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第8話 星の遣い

 ロウェルと彼の父の言い合いを扉越しに聞いていたロレッタは、彼の抑圧された感情に共鳴するかのように暗い表情で俯いていた。


「あのお父さん、ロウェルさんの意見にはまるで耳を貸さないって様子だった……。帝国騎士にとって鎧はそんなに大事なのかな」

「当然だね。帝国騎士の鎧は帝国の命令で造られている。この世界でもトップクラスの技術が詰め込まれているんだ。簡単に手に入る代物じゃない。

騎士にとっては命、いやそれ以上に大事かもしれないね。鎧を失えばその一族が滅びるのとそう変わりないから」


 ロレッタの疑問に、エリーは淡々とそう解説した。感情を理解はすれど共感することは無い、そんな表情だった。


「どっちも騎士の鎧を大切にする気持ちは同じはずなのに。……でも、ますますロウェルさんの部屋は重要そうだね。行こうエリー、……?」


 隠れていた部屋を出ようとするロレッタが違和感に気付いた。


「この部屋ってこんなに暗かったっけ……?」


 入った時には薄暗い印象を受けた部屋が、今では夜のように暗い。それだけでなく、部屋中に星々のような光の粒が舞っている。

 まるで、長方形に切り取った夜空を持ってきたような、美しく異様な光景だった。


「これは、いつの間に……?」


 エリーですら気付かなかったのか、驚いたようにそう呟く。

 その部屋の奥から、木琴を叩くかのように軽い足音が聞こえた。


「っ、誰……!」


 ロレッタが目を向けた暗闇から現れた人影。

 それは、1人の少女だった。


「……面白い事をしているわね。貴女、その力は何処で手に入れたのかしら」


 綿飴のような声でロレッタにそう問いかける、可愛らしいこぐまのぬいぐるみを抱いた少女。パジャマのようなふわふわのドレスと腰まで伸びたプラチナブロンドのロングパーマが、夜空に溶け入ってしまいそうな程儚げな印象を与える。

 その白く細い手首に着けたブレスレットには、瞳の描かれた星の紋章がぶら下がっていた。


「貴女は、心象戯曲の役者じゃない……。外から入って来たの?」

「その紋章(マーク)は、『ナブラ観測局』……!」


 エリーが少女を睨みつける。その視線に、少女は携えた微笑みを崩さなかった。


「『ナブラ観測局』……?」

「通称《天文台》。西部を統べる巨大組織のひとつさ。大企業の重要機密から、最果ての村に暮らす人間のホクロの数まで、とにかく世界中のあらゆる情報を集めようとする盗撮集団だよ。遂に心象戯曲の中にまで……」


 ロレッタの問いに対するエリーの返答には、《天文台》に対する嫌味がたっぷりと入っていた。

 しかし、そんな威圧的に思える態度にも動じることなく、少女は寧ろ大袈裟に言葉を返した。


「心外だわぁ。私達《天文台》の観測する情報は社会にとって大きな役に立っているというのに。

世界情勢に対する迅速な記事や西部各地の気象データも、全部私達が観測して提供している物なのよ?」


 そう言いながらもゆらゆらと、少女はロレッタに歩み寄る。甘いホットミルクのような香りが、ロレッタの鼻をくすぐった。


「貴女は、……何が目的なの?」

「うふふ、安心して。ちょっと気になったから覗いて見ただけ。私の趣味みたいなものだから、ここの事は無闇に言い触らしたりはしないわ」


「何を戯言を……」とでも言いたげに少女を睨むエリーの視線を最早気にすることも無く、少女の興味は完全にロレッタに向いていた。


「私は《天文台》の天秤(アストロラーベ)。私、貴女の事をよく知りたいわ」

「あ、あすとららぁべ? えっと、じゃあ『ステラ』ちゃんって呼んでいい? 私はロレッタだよ」

「ちょ、ちょっとロレッタ!」


 意外にも気さくに打ち解けるロレッタを、エリーは慌てて制止する。


「正気かい!? こんな得体の知れない女と――」

「う〜ん。でも悪い娘じゃ無さそうだよ?」

「そうそう、『ステラ』はとっても良い娘よ?」

「よくもぬけぬけと……! あぁもう知らないよ僕は!」


 そう言って、エリーはそっぽを向いてしまった。


「ごめんね、エリーは気難しいから。それと、私ももう行かなくちゃ。ここでやらなきゃいけない事があるんだ」

「怪物に成り果てた人の心に潜り、寄り添う。……それが貴女の何になるのかしら」


 ロレッタしか入れないはずの心象戯曲に平然と侵入したステラは、これからロレッタが何をしようとしているのか全てお見通しであるという口振りで、彼女に更に近寄ってそう問い掛ける。

 少し動揺したロレッタだったが、それでも真っ直ぐにステラを見つめ返した。


「私ができることで誰かを助ける事ができるなら、それは当然やるべき事でしょう」

「すれ違う人が道に落とした財布を拾うかのようにそう言うのね。でも、お財布を拾う為に世界中を旅する人が居れば、その理由は気になる物でしょう」


 いつの間にか、鼻と鼻がくっついてしまいそうな程の距離にまで肉薄したステラは、にっこりと笑いながら、じぃっとロレッタの瞳を覗き込む。


「私には貴女がそう見えるわ。道に落ちた財布を拾う旅を続ける不思議な娘。街を巡って、怪物を鎮めて、それが貴女の何になるのか……。

ふふ、大丈夫よ。星明かりの下で隠し事はできないの」

「……!」


 ロレッタの瞳を覗き込む彼女の2つの瞳孔が、極星の様に強く瞬いた。その夜空を照らすように眩い瞳から、ロレッタは目を逸らすことができなかった。



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