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半年がすぎた。占い館は人に溢れていた。その多くは若い女性で、これまでナオミが診断した客のブログを見て訪れた人たちだった。
一流の占い師であれば三十分で七千円から一万円以上かかる診断料を、研修生扱いのナオミなら三千円で済む。しかもその値段で、それまでそれぞれが抱えてきた澱を解き放つことができるのだ。だから診断後の女性の目は、赤く腫れていても清々しさが感じられる。
盛況ぶりに、ナオミもタカも満更でもない表情を見せていたが、吾作の心は沈んでいた。なぜなら緑の小瓶の中身が底をついていたのだ。
そのことはナオミにもタカにもまだ伝えていない。この人気に、どのような影響を及ぼすか判断がつきかねる状態だったからだ。もしかしたらまったく影響がないのかもしれない。というのも、ナオミの霊視は吾作のサポートなど必要ないぐらい進化していたからだ。
それは診断初日から薄々気づいていた。比べて吾作の透視は、とにもかくにも底が浅すぎる。未来を決断できない透視なんて、テレビで観た野球の、まったく打てない三塁手のようなもの。ホットコーナーに居座る価値はない。まして華麗な守備ですら吾作に例えれば薬のせいなのだ。
「やはり、潮どきかもしれないな」
布袋に入れた非常食の有無を確かめ、ナオミの髪の隙間から店の外を見た。銀杏の葉が黄金色に変わることなく無残に枯れていた。
一組目の客、三十代前半の地味な女性が入室してきた。吾作はまだ心を引きずっている。
客とナオミがいつも通りのにこやかな挨拶を交わす。通常なら、このタイミングで吾作は透視を行うのだが、薬が切れているために客の過去が見えず、伝えようにも何も伝えられなかった。
素直に薬がないので無理だといえば、ナオミの対応も変わっていくはずなのだが、吾作はそれをしようとしなかった。そのためナオミは客に過去を告げられず、水晶玉を撫でつつ押し黙っている。
客が少し焦れだした。噂は本当なのかと疑いだしたのだろう。それでもナオミは吾作の言葉を待っている。裏を返せば、吾作に対しての絶大な信頼の証ともいえる。また、タカを含めて三人で一つのチームと思っているのかもしれなかった。
「あの、どうなんでしょう。私のこと、何か水晶玉に映っていますか」
焦れた客が訊いてきた。それでも吾作はナオミに何も明かさなかった。
「あなたは……」
ナオミが水晶玉を撫でながら、無言の問いかけを吾作にしてきた。
吾作はついに観念した。素直に「すまない」と詫びた。
その一言で、ナオミは薬が切れていることを察知した。突然客へ語りかけた。
「言いにくいことが見えてしまったので、躊躇っていました。でも、それがあなたの試練だとも思えるので正直に答えさせてもらいます」
客がはっとする。思い当たることがあるようだった。
「結婚して三年目ですね。ご主人はまじめで、とても理解のある方です。でも旦那様はすべて知っていますよ。あなたが不倫していることも」
「えっ、そんなはずが……」
女性が言いかけて、続く言葉を躊躇う。
「彼と、初めて不倫をしたのが半年前ですね。ご主人はその頃から何となく気づいていました。だからといって、興信所に決定的な証拠を調べさせようとはしませんでした。あなたが目を覚ますのを信じて、ずっと待っていたのだと思います。ですので、不倫相手のことはお忘れになったほうが賢明です。相手の彼にとって、あなたは火遊びの対象でしかありませんから」
女性が、ナオミを疑惑の目で見つめる。
「そうですか?」
「その、そうですかは、ご主人が不倫を知っているということでしょうか。それとも不倫相手の彼が火遊びということなのですか」
女性が逢瀬の甘い記憶を確かめるよう、ぼうっと宙を見つめ、答えた。
「彼の気持ちが、遊びだということです」
「では、はっきり申し上げましょう。このまま関係を続ければ、二ヶ月後に殺傷事件が起こります。あなたは二度と立ち上がれないほど傷つき、すべてを失うのです」
「殺傷って、まさか……彼にですか」
「いいえ、彼の奥さんにです。彼の奥さんもじきに気づきます。あなたの十年来の友人でもあるし、ましてあなたをとても信頼していただけに尚更ですね」
女性がうな垂れ、嗚咽した。
「忘れましょう。つらくて難しいかもしれませんが、必ず時間が解決します。例えは悪いかもしれませんが、小学校、中学校の卒業アルバムを見て、あなたは、いったい何人の顔と名前を一致させることができるでしょうか。おそらく二割の人を忘れてしまっていると思います」
女性が顔を上げた。ぐしゃぐしゃな顔でナオミの言葉を聞き入っている。
「私が言いたいことは、その忘れた人の中に、あなたと心を通わせた人も少なからず混じっていることです。この恋人も、そういう人たちと同じリストの中に入れてみてはいかがでしょうか。忘れられない人を忘れるのはつらい作業だと思いますが、あなたにとって今必要なのはその作業です」




