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キズナ  作者: 鮎川りょう
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2

 吾作は、枯れ枝を草の蔓で組んだ筏で川を渡っていた。昨日、常次と一平の会話を聞き、これまで感じたことのない焦燥を募らせていたのだ。

「あいつのナオミに対する執着は異常だ。ほんとうに殺すかもしれない」

 まずは無事を確かめてから対策を講じなければ後手に回る。それでも、もしかしたらもう行動に移しているような予感がし、どうしようもなく気が急く。

 何度も大きく息を吸い、心を落ち着かせる。国道にかかる橋を渡ればより早く目的地に着くことがわかっていても、急いていればこそ用心が肝要だと戒め、人に見られないようひっそり渡河した。

  

 渡りきると、暗くなるのを待って市街地に入った。ここしばらく人気のない場所で暮らしていたせいなのか、ひっきりなしに通る人と車の多さに圧倒された。タカの背に乗って隅々まで観察した街なのに、どの方向へ進めばいいのか、まるで見当がつかないほど感覚を狂わされていた。

  

 前方に線路が見えた。見慣れた色の電車も通過していく。電車が過ぎ去った後の、ビルの広告塔も懐かしく目に入る。

「もしやここは……ナオミの勤めていた整形外科のある駅かもしれない」

 ナオミの胸ポケットから垣間見た道や建物を確認すると、吾作は小走りに線路沿いの敷地に侵入した。この中ならまず人に見つかる心配はないし、駅まで行けばナオミの家に辿り着ける。

  

 ただレールの脇に敷きつめられた敷石は、人間にとっては小石でしかないだろうが、吾作にとってみれば大岩の荒れ地だ。しかも列車は台風。轟音で耳が痛くなり、通過するたびに風圧で身体が浮いて飛ばされそうになった。それを大岩の後ろに隠れて防ぎ、通りすぎたらすぐに岩を登って駅を目指して少しずつ進んだ。

  

 そうしていくうちに、徐々に頭が覚醒されてきた。現在地を、月や見えにくい星に照らし合わせて方角を定めることができるようになった。間違いない、目指す方向は真っすぐだ。

 進むにつれ人のざわめきが大きくなる。額に手をかざして前方を見すえると、煌々と明かりの灯る駅舎が確認できた。同時に無数の人影もとらえた。

  

「どうするか」

 道もふさがれたし、このまま列車すれすれの線路沿いを進むか、それとも人でごった返すホームへ行くか二者択一の選択に迫られた。

 うーんと唸りながら凝視すると、ホームの端に駅員が上り下りする鉄階段が見えた。けれど一段はおよそ三十センチ、吾作が手を伸ばしてもジャンプしてもとどかない高さだった。

「仕方ない。線路沿いよりましだ、よじ登るか」

 垂直の支柱に手をかけた。一段目まで登れば、あとは階段に沿ってなだらかな鉄柵が伸びている。多少苦労はしたが、凄まじい風圧と大岩越えの難所に比べれば何の造作もなかった。

  

 ホーム上に人が溢れていた。ただし反対側に限ってだ。都心で勤務を終えた会社員がどっと降りてきたせいもある。とはいえこのホーム上にも、少ないながら人はいる。見つかれば大騒ぎになるは目に見えていた。

「池の二の舞になるのは、ごめんこうむりたい」

 吾作は、池で女子学生に見つかったときの騒ぎを思いだしていた。

  

 躊躇していると、鉄骨の上で休んでいた鳩が二羽舞い降りてきた。奴らの餌は主に植物ではあるが、雑食。喰われることも覚悟したが、たぶん好奇心に駆られて降りてきただけなのだろう。どのみち目立ちたくない吾作にとっては嬉しくない状況だ。

 案の定、母親と一緒に並んでいた少女が鳩を目にした。興味本位で近寄ってきた。そしてすぐに「あれ……?」と吾作を見つけ、驚きながら鳩を追い払った。

  

 少女は首をひねりつつ、「もしかして七人の小人さん? 仲間とはぐれたの。お姫さまを助けるんでしょ」と、思いもよらぬ言葉をかけてきた。

(お姫さま?)

 吾作は女の子の発想に、どう答えていいか迷いながら言葉を返す。

  

「そうだ、姫さまを助けなくては」

「お姫さまはどこにいるの」

「たぶん向こうのほうだと思う」

 吾作は、女の子の母親らしき女性のほうを指さした。

 すると女の子の名を呼び、母親が歩み寄ってきた。

「何してるの、もうすぐ電車が来るわよ」

  

「まずい……」

 少女ならともかく大人には見つかりたくはなかった。とはいっても身を隠す場所がどこにもない。母親との中間地点に自販機が設置されていたが、辿り着くまでに見つかる可能性のほうが高い。

「きみに頼みがある。大人に見つかると姫を助けられなくなってしまうんだ。ここは、お母さんに言わないで、二人だけの秘密にしてくれるかい」

「うん、わかった。その代わり、お姫様を助けてね、きっとだよ」

  

 母親が至近距離に迫ろうとする場所までやってきた。

 が女の子は、なかなか吾作から離れようとしない。考えてみればそのはず、露見を怖れ秘密にしてくれとは頼んだが、別れを告げていなかった。

 ミスった。見つかれば大騒ぎになるのは必至だ。さらに電車から乗客が降りてくれば好奇の対象だけで済まない気もする。

 期せずして列車侵入のアナウンスが響く。

(いよいよ万事休すか)

  

 と思ったそのとき、バサバサと羽音を立てて鴉が飛んできた。

 危険を察した母親の足がとまる。距離を置いて大声で女の子を呼び寄せた。

 鴉はタカだった。

「ガアー!」と母親を威嚇し、少女と共に去るのを確認すると、吾作を口にくわえ隣接するビルの屋上に向かって飛び立った。

  

 ビルに着地したとたん、無性に切ない感情が溢れ、吾作は叫んだ。

「どうして、ここに!」

「耳を欹てていたら、あんたの波動がアンテナに引っかかったんだ」

「助かった、恩に着る」

「水臭いことは言いっこなしさ」

  

 タカが左右の羽を顔の前で合わせて鼻を覆う。「そういえば水臭いかもしれないけど、汗臭いな、まるでホームレスみたいだ」

「ああ、ホームレスと暮らしていた」

「お似合いかも」

「かもしれない。猟師時代も獲物をしとめるまで何日も風呂に入らなかったし、同じようなものだ」

「不潔な男だな」

  

 タカは変わらない口調で羽をはばたかせ、吾作の臭いを吹きとばそうとする。「それはそうとナオミさんも心配しているし、部屋へ戻ろうか」

「そのためにきた。どうしてもナオミに知らせなくてはいけないことがある」

「知らせるって、院長の息子とのことかな。彼女、そのことで今すごく滅入っていて、バイオリンの音色も心も乱れてる。もうコンサートどころじゃないくらいに」

  

「コンサート?」

「ああ、じつは……」

「話さなくていい。お前が話すと、自分の自慢話に脱線して長くなる」

 吾作は気を集中してタカの頭を透視した。

  


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