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翌日。急行電車に揺られ三人でやって来たのは、駅前にコンビニが一つあるだけのひなびた山間の町。連なる山々もさほど高くなく、だだっ広い青空に申し訳ていどの雲が浮かんでいるだけの、牧歌的としか形容しがたい田舎だった。
そのコンビニで、ナオミとタカはおにぎりとお茶を、勇太はおにぎり二つと肉まんを二つ、それからジャンボフランクと珈琲を買った。それを店外にあるベンチに腰かけ食べはじめた。
「あんた、人のおごりだと遠慮しないんだな」
「生活に貧しているからね。タカさん、知ってたんじゃなかったっけ。売れない芸人のつらさを」
勇太が逆手を取り、それ以上何も言い返せなくなったタカは黙っておにぎりを頬張る。ナオミはお茶を少し飲んでから、おにぎりのセロファンをゆっくりはがして食べた。
「勇太さん、しっかり食べてね」
「甘やかさないほうがいいよ。こういう手合いは図に乗りやすいからさ」
「ひどいな。こう見えても良識あるんですけど」
「あるかな。あったら女の子から袖にされないと思うけどな」
「手厳しいよ、タカさん。そこを突かれると何も言い返せない」
勇太が苦笑いをしたとき、ナオミの頭にかすめるものがあった。それは徐々に近づいてくる。勇太も気づいたようだ。途端に緊張する気配が伝わってきた。
「沙里さん?」
「そう。返信はなかったけど、メールはチェックしてくれたみたいだ」
沙里が颯爽と自転車にまたがり、無人のロータリーを猛スピードで突っきってきた。そのまま速度を緩めることなく、目の前で、後輪を横すべりさせるとピタッと停車した。軽快だ。かなり運動神経がいいに違いない。そればかりか、どことなく汗の匂いも異質だった。もしかしたら異国の血が流れているのかもしれないとナオミは思う。
「勇太、この二人が新メンバーなの」
と投げかけてくる言葉も、やはり日本人離れしたハスキーさが感じられる。。
「一人だけ。もう一人は、付き人兼裏方さん」
「あ、そう」
沙里の視線がナオミの方へ向けられた。「バイオリンなのね」
「付き人兼、裏方じゃ役不足かい」
無視されたタカが、ナオミの返答を待たずに立ち上がる。「おいらを見くびんなよ。勇太は裏方だと軽視しているけど、きれきれのダンスの使い手なんだから」
「ふふ、話だけはおもしろそうね」
「口だけじゃないことを見せてやるよ。君らのロックダンスと、勇太のソロのチャップリンも全部踊れるからさ」
「どうかな。勇太はチャップリンが得意だけど、あたしの専門はロックではなくてポップダンスよ。きみにその違いがわかるかしら」
「まかせな。和製マイケルの神髄を見せてやるよ」
豪語するタカの後ろで、勇太が左右に手を振り口先だけだと否定する。沙里はふたたびナオミに視線を合わせた。
「彼、ピエロに最適みたい。ところで、あなたは本物なの」
「マイケルの曲なら頭の中に入ってるわ。たぶん、全部弾けると思う」
「弾いてみて。もし粗悪なまがいものだったら、あたしはあたしの道を進む」
「いいわ」
ナオミが肩からケースを外した。バイオリンを取りだす。「曲は、何をお望みかしら」
「なら、まず二人で手本を見せてくれる。ピエロくんのムーンウオークを見たいし、ビリー・ジーンをお願い。勇太はタンポリンを叩いてね」
「二人って、タカさんと?」
ナオミは戸惑う。確かに二ヶ月間、昼夜問わず練習してきた。でもタカは、その間、踊る素ぶりも見せなかった。
話を聞く限り、ダンスの知識があるのは多少認める。けれど口が達者なのは今にはじまったものではないのだ。二人でセッションをするなど、ナオミの考えもつかなかったことだった。
そっとタカの容姿を思い浮かべる。前身が河童であるから、きっとマイケル以上に手足が長いはず。もし踊ることができるのなら視覚効果は絶大だ。その代わり踊れずに恥をかけば、沙里さんを得ることが叶わないばかりか、タカさんまで吾作さんの二の舞になってしまう可能性が高い。
失いたくなかった。これ以上かけがえのない人を失うのなら新しい仲間などほしくない。
ナオミは透視するかに、悲痛にタカの姿を追った。
すると、「ちょっと待って」とタカが手の平を広げ、大股で勇太の元へ行く。そして被っていたソフト帽をリズミカルに奪いとると、たぶん空中で一回転させたのだろう。頭の上に乗せ、マイケルに劣らぬムーンウオークを華麗に決めた。さらに、かくかくと小刻みに動きをとめながら開始のポーズをとった。
想像でしかないが、完璧だった。その証拠に勇太が「うぉー!」と大声で叫ぶ。沙里の魅了された驚きも伝わり、口をあけて呆然とする様が頭の中に入り込んできた。
タカがそんな二人を睨みつけ、はっぱをかける。
「どうだい沙里さん、おいらと一緒に踊りたくなったろ。それにはまずは勇太、あんたのタンポリンからだ。音が心に響かなけりゃ、沙里さんとおいらはは踊りださないし、ナオミさんだってバイオリンを弾かないからな」
勇太が我に返る。ナオミはその痺れるような空気感の中、バイオリンを肩の上に乗せた。




