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キズナ  作者: 鮎川りょう
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3章 研ぎ澄まされる能力 1

 後日、ナオミの口座に五百万円が振り込まれた。受けたダメージを考えると、それほど多い額ではなかったが、女性に三百万円、ナオミに二百万円としても、とりあえず当初の目的であるバイオリンを買い戻せる。窓枠で煙草を吸っていた吾作は、ほっと安堵の煙を吐いた。

「タカ、鴉の姿になって女性に金を渡してくれないか」

 タカはナオミの横で小人の姿になっている。吾作と比べると、かなり背の高い小人だ。見た目はわずかでしかないが、人間に置き換えれば楽に三十センチぐらいの開きがある。

  

「いいよ。いくらだい」

「そうだな」吾作は、ちらっとナオミに視線を当てた。「三百万円かな」

「待って」ナオミが思いつめた表情で訴えてきた。「吾作さん、彼女は永い間苦しんできたの。だから少しでも多く渡したい、五百万円にしてもらえる」

「五百万円? どうしてだ。振り込まれたのは五百万円だぞ。こっちの取り分がなくなってしまう」

  

 到底妥協できる話ではなかった。「彼女の事情もわかるが、それはないだろ。俺たちは何のために苦労をしたんだ。タカのスーツを買ったし、すっからかんなんだぞ。それにあんた、俺を守るって明言したけどできないだろ。扶養家族も増えてるし、毎日カップヌードルじゃ困るんだよ」

「三日後に給料が振り込まれるわ。贅沢はさせてあげられないけど、何とか凌げるはず。あとは私が仕事を見つけるから大丈夫」

  

「どうだ、納得したかい。あんまり食い意地張らないほうがいいよ」

 それまで口出しをしなかったタカが、ここぞとばかりに言い放った。

「ま、仕方がないか。あんたは依怙地だから、何を言っても覆ることはないだろうな。それは譲るとしても、俺にも譲れないものがある」

「それは何?」

 ナオミが吾作の所へ歩み寄り、手のひらに乗せると、目線を同じ高さに合わせて訊いてきた。いつのまにかタカは、ナオミの肩の上にちょこんと座っている。

  

「仕事だ。何をするつもりなんだ」

「以前、盲学校から二つ紹介されたの。マッサージとピアノの調律師」

「調律師か。で、何でやらなかったんだ」

 吾作は、それならナオミにお似合いの仕事だと思った。全盲だから音に敏感というだけではなく、バイオリンもそうだが、それがナオミの夢につながる道だと漠然と感じていたからだ。だが、もう少し荒稼ぎしてくれないとバイオリンも取り戻せないし、美味い者も喰えない。

  

「切羽つまっていたから利を選択したの。そこは独り立ちするまで研修期間が長いところだったわ。音感には自信があってもピアノには触ったこともなかったし、自信がなかったのかもしれない。だから身につけていた技術を活かせる仕事を選んだの」

「今も切羽つまってるぞ。条件は変わっていないはずだ」

 ナオミが表情を沈ませて黙った。タカも口出しできずにいる。

  

「占い師になってみるか」

「えっ?」

 吾作の提案にナオミが戸惑う。「私にできるかしら」

「心配するな。俺がついてる」

 その言葉で、ナオミはすべて理解したようだった。先ほどまでの沈んだ表情とはあきらかに違っている。

「透視ね。なら、やってみようかな。私も人よりは感覚が研ぎ澄まされていると思うし」

  

「おいらは何するんだい」

 ナオミの決断に慌てたタカが、追従してきた。吾作は突き放す。

「何もない」

「それはないよ。何かしないと肩身が狭くなる」

「へえ、お前でも肩身を気にするのか」

「こう見えても義理堅いのさ。義侠心だって人一倍強いし、ナオミさんを守るナイトは、おいらしかいないと思ってる」

「ありがとう、タカさん」

「いいってことよ。困ったら何でも言ってきな」

「馬鹿につける薬はないな」

  

 タカの調子よさに吾作はうんざりした。本音を言えば喰うためのしがらみでしかない。

「何だよ。おいら何かおかしなことを言ったかい」

「いや、そんなことはない。お前に何をしてもらうか、役を考えてたんだ」

「役か、できたら二枚目の役どころがいいな。強くて格好いいヒーローが、さ」

 タカの妄想にナオミが笑った。吾作もあきれはて、つい笑う。それを見てタカが訳もわからずピースサインを決めていた。

  

 結局タカは鴉の姿になって、事前にチェックした占いスポットの情報を探るべく偵察に向かった。できたらナオミが占い未経験であることだし、アマチュアの研究生が多く所属する所が理想だと伝えたが、タカのことだから通じていないかもしれなかった。

 また当初、しばらく鴉は嫌だよと駄々をこねていたが「ナオミの行き帰りのエスコートは、人間の姿でしてもらう。だが偵察は、タカが男前すぎて肝心の仕事に影響を及ぼすから」と、心にもないこと言って、ようやく納得させた。

  

 ただ、タカの変身能力も吾作と同じで底が浅く、鴉と河童に似た人間にしか変われないのが難点だった。

「さて、どうするか」

 吾作はタカの姿が消えるのを確認すると、ベッドに飛び移り、うーんと腕を組んだ。吾作の透視で過去がしっかり見えても、小人と人間の価値観に差がありすぎて的確なアドバイスをする自信がなかったのだ。

 いくら過去を正確に言い当てることができても、肝心の未来を示せなければ占いにならない。それでは客の信頼を得ることは難しいだろう。

  

 確かに、ずばり過去を言い当てればそれだけで客は驚き、絶大の信頼を寄せてくると思うのだが、過去と違って未来は選択肢が一つではない。必ずそこに分岐点がある。どちらの道を勧めるかは、最終的に占い師の人生経験がものをいう。

 アドバイスが不適切であったり、間違っていたら占い師を見限るのも早いだろう。人間はすぐ媚びるが、すぐに嫌になる生きものでもあるのだから。

  

「ちょっと話がある」

「どうしたの。改まって」

 じつは……と、吾作は正直に話した。

 するとナオミは「たぶん大丈夫。私は、人を包みこむ色が見えるから、その色に応じてアドバイスできると思う」

「もしかして、あんたオーラが見えるのか」

「ええ、生まれつきなの。きっとお客さんは女性が多いはずなので、その人の色と、恋人の相性を診断できれば信じてくれると思う」

  


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