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第6話 冷めた紅茶

 赤髪のメイド、サリアがオーブンを開く。焼きあがった煉瓦色のパウンドケーキが甘く香ばしい香りを纏って姿を見せる。


 彼女がナイフでそれを切ると、その中にはふんわりと膨れたカスタード色の生地。その表面には溢れそうなほどのドライフルーツが宝石のように散りばめられていた。


 ふくよかなメイドがケーキの皿と紅茶のティーポット、カップをワゴンに乗せる。


「サリア、あんたはそのワゴンをロウェルの坊っちゃんに運んでやんな。今は訓練室にいるだろうさ」

「……はい」


 彼女の指示に、赤髪のメイドはどこか浮かない表情をした。


「新入り! あんたはこれで屋敷の廊下でも拭いてきな! 雑巾がけくらいはわかるだろう!」

「はいは〜い、……って、ちべたっ!」


 ロレッタは濡らした雑巾を投げるように手渡され、厨房を追い出されるようにして出るのだった。




 ロレッタが再び廊下に戻ると、ワゴンを押した赤髪のメイドは既に歩いて去っていた。ロレッタもいつの間にか、メイドの服装から元のオレンジ色のコート姿に戻っていた。


「私もパウンドケーキ、食べたかったなぁ……」

「そんな事言ってる場合じゃないだろロレッタ! さっきの話聞いてたろ?」


 エリーもまた元のずんぐりとしたフクロウの姿に戻り、ロレッタの肩へと飛び乗った。


「なんだっけ?」

「あのサリアってメイド。ロウェルのいる訓練室とやらに行くんだろ? 後を追わなきゃ」


 ロレッタはハッとして、サリアの去った廊下の扉へと振り向く。


「あっ、そうだった。あの娘、もう行っちゃった? 追いかけなきゃ!」

「だから、そうやってドタバタ追いかけるとまた見つかるじゃないか! 『脚色』もやり過ぎると『心象戯曲』が崩壊しかねないだろ」

「わかったって、そっと、そ〜っと、ね?」


 そう言い合いながら、ロレッタは周りを警戒しつつも、足早にサリアを追うのだった。




「失礼します。お茶をお持ちしました」


 サリアが扉をノックする。その向こうから返事は聞こえなかったが、彼女は構わず扉を開け中へと入っていった。

 ロレッタは柱の裏に隠れるように座り込み、その様子を伺っていた。


「あ、いたいた。あの人が『ロウェル』だよね。……なんかヘンテコなヘルメット?を被ってるけど」


 ロレッタが中の様子を覗き込みながら、側のエリーへと小声で話しかける。彼女の言う通り、ロウェルと思われる男は真っ黒なヘルメットを頭に被り、殆ど家具の無い広い部屋で斧の素振りを行っていた。


「あれは、『バーチャルリアリティ』ってやつじゃないかな? あのヘルメットで仮想空間の映像や音を再現してるんだよ。ああやって部屋に居ながらも、実戦みたいな訓練ができるわけだ」

「場所や敵を機械で再現するってこと? それじゃあ、私達が最初に見た森も……」

「そうか、最初の舞台は『怪人の最も見慣れた心象』。それがバーチャルの森だったんだ。訓練が終われば幻のように消え去る。あそこで僕達を包んだ光も、今思えば仮想世界がクローズしていく時の演出だったんだ」

「仮初の森を現実の何より見慣れるくらい、訓練に注ぎ込んでたんだね。……それが、本当に望みだったのかな?」


 ロレッタは物憂げにその視線を落とす。しかし、それはすぐに部屋の中へと引き戻された。

 部屋ではサリアが部屋へと入ってきたことに気付いたロウェルが訓練用のヘルメットを脱ぎ、どこか気まずそうな表情を浮かべていた。


「あぁ、サリア。いつもありがとう」

「はい。」


 サリアは素っ気なく返事をした。

 訓練の邪魔にならないよう無駄なものは一切置かれていないその部屋の隅に唯一置かれた机と椅子に、彼女は食器を淡々と並べる。


 やがてティーカップに注がれた紅茶からは温かそうな湯気が立っていた。その一方で、部屋の様子はぎこち無く冷えきっていた。


「美味しそうなケーキだね。ジョージアさんのお菓子はいつだってそうだけど。サリアも作ってくれたんだろ?」

「はい。」


 機械音声のように同じ台詞を繰り返すサリアからは、全身から棘が伸びているように思えるほどの心の距離を感じる。

 その他人行儀な返事にロウェルは一瞬言葉を詰まらせ、それでも諦めずに強ばった笑みを顔に浮かべていた。

 

 彼は紅茶の用意された椅子に腰掛け、傍らに立ったまま目を伏せるサリアに再び言葉を投げかけた。

 

「……あー、……そうだ。中庭にはそろそろラベンダーが咲く頃かな。俺は最近忙しくて見に行けてないけど」

「……ほら、昔は2人でよく中庭で遊んだよな。今はどんな風になってるか、ちょっと気になって――」


「さぁ、知りません。……お茶は後ほど片付けますね。私は一度失礼します。

私も、貴方が思うよりは忙しいので」

「あ、うん。引き留めてごめん……」


 俯くロウェルも気にとめず、彼女は足早に部屋を去ってゆく。

 

 1人残されたその部屋で、彼の手に持つティーカップからは未だ温かそうな湯気が立っていた。しかしそれを口にする彼の表情は、まるで冷めた紅茶を飲んでいるかのようにもの寂しげであった。

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