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エリンジウムが退場していったあと、広間の中心に残された2人。



改めてアイリスに向き合うクレム。

クレムはその場に跪き、アイリスの左手をとった。


()()()()嬢、私と一曲踊って頂けますか?」

先程までの殺気を放っていたクレムの笑みとは違い、心からの微笑み。


(アイリスを名前で呼んでくださる。なんてお優しい方なんだろう。貴族たちの前で()()()親しく振る舞う事で、アイリスはルドベキア帝国皇弟と親しい間柄であると。アイリスに後ろ盾があると示す事ができる。ただの出来損ないではない、と言うことを示してくださったのね。)


(先程までとても怖かったのに、今は・・・。)


(殿下の心が、とても暖かく感じる。)


「えぇ。もちろんですわ。皇弟殿下。」

精一杯の笑みで返すとクレムはアイリスの反応に対し満足そうな表情で立ち上がり、アイリスの隣に立つ。


貴族へ2人で一礼すると、オーケストラが音楽を奏でる。軽やかに振られる指揮棒に、弾むような楽器のメロディー。

2人は旋律に合わせ、フロアを舞う蝶のように踊る。


(ステップは軽やかに、エスコートはスマートに。

さすが皇族。慣れている感じがする。

でも、些か距離が近いような?)


アイリスがぼうっとクレムの顔を見上げていると、

クレムがアイリスの視線に気付いた様子。


「どうかされましたか? アイリス嬢?」

「あっ・・・、えと。殿下は絶え間ない努力をされて、今こちらにいらっしゃる事を痛感しました。」

「リードしてくださるのがとても踊りやすいですし、足も手も痛くなくて永遠に踊れそうです!」


(アイリスの記憶を辿ると、あのくそ王子にわざと足を踏まれて酷い青あざになったり。組んだ手も青あざだらけだったもんね。大変だったねアイリス・・・)

心の中でアイリスを思うと涙が出そうな気分だ。


「足と手、ですか?」不思議そうな顔をしてこちらを見ているクレムに対して()()()()と思った。

心配して欲しいわけでも同情して欲しい訳でも、励まして欲しい訳でもない。かといって悲しんでほしくもない。自分でもぐちゃぐちゃな感情になる。


(こんな事を言って、可哀想だと思われるのは嫌。

しかも、殿下に余計な気負いをさせる事になるのに。

人に迷惑をかけて生きていたくないのに。)


「なんでもないんです!

殿下、今のは忘れてください。お願いします・・。」

(急に泣きたい気分だ。涙が溢れても見えないように下を向こう。)


すると、クレムがアイリスの腰に添えていた手に力をいれグイと2人の距離が縮む。


え?っと顔を上げるとクレムの顔が目の前にあった。


「貴女が忘れてくれと言われても、私はお断りします。些細な一つでも取りこぼしたくはないですし、それに・・・。」


「アイリス嬢には、死の影が濃い。」


そう言ったクレムの表情は暗く、エメラルドの瞳は揺らいで影が落ちていた。


(死の、影?見えるの?私の死が。)


(もしかして、私が自ら望んでいる事も?)


音楽がやむと貴族らの大歓声と拍手喝采を浴びることとなった。

そして貴族の若い娘たち一人一人に、取り囲まれるハメになりクレムとはそれ以上話すことができなかった。夜会が終わりに近づいた頃、解放されることにはなったが。


「アイリスーー!」

やっと解放されたアイリスに声をかけてくれたのは、ミモザとベルフラウだった。

「かっこよかった。ルドベキア皇弟殿下と手を組んで正解だったじゃない?」

「そうだよアイリス!

それにしても何なのあのクロームス家の令嬢は!

あっかんべー!ってしてやったんだから!!」

「まぁまぁ落ち着きなよミモザ」

「だってベルだってそう思ったでしょ!

ぜーったい許さないわ!」

ふん!と自分ごとのようにぷりぷりと怒っているミモザと、真剣に宥めるベルフラウを見て内心ホッとする。緊張の糸が解けたように。

(よかった。いつものみんなだ)


「アイリス。少し休んできたらどう?

あんなことがあった後だし、まだ帰りの馬車も来ないんでしょう?

私たちが呼びに行くから行っておいでよ?」


2人に背中を押されたアイリスは会場から抜け出すと、()()()()庭園に来ていた。


(ここは落ち着く。

ソラリス様が自らお手入れをされているんだもの。)


(死の影が濃い、かぁ。当たり前だよね。)


(自ら望んでいるんだもの。

私にそれ以上の価値なんてない。)


(それに、今晩の事で更にクソ王子とカルミア、

そしてテッセンから殺意を向けられているはず。

おじいちゃんが最期を迎えるまで死ねない。)


(でも、ミモザもベルも巻き込めない。

たとえシンビジウム王女殿下の命令だとしても。

私が・・・私1人でやらなきゃ。)


そんな折、先ほどのクレムの言葉を思い出す。


「貴女が忘れてくれと言われても、私はお断りします。些細な一つでも取りこぼしたくはない。」


(殿下は他国のルドベキア帝国の皇弟。いくらお優しいといえ、私には勿体無い言葉をかけてくださる。)


「でも、死の影が濃いなんて。

見えるのかな? 死神、みたいな?

そんな設定作ったかなんて忘れちゃった。」


(それにしても外は寒い。上着をとってくるべきだった。)

ぶるっと背筋が震え、両手でさするが温もりなど感じない。

「・・・帰ろう。」


庭園の噴水に背を向け会場へと戻ったが、驚く事実を伝えられた。

「・・・は? お兄様だけで帰った?」


「ごめんねアイリス。呼んでくると伝えたんだけれど、「愚妹は自分で帰ってこいと伝えてください」と帰ってしまわれて。」

申し訳なさそうなベルフラウに謝罪をしながら、腑が煮え繰り返る程の怒りに燃えるアイリス。


「どうやら、お困りのようですね」

現れたのはクレムだった。


「失礼。レディのお話を立ち聞きするものではありませんでした。ですがお困りでしたようでしたので。

よければお送りいたしましょうか?」


「そ、そんな!殿下にそこまでして頂く訳には!」


「ルドベキア帝国大使館までの道程に、ナスタチウム邸がありますよね? たまたま通りかかるだけですから。問題ありませんよ。」

安心させるように微笑むクレムからの好意を決めかねるアイリス。思わずベルフラウを見ると、にこやかに微笑むベルフラウ。


「殿下もここまで仰っているんだし、お言葉に甘えたらどう? 流石にお断りするのも失礼じゃない?」


「確かにそうね。 殿下、ありがとうございます。

お世話になります。」


「そうと決まればこちらへ。ご案内いたしましょう。」

ナチュラルにアイリスの手をとり、馬車までエスコートされ乗り込んだのだった。

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