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薄暗い部屋だった。照明は天井にはめ込まれた青いダウンライトと紫色のキャンドルだけ。シンプルというより殺風景に近い部屋だった。それでも神秘的に見えるのは、ナオミの醸しだす雰囲気だろう。
今までノーメイクだったので、美人とはこれっぽっちも思わなかったが、タカの入念なメイクによって別人に生まれ変わっている。ショートだった髪も、ウイッグをつけて艶やかな黒のロングヘア―にし、口紅はたぶんにタカの好みだと思うが艶めかしいローズにした。それらが黒いサングラスの効果もあって、ナオミをミステリアスな占い師に変貌させたのだ。さらに大きな水晶玉を緑色の敷物の上に乗せ、演出は十分すぎるくらい万全だった。
あれからタカの調べた情報をもとに、これだと思った占いの館にナオミと二人で面接に行った。オーラが見えるというだけで、スタッフも疑心暗鬼だったが、オーナーの透視を完璧にし、そこにいたスタッフの過去もずばり言い当て、さらにオーラによる霊視効果で未来を予測すると即採用された。報酬は十分千円で、基本は三十分の診断をする。
夕方六時、さっそく若い女性客がやってきた。吾作はナオミの髪の中にもぐり込んだ。
その女性が入室したとき、薄暗い部屋が一瞬華やいだような錯覚を吾作は覚えた。ファッションについては疎いのでよくわからないが、どことなく着こなしが洗練されている印象を受けたのだ。たぶんどこかのお嬢様なのかもしれない。
ナオミとその女性が型通りの挨拶を交わす中、吾作はすばやく女性を透視をした。
バレエ衣装に身をつつんだ少女が、舞台の中央で、華麗に舞っている映像が浮かび上がってきた。ほかの少女らが白で統一された衣装を着ているのに、少女だけが色違いのコスチュームっを身に纏っていた。観客の中に、うっとり見つめる上品な中年夫婦もいる。少女がこの女性で、中年夫婦が女性の両親に違いない。
と、いきなり映像が飛んだ。今とさほど容姿が変わらないので現在だ。女性はビルの高層に設けられた広場で、とびっきりの笑顔を弾けさせていた。三脚を使ってカメラを回している人や、大型マイクを掲げる人もいるのでキャスターに違いなかった。それも話題が天気の情報からして、いわゆるお天気お姉さんなのだろう。
「裕福な家庭の娘で、小さい頃にバレエをやっていた。それも主役だ。今はテレビ局に勤務して、お天気お姉さんをしている」
吾作は見えた映像を、手短にナオミへ伝えた。
ナオミは相槌も打たず、さり気なく水晶玉に触れる。
「あなたのオーラは、紫色と赤色のマゼンダです」
と、女性に言い「幼いときからスター性に満ち溢れた方でしたね。バレエをおやりになっていたでしょう」と告げた。
「え、どうしてわかったんですか」
女性が驚きの声を上げる。
「見えるのですよ。あなたが舞台の中央で、主役として踊っている姿が」
女性は目を見ひらいて絶句した。ナオミは続けた。
「そして、今日のご相談は恋愛ではなく、お仕事の悩みですね」
「はい……それもわかるんですか」
「ええ、水晶玉にすべて映っています」
ナオミは水晶玉を手でなぞり、女性の目を見つめながら言った。「テレビ局が見えてきました。そこであなたは早朝からお昼まで、天気予報のアナウンスをしています。ですが、そろそろ次のステージに進みたいと思っていませんか」
女性は、口をあんぐり開けたまま頷き、なぜか返事をしようとしない。それは手が小刻みに震えているのを見れば一目瞭然で、ことごとくずばり言い当てられ取り乱しているのだ。
その後もナオミは魅惑的な所作で女性に語りかけ、最後に「夢は叶います。それには上司か同僚に、ブルー系のオーラを持つ人が必要ですので、次にいらっしゃる際にはその方たちの写真を持ちください。支えになるかどうか診断してさしあげます」と言って、診断を終えた。
都合七人、すべて好感触で初日の勤務を終了した。帰り際にスタッフが、客のアンケート結果を伝えてきた。評価はナオミが断とつだった。
「どうだった」
繁華街に差しかかった交差点でナオミが訊いてきた。夜の十一時。ざわめく街はようやく佳境に入ったばかりで、顔を赤くさせた酔客やらカップルがひっきりなしに歩いている。
「上出来だ」
吾作は感じたままに答えた。実際は上出来を有に超えていた。一つには、全盲にしない設定が小道具である水晶玉を活かし、ナオミをよりミステリアスにしたのかもしれなかった。
一人目は、どちらかといえば無難というほうが正解に近いと思う。しかし二人目からはプロでも真似できないほどのインパクトがあった。その証に、三人がナオミの話を聞きながら泣いていた。
ある意味、癒された証明ともいえる。涙には相談者が抱えている悩みを洗い流す効果があるのだ。それを引き出してくれただけでも、客は来てよかったと思うだろう。
「おいらも見たかったな。ナオミさんの晴れ舞台を、さ」
「見なくて正解だ。お前がいたら客が逃げる」
「それはないよ。あんたはいつもそうして茶化すけど、おいらは薬がなくても変身できるんだぜ。あんた、その薬がなくなったら何にもないじゃないか」
ずしりときた。言われてみればその通りだ。人の本心が覗けても、ただの小人。猫や鼠に追い回される弱い生きものでしかない。吾作は何も言い返せなかった。
「タカさん、だめよ」
ナオミがフォローしてきたが、何の気休めにもならなかった。突きつけられた事実に、吾作はただ狼狽することしかできなかった。
心を空しくさせたまま眠らない街の駅前に着いた。追い打ちをかけるようぽつりぽつりと雨が降ってきた。中央に設置された芝生の近くで、若い警察官が年老いたホームレスに何やら話しかけていた。おそらく天気の崩れを伝えているのだろう。
(放っといてやれ、雨足がひどくなれば、否が応でも軒下に移動する)
そんなふうに思いながら、改札に近づくと空気が一変した。
「よう、あんた、あのときのお姉ちゃんだろ。こんな所で何してんだ」
金色に染め上げた短髪で、やたら目つきの悪い男だった。空しさが一気にとばされ現実に引き戻される。
するとタカが、すぅーと男の前に立ちはだかった。
「消えろ!」
「おやおや、あんたも隅に置けないな。こんな化けもんにボディガードさせて、いったい何のつもりなんだろうね」
男がタカを見すえる。不気味なタカの威圧に少しも動じていないようだった。
「やる気か」
負けじと、タカが上から覗き込むようにして凄んだ。乗降客が二人に気づき、遠巻きに見物しだした。
「ああ、この女とはな。だが化けもんはごめんだ」
人の目を気にしてか、男はあっさり踵を返した。すぐ横を、さっきまでホームレスと話し込んでいたいた警察官が怪訝そうに通りすぎていく。
「誰なのさ、あいつ。絶対やばいって」
タカがわめき立てた。ナオミが困惑した表情を見せる。吾作は口出しせずに黙っていた。
「院長の息子。確か……一平という名前だった」




