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キズナ  作者: 鮎川りょう
25/32

7

 一平の姿が土手の向こうへ消えると、吾作は小屋の中を覗いた。椅子にすわり、常次が思いつめた表情で一点を見つめていた。吾作が入り込んでも気づかずに考え込んでいる。

「爺さん」

 吾作は呼びかけた。常次が振り向き、吾作を見とめるとぎごちない笑みをつくった。

「あなたでしたか。怪我は大丈夫ですかな」

「俺はこの通りぴんぴんしているけど、爺さんこそ大丈夫か。何だか元気ないぞ」

「心配には及びません。齢のせいですから」

「ほんとうかい。奴の話を聞いた限りではそうは思えないけどな」

「では、あなたは……あの話を聞いてしまったのですか」

  

 常次が、まいったなという表情をさせて椅子から立ち上がった。狭い小屋の中を夢遊病者のように歩きまわった。

「奴の標的は、俺の大切な仲間だ。ほんとうなら何としてでも阻止しなければならない」

「仲間? あなたは、その全盲の女性を知っているのですか」

「もちろんだ。彼女は、奴の父親の病院で働いていた。それだけじゃないぞ。もう一人は同族の小人だ」

「信じられません。何というめぐり合わせなのでしょう。ならば、すべて話さねばなりませんな」

  

 常次が手を広げて吾作をテーブルの上に移すと、椅子にすわり、手ぶりを交えて話しだした。

「私が若い頃に人を殺めたことは、もう話したと思うのですが、じつはその抗争の際、弟分を一人亡くしました。そいつは抗争がはじまる前に、女が身ごもったので堅気になって所帯を持ちたいと言ってきました。ですが当時の私はイケイケのヤクザでして、話半分に聞き、返事を先延ばしにしていました。結局、それが仇となったのでしょう。抗争がはじまるとそれどころではなくなり、逆に鉄砲玉として使い、真っ先に死なせてしまったのです」

  

「まさか、その弟分の子どもが……奴の母親か」

「仰る通りです。女性は私が逃走中に女の子を産みました。その情報を知り、弟分を死なせた悔いからささやかなお祝い金も送りましたが、よもや生まれた子が全盲の女性とは露ほども思っていませんでした。ましてその後、島津に弄ばれるなどまったく考えていなかったのです。挙句、自殺してしまうことも……」

  

 むごい。まさに三重苦だ。おそらく常次は、出所後の生き方を彼女と子供の贖罪に定めたのだと思う。ただわからないのは、なぜ母親が自殺し、なぜ奴が常次を恨むのかだ。

「あんたは奴と母親、祖母もそうだが、家族を救うことに生きがいを見いだしたんだな。それはわかる。だが、それなのに、なぜ母親は自殺したんだ。また奴は、なぜあんたを恨むんだ」

  

 常次がゆっくり目を伏せる。よっぽど言いにくいことなのだろう。しばらく視線を落としたまま何も話さず、じっと押し黙っていた。時間だけがすぎていく。

 小屋の中がうす暗くなると、やがて常次は顔を上げた。目の縁がうっすら光っていた。

「どうしても、話さなくてはいけないでしょうね」

「もちろんだ。俺の仲間の死がかかっている」

 吾作は、常次から放たれる感情を無視して答えた。

「わかりました。話しましょう」

  

 常次は道路工事をしては母子を支えたことからはじまり、島津を強請ったこと、さらに生活苦にあえぎ、援交を希望する障害者を島津に世話したことなどを話した。それを知った一平の母親が自殺したことも洗いざらい告白した。

  

「そうだったのか。それで奴は、母親を自殺に追い込んだあんたを恨んでいるんだな」

「すべて私の責任です」

「だが……」吾作は首をひねる。

「どうかされましたか」

「どうして、同じ障害者の人間まで恨むのかなと思ったんだ。奴は断言した。『ぶっ殺してやる』と。なぜなんだ」

  

「おそらく、幸せになれなかった母親が不憫でしょうがないのでしょう。そのため彼の頭の中には、全盲の女イコール不幸せという図式ができ上っているのだと思います。だから成功しはじめた彼女が許せないのです」

「勝手な男だな」

「ええ、歪んでいます。それも私のせいでしょう」

 力なく返答した後、不意に常次は目の力を強めた。吾作は気になった。

  

「あんた、何かしようと思ってるな」

 まだ半信半疑だった。しかし小屋へ入った直後から、常次は何かに取り憑かれ、あきらかに迷っていた。

 前回はシート越しからでも吾作の気配を察知したのに、今回入り込んだときは気づかなかった。さらに二人の会話を聞いたと告げると、狼狽え、夢遊病者のように小屋の中を歩きまわった。そして今、目力を強め迷いをふっきった。きっと決意したに違いない。

  

「それは、どういう意味ですか」

「推測の域を出ていないので、はっきり言えそうもない」

「推測でかまいません。お聞かせください」

 常次の目が真っすぐ吾作をとらえてくる。それは、もう何を聞かされて迷わないという不動の眼差しにも見えた。吾作は言った。

  

「あんた、服役前の自分に戻ろうと思ってるだろ」

 常次は否定も肯定もせず、答えようとしない。薄暗かった小屋に夜のとばりが下りる。それでも常次は無言のまま灯りをつけようとしない。

 暗闇の中、常次の目が寂し気に光る。目的を達した後、奴の母親と同じ道をたどろうとしているのかもしれない。川のせせらぎが、やけに切なく耳の中にしのび込んできた。

  


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