エーデルワイス
意識が戻ったアイリスは花々に囲まれ、青空を見上げていた。
不思議と体の痛みもなく、衣服も擦り切れ破られたドレスではなく軽装の白いワンピース姿だ。
「あれ?身体が動く。なんで?どうして?」
上半身を起こしてみる。
アイリスは遥か彼方、水平線まで続くのではないかと思うほどの広大な花園の中心にいたのだった。
「んーと。お母様がやられてしまって、今度は私が酷い目にあって地下牢に封じられたのに。
なんでここに?
しかも誰もいないし、誰の気配もない。」
「もしかして、・・・ここって。私、また失敗した?
天国に来ちゃったのかな?」
すると水平線に一点だけ、キラキラと光る場所を見つける。
(なんだか、呼ばれている気がする。)
よいしょと立ち上がると、様々な色とりどりの花々が咲き乱れており心穏やかな気分になる。
ぴょこぴょこと少女のように、目的地へ向かうがてら花々を見て回る事にした。
「これは春紫苑ね。
おじいちゃんに教えてもらってから、大好きになったお花。春になると沢山咲いていて嬉しかったなぁ。
お散歩に一緒に行って、よく道端に咲いてた。
可愛くて小さいお花だった。」
「白詰草だー!!
おじいちゃん兄妹が沢山いて器用だったから、
花冠を作るのがとっても上手でよく作ってもらった。
懐かしい。とても心が暖かい気持ちになれる。」
「わぁー!カタバミだ。
私が大好きでよく玄関先に腰掛けて、黄色い花を詰んで小さな花束を作っておじいちゃんにあげたっけ。
喜んでたなぁ。おじいちゃん。」
「綺麗ー!!!薔薇がここはドームになってるのね。
おじいちゃんったら薔薇の花が好きで、
赤、黄色ピンクと色んな色の花を育てていた。
暖かい気候になると咲くから、大輪で凄く綺麗だった。」
「・・・ハイビスカス。
私とおじいちゃんの、思い出の花。
夏になると真っ赤で、大きな花を咲かせる。
おじいちゃんが1番大切にしていた花だ。
私もハイビスカスが大好きで、よく観察してた。
おじいちゃんはマメで水も絶やさずあげていたし、
冬は温室で育てていた。
私が前世で捕まった後、どうなったのかな。
ごめんね。最後まで育ててあげられなかった。」
(ここはもしかして、おじいちゃんと思い出の花が咲いているのかもしれない。)
「咲いている花は季節が一致しない。
きっと都合よく咲いているのは私の存在のせい?」
しばらく道を行くと綺麗な水場に、木製の橋がひとつ。
そこにはピンクや黄色の睡蓮の花が咲いていた。
「睡蓮だ。睡蓮も家で育てていて、一緒にメダカや金魚も飼っていた。葉に隠れていたけど、ご飯のときはおじいちゃんに懐いていてわぁっと出てきたのを覚えてる。いつ見ても綺麗だなぁ。」
橋の欄干から川面を見つめると、水の中に花が咲いているのが見えた。
「梅花藻が咲いていると言う事は、ここは清流なのね。綺麗で冷たい水場にしか咲かないものね。
私が好きな花だった。旅行先で初めて見た。清らかな水の中で、漂うように花が揺れている光景は忘れもしない美しさだった。」
橋を降りていくと更に見覚えのある花々が咲いていた。
「これは・・・ミモザ。
快活で明るくて、人を大切に思うミモザ。
きっと心配してる。前世の私のことも。
どこに行っても誰にも別れも言えず居なくなるなんて、恩を仇で返しているような気分。」
「ベルフラワー。
花言葉は誠実。ベルそのものだと思う。
ベルは一見クールで冷たく見えるけど、弱いものたちの心の拠り所。誠実な彼女はいつでも皆の味方だった。前世でいじめられてた私に、真っ先に手を差し伸べてくれたのはベルだった。」
「クレマチス。
お母様。無事だといいな。あんなに手酷くやる必要はないじゃない。私のせいで、・・・私のせいでお母様に何かあったらどうしよう。ごめんね、ごめんね。お母様。」
ぽろぼろと溢れる涙が花弁を濡らす。
両手で涙を拭い、先を目指していく。
光はすぐそこだ。
手を光に翳そうとした刹那、両手足に纏わりつく草木に動きを封じられる。それはアイリスの身体を覆い尽くすように絡みついてくる。
「やだ!なにこれ!やめて、離して!」
絡みついてくる草木を、手で払っても払ってもキリがなかった。絡みついてくるツルはまるで鉄のように硬かった。
「これ、もしかして。・・・テッセン?」
その名を口にするだけで冷たい汗が背筋を凍らせる。
「いやだいやだ離して!
私は、私は!こんなところにいるわけにいかない!
お母様を、お祖父様を助けなきゃいけないのに。」
光は手を伸ばせば届きそうな場所にあるが、抵抗虚しくどんどんツルは身体に巻きついてくる。
バランスを崩して倒れ込んでしまった。
(私は、これでお終いなの?
本当にみんなと会えないの?
助けたい人がいるのに、私には無理ってことかな。
何も成せない。何もできない。
役立たずで、感情のない操り人形。
結局それが、お似合いの人生だったのかもしれない。
おじいちゃんを助けるなんて、看取るなんて分不相応の願いだったのかな。)
全てを諦めかけたとき、目の前にパッと咲いた花。
それはエーデルワイスだった。
「おじい、ちゃん。
フォンテーヌ、エーデルお祖父様。
花言葉は大切な思い出、そして「勇気」!!!!」
全身全霊で身体に巻き付いたツルに対抗し、全力で左手を光に伸ばす。
「届けーーーーーーー!!!!!!!」
瞬間、閃光が弾けたように金色の眩い光が世界を覆い尽くす。
光が落ち着き目を開けると、全身に絡みついていたツルたちが浄化され消えていく。
そして目の前には2つの花が現れた。
一つは アイリス
そしてもう一つは
クレム
「クレムは優しく穏やかで慈悲深い。
まるであの人ね。私のことをどんな手を使っても救おうとしてくれる、皇弟殿下。クレム殿下。
アイリスは・・・」
「希望と信じる心。」
二つの花に手を伸ばしたとき、青空と花園が消えていくのがわかった。次の景色を見るのが怖くて目を瞑る。キラキラと音を立てて、世界が消えていくのを感じながらアイリスはその場に立っていた。
目を開けると黒く、目深なマントを被った人物と相対していた。
「あなたは、誰?」
その人物は何も答えなかった。
近寄り目深に被ったマントをどかし、
顔を覗き込むと見慣れた優しい顔。
渓流のように流れる瑠璃色の髪。
そして、エメラルドの瞳がこちらを見ていた。
「クレム・ルドベキア殿下・・・?」
そして一つの問いを投げかけられる。
「貴女は戻りたいと願いますか?あの世界へ。
辛く、厳しい現実が訪れる場所に戻りたいと、
本当にそう願いますか?」
(前世だったら、願わなかったかもしれない。
でも今は違う。違うのよ。)
(みんなに、もう一度会いたい。)
「はい。戻りたいです。私は、覚悟できています。」
「・・・わかりました。では、私の手を取って。」
両手を差し出され、それに手を重ねた。
白い光がアイリスの身体を包んでいく。
ふわりと意識を乗せるよう、春風を思いおこす風に漂うよう身を委ねた。
フッと魂が身体に戻ったような感覚がし、
目が覚めると眼前に潤んだエメラルドの瞳。
アイリスの頬におちてくる雫。
「お帰りなさい。アイリス嬢。」




