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キズナ  作者: 鮎川りょう
20/32

「では聞くが、人も殺していないのにどうして刑務所に入れるんだ。しかも同じ刑務所だなんて、どう考えても理屈に合わない。そもそも懲役刑っていうのは裁判官が判決を下して、そこで初めて決まる気もするが、人も殺していないんじゃ下しようがないと思うけどな。あんた話をつくってないか」

 吾作は飲んだ勢いで、嫌味気味に疑問を吐きだした。

「確かに罪を犯さなければ刑務所には入れません。また裁判官が判決を下さなくては、どの刑務所に行くのかわからないのも事実です。ですが、もしその人が悟りを得るという目的を持っていたら、どうでしょうか」

「悟りだって?」

  

 思っても見ない言葉だった。けれど、その目的を忘れた吾作を戒める言葉のような気もする。

「もしや、その奇特な人というのは……」

「どうやら、ようやくご理解いただけたようですね」

「……小人なのか」

「その通りです」

 そうか、それで吾作を見ても驚かなかったのか。それにしても誰だろう。そう考えたときに思いついたのは長老だった。

 この五十年、洞窟の影を覗くと里から姿を消したのはタカと、牢獄に収監されていたと噂された長老だけだ。てっきり悟りを得た小人とは思えず軽視していたが、まさか長老は、人間界で二十年もの長い時間をかけて人を再生していたのか。信じられなかった。

  

「その方とは、お知合いですか」

「ああ、よく知ってる。俺を人間界へ追放した張本人だ」

「そうでしたか。ですが、おそらく追放は単なる名目であなたを成長させる試練なのでしょう。平和な里とは違い、ここはありとあらゆるものが共存する世界です。小人が生半可な気持ちで暮らせるところではありません。もちろん能力次第ですが。で、あなたはどのような能力を?」

  

「能力?」

 それはどういう意味だ。長老は吾作が薬の調合に成功するまで、小人に能力があることを知らなかったはずだ。それなのに、常次の言いようだと何かしらの能力をすでに発揮していたとも受けとれる。

(とうことは、まさか……薬草がなくとも覚醒できたということなのか)

 言われてみれば、思い当たるふしがなくもない。気づかなかっただけで、タカの能力にその兆候があった。タカは薬がなくても変身できるのだ。

  

「能力は、あるにはあるが幻だったようだ」

「だったようだ?」

「ああ、ないに等しい能力なんだ。薬がなければ使えないし、元々生き抜くのに無用の力だったかもしれない」

「そうですか。ですが無用の力など、この世に存在しませんよ。仮にあなたに必要がなくとも、他の人には必要かもしれません」

「慰めは結構だ」

「はっはは」

 常次が笑いだす。吾作は憮然とした。

  

「何がおかしい」

「すみません。つい、四十八年前の私とその方のやりとりを思いだしていました。じつはその方、私が自首しようと決めたとき、何を思ったのか刑務所へ一緒に行くと言いだしたのです。私は一笑にふしましたよ。管理が厳しく、脱走はおろか侵入もできないところなので不可能だと。ですがその方は、大真面目に言いました。わしには人を超越した力があるから大丈夫だと」

「その力とは……」

  

「ええ、私も目の当たりにするまで冗談かと思っていました。なぜならその方は急に服を脱ぎだしたからです。それも一糸まとわぬ全裸になったのです。意図をつかめない私は、私を慰めるための余興かと思いました。刑務所へ入る私を送る、裸踊りを披露するとばかり思いこんでいたのです。ところが、その方が座禅を組んで念じると――姿が消えてしまったのです」

「消えた?」

「ええ、その方は、自らを透明にさせる能力を持っていたのです」

  

 凄い力だ。タカといい長老といい人間界でしっかり生き抜く力を持っている。それに比べて吾作の能力は、薬を飲んで人の過去と未来を透視できるという生き抜くには無駄な力でしかない。

「悪いが、疲れているせいで酒が効いてきた。明日の朝には出ていくから、今晩、ここで休ませてもらえないだろうか」

「どうぞ。こちらこそ、とりとめのない話をして済まないことをしました」

  

 と常次が、吾作の唐突な申し出を快く受け入れた。床の上に座布団を置いて掛布団がわりにタオルをかけてくれた。吾作は無言でその中へもぐりこんだ。

 常次がそっと蝋燭を吹き消した。たちまち闇につつまれる。

 けれど目をとじても、占い館の逃亡からはじまる様々な出来事が頭の中を駆けめぐり、なかなか寝つかれない。やはり貧弱なプライドを守るだけのために、黙って飛びだしたのは間違いだったのだろうか。

 吾作は吾作なりに苦しみ、最後は自分の能力を揶揄することで、これから起こりうる屈辱を回避した。実際、獣と遭遇したときも、水に流されたときも、吾作の能力はまったく通用せず完全に輝きを失った。それはタカのしたたかさと比べると如実だった。

  

 そして今、明日からの過酷な生活に考えが及ぶと、その能力のなさが重く圧し掛かってくる。

 とはいえ吾作は思う。里でも一人で生き抜いてきたのではないかと。小人を脅かす敵がいないにしろ孤独に変わりはなかった。何を今さら嘆く必要がある。

 里で吾作はとりわけ反骨心があった。なら、その反骨心で人間界を生き抜けばいいだけだ。タカみたいに鴉や人間に変身できないなら、せめて武具をつくり、原始の人間の視点に立って生きればいい。

 もう金輪際後ろを向きたくない。力がないならないなりに身の丈に合った生き方をすればいいのだ。洞窟へ戻って、嘆くだけの生霊になんかなりたくなかった。

 決心すると、急に睡魔が襲ってきた。

  


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