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第7話 父の抑圧


「ちょっとロレッタ、こっちに来るよ……!」

「わわっ!」


 ロウェルのいる訓練室から立ち去ろうとするサリアに、ロレッタは慌てながら近くのテーブルの下へと身を隠す。

 しかし廊下に出たサリアは一刻でも早くその場所から去ってしまいたいかのような早足で去ってしまい、陰に隠れるロレッタには気付く様子も無かった。


「……だいぶ空気悪そうじゃないかい、あの2人。何をしたらメイドと坊ちゃんの仲があんな険悪になるんだか」


 去ってゆくサリアを目で追いながら、エリーは大きくため息を吐いた。


「ふふん、昔おばあちゃんの書斎で読んだよ。あれは()()()()ってやつだね!」

「本当に……?」


 自信満々のロレッタに、エリーは訝しげな目を向ける。


「うーん、あの娘はロウェルさんのこと、そんな嫌ってないと思うんだけどなぁ? まぁでも、ロウェルさんが寂しそうにしてるのも事実だね……」

「ロウェルが怪人になった理由、それに関係してると思うかい?」


 エリーの問いに、ロレッタは腕を組んで考え込んだ。


「少なくともロウェルさんの心を締め付ける一因ではあるだろうけれど……、しっくり来ないかな。

鎧は自分を守るために着るものだから、怪人になったロウェルさんが鎧の姿になったのには理由があるはずなんだ」


 エリーはブツブツと呟きながら、なんとなしに訓練室の中を覗き見る。

 部屋の中では2口程食べたケーキを皿の上に残したまま、黒いヘルメットを被ったロウェルが訓練を再開していた。


「怪人は胴体を剣で貫かれてもいたね。鎧がその身を守るって言うんなら、守りきれなかったものがあるって方が妥当じゃないかい」

「……鎧の内に秘めていたけれど、守りきれなかったもの、か」


 少しの間頭を捻っていたロレッタだったが、直ぐに思考の霧を払うようにブンブンと首を振り、立ち上がった。


「もう! 考え込んでもわかんないよ。ここは行動あるのみ!

エリー、自分がいちばん大切なものをしまうなら何処にする?」

「そりゃあ、自分の部屋だろうね」

「決まり! ロウェルさんの自室を探そう! ……まぁ、宛もないから虱潰しだけどね」

「こりゃあ日が沈みそうだね……」


 更なる情報を求めて、ロレッタはその場を後にする。

 斧の空を切るような音だけが、その部屋から絶えることなく漏れでていた。




 しばらくして、ロレッタは頬を膨らませながら、屋敷の廊下を歩いていた。


「もう! どこまで広いのこのお家は! 室内で遭難してるよ!」

「僕、省エネモードになっていていいかい? この調子じゃあ日が沈むどころか数日かかりそうだ」

「何となく屋敷の跡継ぎなら大きい部屋で暮らしてそうだと思ったんだけれど、そもそも大きいか小さいかドアの向こうからじゃわかんないよ」


 ボヤきながら歩くロレッタに呆れながら目を細めるエリー。

 しかし、ふと何かに勘づいたようにその首を持ち上げ、廊下の向こうをにらんだ。


「ロレッタ、前から誰か来るよ……!」

「えっ、えっ? 隠れなきゃ!」


 辺りを見回すロレッタだったが、周囲に隠れられるような家具は無い。

 慌てているうちに廊下の遠くに二人の男の人影が見える。1人はどこか暗い顔をして歩くロウェル、そしてもう1人は厳格そうな表情をした威圧感のある初老の男だった。


「ロレッタ! こっちのドア、早く!」

「う、うん……!」


 慌てて近くの部屋に転がり込むロレッタ。そこは薄暗い物置のような部屋だった。


「全く、心象戯曲は油断ならないね。アイツ、さっきまで訓練室に篭ってただろうに」

「戯曲だからね。当然、必要な場面に必要な役者が現れるんだ」


 閉まる扉にもたれかかって、ロレッタは浅く息を吐く。

 ふと、廊下を歩く2人の声が、扉越しにロレッタの耳へと届いた。


「――れで、先日『ミョルニル工房』に依頼した鎧の定期メンテナンスの結果についてですが……」


 壁越しに聞こえる二人の足音と、ロウェルのかしこまった声に、ロレッタは耳をそばだてた。


「右肩のエーテル回路の劣化が激しく、交換が必要になります。ひいては――」

「次の勅命までは時間があるだろう。工房に修理を手配しなさい」

「それについてですが父上、最近は『ウェッソン工房』と呼ばれる工房が騎士の間で話題となっています。『ミョルニル工房』より安価で評判も良いので、一度こちらの工房で手配するのはどうでしょうか」


 ロウェルは前を歩く初老の男にそう提案する。その声から伝わる隠しきれない緊張が、壁越しに聞くロレッタにもわかる程だった。


「くだらん。これまで通り、『ミョルニル工房』に依頼しろ。勝手な行動はするな」

「ぐっ……、いやしかし、鎧の品質を高める為にはひとつの工房にこだわっては――」

「『ミョルニル工房』とこの家とは数十年来の付き合いだ、あの鎧について彼ら以上によく知っている工房はない。それを差し置いてお前は、どこの馬の骨ともわからん工房に我が家の全てを預けろと?」

「お言葉ですが、『ウェッソン工房』に鎧を預ける騎士の家は少なくありません。鎧の修理に関しては彼らも精通して――」

「私は『あの鎧』と言ったんだ。お前の部屋にある我が家の宝について、その者らはどれだけ知っているんだ」


 父上と呼ばれたその初老の男は、ロウェルの提案にまるで耳を貸さない。


「ですから、そういった保守的な姿勢ではこの家は――」

「あの工房との付き合いはお前が生まれる前から続いているんだ。お前みたいな子供の思い付きで断ち切れる信頼関係じゃないと何故わからん」

「……! 俺はもう子供じゃ――」

「話は終わりだ。これ以上無駄な言葉を重ねるな」


 初老の男はロウェルを置いて去ってしまう。


「……クソっ!」


 廊下を強く踏みしめるロウェルの腹立たしげな声だけが、ロレッタの耳に強く残った。

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