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吾作が部屋に入った途端、ナオミは気配を察し頬を擦り寄せてきた。
数か月ぶりの再会は照れ臭い半面、胸にじんわり懐かしさの沁み渡る熱いものだった。吾作のどこにこんな感情が残っていたのかと思えるほど、久しく感じなかった情が溢れ出てきた。
(ああ、今ならわかる。しがらみなどではなく、絆だった)
だが頬を寄せられると、やはり気恥しい。どうすることもできず、目を瞑ってあたふたするしかできなかった。いくら顔がふけていても、人間に例えるなら二十歳の、異性を知らない若者なのだ。
「おいおい、あんた恍惚そのまんまだぞ」
「かもしれない。でも俺たちはみんな、小さいときに家族を失くしそれぞれ孤独に生きてきたんだ。そして何の因果か巡り合った。俺は離れて初めてその温もりを知った」
「それを、おいらにも感じたのかい」
「あたりまえだ。俺にとってお前は、かけがえのない同族の身内だ」
思ってもみない返答だったのだろう、タカが吾作以上に照れた。冗談も言い返せないほどはにかんだ。
そんなタカをナオミは手のひらに乗せる。もう一方の手に吾作を乗せた。
「そうよ、私たちは家族なの。温もりにつつまれた……」
やけに声がかすれているのでどうしたのかと思い、吾作はナオミの目を覗きこんだ。普段開けようともしない瞼が開いていた。眼球こそ動かないものの、瞳は吸い込まれそうな鳶色だった。その鳶色の瞳から透明の涙がこぼれ落ちている。
(あぁ、三人の思いはつながった)
ならばこそ、どんなことがあってもナオミの夢を叶える。タカを大切にする。
駅ではぐれた吾作をタカが見つけだしてくれた。だったら少女が言った言葉ではないが、あとは全力を上げて姫を守るのみだ。命に代えても。
吾作は決意した。
「二人に伝えたいことがある」
吾作はナオミの手のひらからベッドへ飛び降りた。
「そういや、そんなこと言ってたね。何なんだい」
タカが四つん這いになって上から見下ろしてきた。ナオミも吾作の言葉が気になったのか、手のひらを下げてタカを降ろすと、吾作の目を捜し鳶色の瞳を向けてきた。
吾作は満を持して言った。
「あんたの夢を叶えるには、障害が一つある。俺はそれをホームレスの老人から聞いた」
「はっきり言ってくれないかな。どうにもまどろっこしい気がするんだけど」
そのタカの言葉をナオミがさえぎる。
「わかるわ、あの人のことね」
「あいつか。そういえば様子を探りに、ちょくちょく路上ライブを覗いてた……」
「そいつを何とかしないと、夢が潰える。もう、あんた一人の夢じゃないんだ」
放った言葉は、こだまのように吾作の胸へ跳ね返る。ふたたび夜叉になろうとする常次の決意、そこまで追い詰めた一平の狂気、もう選択の余地はない。
「何とかしなくちゃって、どうするつもりなんだ。おいらたち小人には力の限界ってものがあるんだぜ」
「わからない。だが、俺とタカをナオミと引き合わせたのが運命ならば、答は一つしかないと思う」
「吾作さん、変な気はよして。夢なんか潰えてもいいの、私は三人で暮らしていければ……それで十分よ」
「簡単に言うな。芸人の仲間だってダンサーだっているんだろ。その夢は彼らの生きがいかもしれないし、俺とタカがここで生きた証にもなるんだ」
言いきった途端、頭にうすら寒いものが忍び込んできた。それは肩から背中を駆けめぐり全身に伝わった。おそらく絶望というものだろう。小人と凶悪な人間、はなから勝負にすらならない。それを打ち破る術も見つけられない。
冬の寒気が勢いを増していく。皆の吐くため息が白い。
夕刻、コンサートを明日に控えメンバーが集結した。最終段階の練習。吾作は沙里と勇太に正体を隠しておきたく、一人木の上から練習を見ていた。けれどこれだけの人気があると、いくら冷え込もうとファンは練習場を嗅ぎ当てる。静かな公園は黒山の人だかりと熱気につつまれていた。
ナオミの音色は優雅だけではなく力強さもあった。もともとバイオリンは、人間の声に近い音色を四オクターブ以上の音域で表現しているのだ。もはや魔法といっても過言ではなかった。
さらに沙里とタカのダンスにもきれがあり、息も絶妙だった。それと相当練習を積んだのだろう、勇太のコンガもプロ並みに迫力があった。バイオリンが出せない音をカバーするどころかダンスのテンポも変え、そこに魅惑的な物語をつくっていた。
「凄い! こいつら……いったい?」
「プロ以上だ!」
そう感嘆する者がいれば、顔をくしゃくしゃにして涙を流している人も少なからずいた。
「引き込まれるの……いつもそうだけど、旋律が私の心を代弁してくれている」
「この音色、この踊り、胸に響いて、私の溜まった澱を洗い流してくれる」
と、それぞれ鼻をぐすぐすさせてつぶやいている。しかしその多くは一言も発せず、固唾を飲んで聴き入っていた。ただ、目が異様に赤くなっていた。




