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平凡聖女、筆頭になるつもりはありません〜神殿は奇跡だけでは回らない 〜  作者: 猫が寝転んだ


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第一幕 「筆頭聖女、空席につき」

思いっきり趣味に走った作品です。

でも後悔は、いたしません!

 朝一番の治療院は、だいたい騒がしい。


「次の方、どうぞー」


 受付の声に続いて、担架がひとつ運び込まれた。

 落馬事故らしい。若い騎士が、右足を変な方向に曲げたまま苦悶している。


 私はまず右足を見た。

 次に顔色。呼吸。出血量。


 ――骨折。開放創なし。意識清明。優先度は低。


 頭の中で、そんな言葉が自然に並ぶ――


 この知識がどこから来たのか、私は知らない。

 ただ、物心ついた頃から知っていた。


 包帯は清潔な方がいいこと。

 傷は洗った方がいいこと。

 熱があるなら水分を取らせること。

 そして――慌てている治療者ほど、ろくなことをしないこと。


 たぶん、これが“前世の記憶”というやつなのだろう。


 時折、別の世界の記憶を持って生まれる者がいるらしい。

 特にこの業界――聖女の間では、わりとあるあるだ。


 ぼんやりとしか残っていないけれど、私はきっと、前の人生で医療職だった。


 医師ではない――

 もっとこう…… 医師に怒られ、患者に呼ばれ、走り回っていた職業。

 たぶん、看護師とかいうやつだ。


 ――なので私は、奇跡より手順を信じる。



「フローリア様、お願いします」


「はいはい」


 治癒術式を組み、骨の位置を戻し、裂けた筋肉をつなぎ、表皮を閉じる。

 十五秒――


 患者は目を丸くしているが、これくらいは普通だ――


 聖女なのだから。


「次の方お願いします」


「はいはい」


 切り傷。十秒。


「次」


 打撲。五秒。


 派手な奇跡は起こせないが、この程度なら目をつぶっていても治せる。


 それが私、フローリア・ロシニョール。


 八歳の頃から数えて、神殿勤務十二年目。すでに中堅どころの平凡な聖女である。


 突出した治癒力はない。

 政治力もない。

 美貌も、まあ、普通。

 神殿内の評判も「いてくれると助かる」止まり。

 要するに――地味で、埋もれている。


 平凡――それは素晴らしい。

 少なくとも――あの三人みたいに目立たなくて済む


「フローリア!」


 その時、隣の治療室から怒号が飛んだ。

 嫌な予感がした……


「サクラがまたやりました!」


「今回は何を?」


「捻挫患者の足首を治そうとして……歯の詰め物を新品にしました!」


「意味が分からない!」


 急いで処置室へ駆け込む――

 新人聖女サクラ・フォンテーヌは、治療台の前で真っ青になっていた。


 その向こうでは、患者が口を押さえて泣いている。


「歯が……つるつるです……」


「でしょうね」


 見れば分かる。前歯がやたら輝いていた。


「ち、違うんです先輩!」


 サクラが半泣きで振り返る。


「足首に治癒を流したつもりだったんです!

 ……でもちょっと術式が逸れて!」


「どう逸れたら口に行くの」


「……勢いで」


 勢いで治癒術なんぞ、するな!!


 私は患者の足首に触れ、さっと術式を組み直した。

 腫れが引き、靭帯がつながる。


「はい、終了」


「ありがとうございます……」


 患者は足を治され、歯もつやつやになって帰っていった。

 ………まあ、結果オーライである。


「すみません……」


 サクラはしゅんとしていた。


「謝る前に、何が原因なのか考えてみて――」


「えっと……患部確認不足、です」


「そう」


「術式制御不足、です」


「そう」


「……勢いでやりました」


「そこは分かってる――」


 この子は、とにかく魔力量が多い。


 前例がないくらい、多い――!

 だから術式が暴走する。


 例えるなら、庭に打ち水をするのに、洪水を起こしているようなものだ。


 本人に悪気はない――

 そこがまた困る。


「次からは、流す前に止まる。右見て、左見て、それからいく!」


「はい!」


 返事だけなら、歴代聖女でも筆頭を狙えそうだ――



 その時だった――

 礼拝堂の大鐘が鳴った。


 ――ゴォン。

 ――ゴォン。

 ――ゴォン。


 三回――

 全聖女招集の鐘だ。


「え、何かあったんですか?」


「さあ」


 ――嫌な予感しかしない。



 中央礼拝堂には、すでにほとんどの聖女が集まっていた。

 ざっと見て五十人。

 皆、どこかそわそわしている。


「何でしょうね」 「異端審問?」 「それは怖い」


 そんな囁きが飛び交う中、壇上に老齢の聖女が現れた。


 筆頭聖女、マルグリット・エヴラール。


 筆頭聖女として神殿に五十年以上君臨する、生ける伝説である。


 その穏やかな笑みに、泣きながら救われた患者は数知れない。

 その穏やかな笑みに、泣かされた神官もまた数知れない。


「皆さん――」


 一言で静まる。


「わたくし、マルグリット・エヴラールは――一か月後をもって、筆頭聖女の職を退きたいと思います」


 礼拝堂がどよめいた。


「最近は、朝起きるたびに神のお告げより先に腰が鳴るのです……バキッと」


 誰も笑わない。

 笑っていいものか分からないからだ。


「この一か月をもって次代選定期間とし、新たな筆頭聖女を選出します」


 その瞬間だった。


「ならば、私が――」


 前列から一人、すっと進み出た。


 エレベル・グランポルタ。

 神殿最強の治癒聖女。


 重傷患者専門。死亡寸前でも引き戻す。


「私、失敗しませんから――」


 言った――

 少し首を傾げ、目を見開いて言い切った。


 背後の取り巻き神官たちが、一斉に拍手する。

 練習しているのだろうか……


「ふん――」


 鼻を鳴らしたのは別方向。


 コリーヌ・ルージュ。

 神殿最古参。腕まくりをして斜に構えている――

 いったい何と戦うつもりなのか……


「まだ毛も生えそろってない若いのに務まるものかい。

 筆頭は現場を熟知する者がやるもんだよ」


「誰が……け…いえ、若いの…ですか!」


「たいして、若くもないが――お前だよ」


 火花が散った! ……気がした。


 たぶん見えないだけで、それぞれの背後では龍と虎が睨み合っている。

 前世のどこかで見た、そういう構図だ。


「……あ、あのっ!」


 三人目――

 サクラだった。

 勢いよく手を挙げる。

 質問か――?

