかった。むしろ格好の餌食になるだけだろう。しかし、そうせざるを得ない衝動に突き動かされていた。

 吾作はわき目もふらずに二人の元へ駆け寄った。

 それを見てタカも勇気を振り絞ったのか、すぐに吾作を追い越した。

 しかしタカが駆けつける寸前、一平が常次の胸に匕首を突き刺した。

  

「ああぁぁぁ――!」

 吾作とタカが叫んだ。

「なぜだ、なぜ不様に刺された……」

 吾作は頭を抱える。「よけられたはずだ。それに懐に短刀を忍ばせている。なぜだ、なぜ応戦しなかった」

 動揺は刺した一平にも襲いかかっていた。

  

「爺い、てめえよけなかったな。まさか……俺に刺されることが、てめえの決着だったのか」

 血の気のなくなった常次の青い口もとが、肯定するかにわずかに震える。

「ばかやろう!」

 一平が膝から崩れ落ちた。狂ったように常次の頬を何度もたたき続ける。

  


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