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キズナ  作者: 鮎川りょう
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4

 バイオリンを顎と肩で支え、ナオミは静かに弓を震わせる。タカのほかに誰もいない夜の公園に、ライムライトの哀愁を帯びた旋律が流れだす。

 つまびかれる透明な音色。それが主人公とヒロインが繰りひろげる物語と重なり、切なく、ナオミの胸の中にやるせない哀しみを共鳴させる。

  

 バイオリンを買い戻してからのナオミは、タカを伴い、駅裏の公園で昼夜を問わずバイオリンを弾いていた。楽曲は幼い頃に母から教えてもらったクラシックではなく、ジプリのもののけ姫やディズニーのアナ雪、チャップリンのライムライトなどの映画音楽だった。特にライムライトは時間が許せばくり返し聴いていたので、哀愁に満ちた物語としてとらえることができる。

  

「タカさん、お願いがあるんだけど」

 弾き終わるとナオミは、ケースにバイオリンと弓をしまいながら尋ねた。

「何だい、急に改まってさ。おいらにできることなのかい」

「バイオリンを買い戻してから二か月経ったでしょ、それで、近いうちに練習の成果を試そうと思うの」

「試すって……」

「路上ライブをするつもり、駅前のロータリーで」

  

 ナオミは仕事帰りに、駅前ロータリーで若者たちがヒップホップダンスや、ギターを奏でながら路上パフォーマンスをしている場面に何度も遭遇した。ナオミが足をとめ、じっと聴き入っているのをタカも隣にいたので知っているはずだ。そのタカも、曲に合わせてリズムをとっていたのをナオミは気づいていた。

  

「じゃ、いよいよその気になったんだね。賛成だよ。で、お願いって何さ」

「じつは私のバイオリンに合わせて踊ってほしいの」

「おいらが、踊る?」

「だめかな」

 間近に向き合うと、タカのはにかむような笑顔が頭に浮かんだ。それはしだいに熱い震えに変わり、興奮を深めていった。この二ヶ月間絶えず気づいていたが、タカはナイトに徹しようと踊りたい気持ちを押さえていたのだと思う。

  

「全然オッケイだよ。おいら、その言葉を待ってたんだ。何てったって、里じゃ神童と呼ばれるほどの踊り手だったんだからさ」

「……まず練習しようか」

「でも踊りに集中して、それであんたを守れるかな。変な奴も多いし、守れなかったら、あいつに何て言われるかわからないよ」

  

「大丈夫。一人で歌ってる女の人もいるのよ。それに、吾作さんにも会えるかもしれないし」

「会えるさ。わりと近くにいるんだから。でも捜しに行くと、あいつひねくれてるからすぐ隠れるんだよね。戻ってくればいいのに、ほんと意地っ張りだよ」

 タカの声がとぎれると、突然靴音がした。

  

「話を聞かせてもらったよ。素晴らしい演奏もね」

 背後から男の声が響いた。タカが身構えるのを制してナオミは振り返る。口調に悪意は感じられないし、声質もバイオリンのように繊細なので、案外勇気を振り絞って声をかけてきたのかもしれない。それに醸しだすオーラはブルー系でシアンに近い色。だとすれば芸術性に富んでいる人だ。

  

「その路上ライブ、僕にも参加させてくれないかな」

 青年が躊躇いながら切りだした。どういう理由なのかナオミが聞き返そうとすると、タカが押しのけた。

「楽器も持ってないくせに、何ができるんだ。冷やかしなら、よそでやってくれないか」

「冷やかしなんかじゃない。こう見えても、路上パフォーマンス歴十年なんだ」

「こう見えてもね……でも無精ひげに擦りきれたジーンズ、その生活に貧した印象だと、十年やっても芽が出なかったという証明にしかならないよ。何のパフォーマンスか知らないけど、足が短いし無理だよ。邪魔しないでくれるかな」

 タカがすり寄り威嚇する。

  

「待って」

 ナオミがタカの肩に手をのせた。「この人と相性が合うかもしれない」

 型通りのクラシックを弾くのであればパフォーマンスなど論外だった。しかしナオミが目指すものは映画音楽は無論のこと、それを超えたハードなビートを刻むもの。

 それをバイオリンとセッションできないかずっと考えていた。この青年が普段どのようなパフォーマンスをしているのかはわからない。ただ直感で追い払ってはいけないような気にさせられた。

  

「あなた、もしかして以前女性の方とペアを組んでいたかしら」

「や、驚きだな。きみ目が見えないんだよね。だから、僕らの踊りを見れるはずもないのに――そうさ、僕は沙里という女の子とペアを組んで、駅前で踊っていた」

「そうか思いだしたぞ。おいらもダンスは大好きだから知ってるけど、ロックダンスの踊り手さんたちだ。今ひとつぱっとしなかったけどさ」

  

「タカさん!」

 ナオミの叱咤にタカが慌てた。

「ごめん、言いすぎた」

「いいんだ、その通りだから」

 青年が表情を沈ませる。

「それで、女の人はどうしたの。もう一緒にやっていないのかしら」

「きみらが話していた、吾作さんと同じかもしれない。路上ライブをやろうと誘っても返事をくれないんだ。もしかしたら手応えがないので嫌になったのかもね」

  

「その女性って普段何をしているの。学生なら勉強が、社会人なら仕事が忙しいとも考えられるでしょ」

「そのどっちでもない。沙里はダンサー志望の十八歳だから。つまり週に二回スクールに通っているけど、無職ってこと。ちなみに僕は雄太、一応プロのピン芸人なんだ」

「芸人ね。わかるよ、売れないとつらい世界だということもね。でも、おいらあんたのことは忘れてたけど、その人のことは覚えてるよ。あんたと違って手足が長かったし、とにかく魅力的な人だった」

  

「まさか、手を出して嫌われたんじゃないか」

 勇太が、ぶるぶると頭を振る。

「手なんか出していないって」

「どうだか。けど出そうとしたのは、たぶん間違いないと思うよ。あんたの、あの人を見る目は異常だったからね」

「きみ、凄いよ。顔と同じで気味悪いくらい言い当てるんだね。確かに僕は沙里に恋心を抱いていた。でも、手は絶対に出していない」

  

「それは信じてもいいけど、気味悪いって……ずいぶんだな」

 タカのむっとした気配を、敏感に察知したナオミは言った。

[出さなくてよかったわ。出していたら、沙里さん挫折する]

「えっ!」

 タカと勇太が同時に声を張り上げた。

「沙里さん、きっと迷っていたのよ。ダンススクールの紹介でプロダクションから声がかかっていたみたいだし、このままあなたと続けるべきかと。でもあなたが好きだから続けていたんじゃないかな。そのあなたが落ち込み、やがて沙里さんも気力が萎えて……」

  


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