蜩のキッチン(苦悩の春1)
丸2年の月日が流れていた。
別に、深澤との間が消滅した訳ではなく、私たちの間柄は、それでいいのだ。
これまででも、何年も音信不通が続いても、ふいっと一本の電話があったりメールが来たり、
20年の会わぬ日々が続いた時も、たまたま連絡先がお互い判らなかっただけに過ぎない。
しかし、偶然というものが恐ろしいもので、それを必然と考えるに覚束無さもあるが、自然の流れだったのだ。
その日も、木曜日の午後だった。
『蓉子ちゃん、元気か?今、何してる?会いたいんだ』
深澤からの突然のメールだった。
『今?今は、仕事の帰りだよ。どこにいるの?』
『動物園裏の駐車場、来れるかい?』
『花見客、多いでしょう?大丈夫だよ、行けるよ。少し、待ってて』
深澤の強引な誘いは珍しいことだ。
こういうときは、決まって急を要する時に違いないことは解っていた。
私は、取るものを取らずに深澤の元に走った。
この年、例年より遅い桜前線が、やっと我が街にも訪れ ちらほら 花見客で賑わいをみせる頃、
私は、深澤の車の横に並んで駐車した。
深澤は、運転席でハンドルに顔を伏せ、なんだか傷心しきっているように見えた。
私は、「ご無沙汰〜」
と明るく言って深澤の車に乗り込んだ。
その瞬間、深澤は顔を上げたが、思った以上に更け込んでいるように見えた。
2年の月日が、これほどまでに人の人相をも変えてしまうのかと疑うほど
私の目の前に居るのは、年齢を重ねてもバイタリティー溢れる爽やかで聡明な深澤とは別人に思えた。
憔悴しきった顔は、明らかに陰を落としていた。
「何があったの?」
そんな深澤に、こう問いかけてしまうのは自然に思えた。
「嫁が出てった!!」
「いつ?なんで?」
そして、深澤は隻を切ったように喋り続けた。
三月の次男の養護学校の卒業式に、仕事に出掛けた深澤は、途中から卒業式に参加したという。
どうしても三月の時期は決算で仕事の段取りだけをして母子とは別行動ではあったが、慌てて参列したようだ。
帰りは、学校から別々に 深澤は仕事に戻ったらしい。
夕方、いつもの時間に自宅に帰ると‥
なんと、自宅には奥さんの荷物は何一つ残っていなく‥
テーブルの上に一通の手紙と離婚用紙が入った封筒が置かれていたと言う。
その手紙には一言、
「今後のことは、弁護士を通して話をしてください」
とだけ書かれていて、その下には、弁護士事務所と弁護士の名前、電話番号が書かれていたのだそうだ。
「何かやったの?喧嘩したの?」
「いやっ、全く 心辺りがないんだ!!」
「理由なく出ていくなんてことあるの?それで弁護士に連絡したの?」
「あぁ、連絡はしたんだが、あちらの言い分に納得いかなくて‥結婚生活が苦痛だったらしいよ。慰謝料を払えって馬鹿にしてるだろう。早く縁を切ってしまいたいんだけど‥」
「なんで、あなたが支払うのよ。別の理由がありそうね」
「多分ね」
これまでの事もあるので、深澤自身、奥さんが他の男性と逃げたのだと大方の見当はついているようだ。
ならば、興信所でも頼めばいいのに、そんな気力もないし、追う気もないと言う。
ただ、この23年近く、何を頑張ってきたのか。
なんの話し合いも無しに後ろ足で砂を掛けたように出ていった嫁の裏切りが許せないらしい。
守ってきた家族が崩壊し この先を考えると真っ暗だと言う。
深澤は言った。
「金が惜しさに言うんじゃないが、こちらも弁護士たてて戦う姿勢を見せようかとも思うんだ!いい弁護士知らないか?」
「そっか~弁護士ね、この前、お世話になった弁護士さんに聞いてみようか?」
「あぁ、お願いするよ」
私に謂わせて貰うならば‥
何度も何度も浮気を重ね、その度に許していた深澤の優柔不断さではないか!!
キッパリと見切りを付けて見下り半を叩きつければ良かったのだ。
私が思うに‥新しい彼氏が出来て
それで、自分の不貞を隠して有らぬ理由をこじつけて慰謝料を取ろうとしているのではないか。
子どもに対して執着はないだろうと聞いていたので、自己主張出来ない息子を引き取って、慰謝料を取れなかった場合に
養育費なるものを請求してくるのではないかと。
冷静に判断すれば 深澤だって気づく筈だ。
でも、この時点で、私には指摘出来ない。
それほど、深澤の落ち込みようが尋常でなかったからだ。
次男のことを本当に心配しているようだ。
一人立ち出来ない息子は、一生 自分が面倒見るつもりでいたらしい。
平常心とは思えない母親の元では、どうしょうもない人間になってしまう‥と。




