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キズナ  作者: 鮎川りょう
12/32

6

 数日後の夕刻。色とりどりのイルミネーションが点灯する商業地区を、一組の若い男女が腕を組んで歩いていた。服装はともに黒で統一されたスーツを着用し、目には揃いの黒いサングラスをかけていた。

 男は痩身で異様に背が高く、手足も蟷螂のように長かった。顔立ちは爬虫類を思わせる薄気味悪い容貌で、目にしただけで身震いしてしまうほどの悍ましい雰囲気を醸しだしている。そのせいもあり、誰一人として近寄ろうとせず避け、通りすぎていく。

 男は、その容貌に似つかわしくない黒革のアタッシュケースを持て余すように振り、傍らの女性に話しかけた。

「大丈夫かい、ナオミさん。杖がなくても」

「ええ、タカさんのエスコートが上手だから」

「それにしても残念だよ。ナオミさんに、凛々しいおいらの晴れ姿を見せたかったのにさ」

「共感色っていうんだけど、気配には形が備わっているの。だからタカさんの容姿を感じとれるの。素敵よ」

「だよね。おいらもそう思っていたところさ」

「おい、あんた。こいつをおだてるんじゃない。にやけたら、すべてが台なしになるんだぞ」

  

 二人とは真逆の、可愛い人形の服を着た吾作が、タカのスーツの裏側からナオミを窘める。そして肘でタカの胸を思いきり小突いた。

「いいか、俺が許すまで何も喋るんじゃない」

「わかったよ。だから小突かないでくれないか。こう見えてもおいらは暴力否定主義なんだ」

 タカのぼやきを耳にしたナオミが、スーツを捲り、吾作の顔を目がけて指を伸ばしてきた。とっさに吾作はポケットの中へ身を隠した。

「忘れてた。じつは俺も好きじゃないんだ、暴力は」

  

 繁華街を通りすぎた二人は、なだらかな坂に差しかかった場所で、ふと足をとめた。左側に高層マンションが建ち並び、右側に個人商店が軒を連ねる一角だった。その商店側に三階建ての洒落た白いビルがある。二階の壁面に、島津整形外科と大きな看板が設置されていた。

「ここだね、ナオミさん」

「うん」

 タカの言葉にナオミが頷いた。足を踏み入れると自動ドアが開いた。診療時間もすぎ、医師も看護師も残務整理をしているのだろう。受付でカルテを整理する若い事務員の視線をナオミは受けとめた。困惑するような感情が伝わってくる。

  

 事務員は「あの……」と、カウンターをくぐり、行く手を遮ってきた。

 どうして制止するのだろう。ナオミは、叔母に突然絶縁を言い渡されたときのような寂しい気持ちにさせられた。

 この人も叔母と一緒で、目の見えないナオミを親身に世話をしてくれた人なのに。やめると告げただけで、人はこうも手の平を返してしまうものなのか。いまだにもやもやが晴れない。あの一件以来、職場内に淫乱女としての風評が広まったからだ。

 不意に、ナオミの隣でエスコートしていたタカが、すうっと前に出て、若い事務員を無言で睨みつけた。事務員が怯え、その場に沈黙を残して立ちすくんだ。

 ナオミは頭を振ってもやもやを振り払い、前へ進んだ。院長室のドアノブに手をかけた。

  

 室内に、院長と眼鏡をかけた若い医師がいた。サングラスをかけ、以前とは別人のように変身したナオミを見て驚き、タカの容貌に竦み上がった。院長が恐々言った。

「退職願いでしたら、わざわざお見えにならなくても郵送でもよかったんですよ。事務員には伝えたはずですが、今日はどういった御用件で参られたのでしょうか」

「ええ、ご希望通り、退職願いは郵送させていただきました」

「でしたら、帰ってもらえますか。もし言いがかりをつけにきたのなら警察を呼びますよ」

  

「呼びたきゃ呼べばいい。呼んで困るのは、あんたのほうだと思うがーー」

 吾作が、タカのスーツの裏から恫喝するように言った。タカはその言葉に合わせ口をぱくぱくさせている。

「きみ、警察に電話するんだ」

「おっと、野暮な真似をしないほうがいい。このケースの中には、今まであんたがしてきた悪行の証拠がつまっているんだ」

  

 受話器に手をかけようとした若い医師の手がとまる。院長の目を見て、電話をするかしないか判断を仰いでいる。

「悪行、ですか。何のことかわかりませんが、お金が欲しいのであれば、少しぐらいなら差し上げますよ。ただし正式な手続きの上でですが」

「ほう、正式にしてかまわないのだな。公になってもいいんだな」

 吾作が口調を凄ませる。タカがじわじわにじり寄る。院長は体を硬直させて立ちつくし、若い医師は後ずさりした。

  

「ケースの中には、半年前までリハビリ室で勤務した女性の嘆願書が入ってる。もちろん自筆のサインと印鑑つきのな。あんたに何をされたか克明に書いてあるぞ。それでも正式な手続きを望むのか」

 女性の名前が出たことで、若い医師が院長から距離を置いた。壁際で眉をひそめている。

「誤解ですよ。彼女がやめたのは一身上の都合ですよ。心配には及びません」

 院長が慌てて繕うが、若い医師は吾作の言葉と符合する疑念を抱いているようだった。

「院長……まさか真実だったのですか」

「私は知りません。何も知らないのです」

「だったら公にしよう。君も次の就職先を探したほうが賢明だな」

 吾作は若い医師に向かって言い、院長へ告げた。「じゃ、裁判所でまた会おう」

  

 タカが背を向ける。ナオミの肩に触れ、帰ろうと促した。

「待ってくれ。要求を呑む。いくら欲しいんだ」

 院長の顔がいよいよ蒼白になった。おそらく精神は虚脱状態に違いない。吾作はタカのスーツの裏で、必死に笑いを堪えていた。

  


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