 空気を読みなさいよ!


「わ、私も立候補します!」


 礼拝堂が静まり返った。

 たぶん本人以外、誰も想定していなかった。


「はっ――? 君が……?」


 司祭が、思わず聞き返した。

 サクラは胸を張った。


「頑張ります!」


 ……どうやら、本人も想定していなかったようだ。


 ……まあ、頑張るのは大事だ。


 だが、筆頭聖女に名乗りを上げる理由としては、少し弱い。


 たとえ、保有聖力量が歴代でも指折り――

 いや、たぶん歴代最強だとしても………



「三つ巴だねえ……」


 隣で、同僚のミレーユが肘で私をつついた。

 神殿随一の噂好きであり、賭け好きでもある。


「賭ける?」

「賭けない」

「もったいない――」

「何が……?」

「今回は配当が大きくなりそうなのに……」


 そう言って、彼女はどこから出したのか、賭け票をひらひらさせた。

 そして、ミレーユは、妙に得意げな顔で言った。


「こういうのはね、始まる前に賭けるのが一番験がいいのよ」


 知らない知識を増やさないでほしい。


 そんな暇があれば、仕事しろ!

 いや……私も仕事中ではないが。


「――私は関係ないから」


 そう言って、礼拝堂を見渡した。


 中央では三人の聖女が睨み合っている。

 取り巻きたちもざわついている。

 これから一か月、神殿は荒れるだろう。


 でもまあ――

 私には関係ない。


 ――そう、この時は本気でそう思っていた。



 

 そうして―― 新たな筆頭聖女選定レースが始まった。


 礼拝堂の中央では、三人の立候補者が互いを牽制している。


 エレベルは腕を組み、 「筆頭聖女に選ばれた暁には、メロンを用意します」 と、すでに勝った顔をしている。

 ……なんだろう。なぜか、その発言に既視感がある。

……なんか、エレベルも記憶持ちな気がするのは気のせいだろうか……


 コリーヌは腕まくりをし

「アタシが筆頭聖女に決まってるさ」

と、年若い神官の肩を抱き―― 同僚や後輩たちを睨めつけている。


 ……なんか、女番長。

 そんな言葉が脳裏をよぎった。


 サクラはひとりだけ、「が、頑張ります!」 と、一つ覚えのように繰り返している。


 ……バカの一つ覚え。


 いや、違う。

 こういうのはたしか、「天然」と言うのだったか――


 その背後では、それぞれの支持者たちがもう動き始めていた。


「あちらは治癒実績で押すらしい」 「いや、経験年数が重要だ」

「将来性も見るべきでは?」


 ……うるさい。

 ああ、もう…うるさい。


 隣で同僚のミレーユが、楽しそうに囁いた。


「誰が勝つと思う?」

「知らない」

「賭ける?」

「賭けない」


 私は小さくため息をついた。


 誰が筆頭になろうと、私の仕事は変わらない――

 朝は治療院に立ち、患者を診て、  新人の失敗をフォローし、足りない包帯を補充し、夕方には書類を書く……


 それで一日が終わる――


 それでいい……

 いや、それがいい。


 平凡で、穏やかで、誰にも注目されず、誰にも期待されず、自分の仕事だけをきっちり終えて帰る――


 それが私、フローリア・ロシニョールの理想の人生だ。


 だから私はこの時も、本気で思っていた。

 この騒動は、私には一切関係ない――と。


 ――そう思いながら、私は礼拝堂を後にした。



 次の日の午後。

 空模様は良くもなし悪くもなしの、なんか曖昧な様子だ。


 私は薬品庫でひとり在庫確認をしていた


 包帯、消毒酒、止血草………

 こういう地味な仕事をしている時が一番落ち着く。


「フローリア」


 振り返ると、マルグリット様がいた。

 ――筆頭聖女が、薬品庫に?


「はい?」


「あなたは立候補しないの?」


「しません」


 即答だった。

 老筆頭は少し笑った。


「どうしてか、聞いても?」


「目立ちたくありません」


「正直ね」


「それに、私にはたいした力はありません」


 そう返すと、マルグリット様は棚の包帯をひとつ手に取った。


「誰かが、派手に治すことはできるでしょう。 けれど――」


 包帯を丁寧に戻す。


「誰かが、こういうものを切らさず補充してくれているから、神殿は絶え間なく機能するのよ」


「……」


「あなたは、自分を過小評価しすぎよ」


 さて、返事に困った……

 だって、それは聖女として褒められているのか、ただの雑務係として評価されているのか、よく分からない。


「まあ、私には関係のないことです」


 ごく当たり前のことのように、私は言った。


「誰が筆頭になろうと、私は私の仕事をします」


「そう――」


 マルグリット様は微笑んだ。

 その笑みが、少しだけ意味深だったことに――


 この時の私は、気づいていなかった。

同時期の短編です。こちらもお楽しみいただければ幸いです。


子爵家令嬢は見た!!

〜恋文の差出人は多股令嬢でした〜

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