【第六章】耳鳴り
夜中。
母が起きた。
「耳が変」
小さな声だった。
「キーンってする」
私は母を見る。
母は少し耳を押さえていた。
「ちょっと外の空気、吸ってくる」
そう言って、母は立ち上がった。
私はついていかなかった。
外は危ない。
そう言われていたから。
母なら大丈夫だろうと思った。
しばらくして、窓の外を見た。
雨が降っていた。
そしてそこには母がいた。
庭に立っている。
でも、様子がおかしい。
身体を左右に揺らしている。
踊っているようにも見えた。
両腕を上げたり、下ろしたりしている。
そして――
母の後ろから、何かが揺れていた。
尻尾だった。
猫のような尻尾。
母が動くたびに、尻尾も揺れる。
けれど、よく見ると少し違った。
母の動きとは別に、尻尾だけが動いている。
私は窓に近づいた。
母の影が、少し遅れて動いた。
母が止まる。
影も止まる。
けれど、ほんの少しだけ遅れていた。
突然、母が動きを止めた。
暗闇の向こうを見ている。
そこには、何もない。
それなのに、誰かがいるような顔をしていた。
母はゆっくりと頭を下げた。
お辞儀をしている。
口が動いている。
けれど、何を言っているのか分からない。
人間の言葉ではなかった。
「お母さん!」
私は窓を叩いた。
母は振り向かなかった。
もう一度強く呼んだ。
「お母さん!!」
それでも、こちらを見ない。
まるで、私がそこにいないみたいだった。
その時。
母の尻尾が、ゆっくりとこちらを向いた。
母は振り向いていない。
なのに、尻尾だけが私のいる窓を見ている気がした。
私はそっと手を引いた。




