第5話 もう一人のメイド
怪訝そうな顔でロレッタ達を見つめる赤髪のメイドと、引きつった笑顔だけを顔に貼り付けるロレッタ。二人の間に気まずい沈黙が流れた。
(ほら! 言わんこっちゃない!)
(私? エリーだって気づかなかったじゃん!)
エリーが小声でロレッタを責め、ロレッタもヒソヒソと言い返す。そんな事をしている間も無く、事態は更に悪化していった。
「サリア、こっちでお茶の準備を手伝っておくれ! ん? 誰だいその娘」
ロレッタの背にあった扉がバタンと開き、今度はふくよかな体型の別のメイドが姿を見せた。赤髪のメイドを『サリア』と呼ぶその熟れた様子のメイドもまた、ロレッタを見つけると眉を顰める。
(もう、また見つかったじゃないか!)
(う〜ん、しょうがないね。ちょっと脚色しよっか)
心象戯曲の登場人物に見つかった中、ロレッタもエリーもどこか冷静さを保ち続けていた。ロレッタが再び大きくした万年筆を片手に掴むと、今度は虚空に向かって文字を書くように振るった。
二人のメイドが呆然とその様子を眺める。筆の先からインクのように染み出す暖かな光が、ロレッタとエリーを覆い包んだ。
――光が消える。その光の繭から姿を現したのは、栗色のハーフアップから、短いツインテールに髪型の変化したロレッタ。高めに結んだ小さなお下げには大きな純白のリボンが良く映える。羽織っていたオレンジ色のコートはどこかに消え去り、代わりにフリルたっぷりのメイド服が彼女の身を包んでいた。
不思議な力で瞬く間にドレスチェンジをしたロレッタは前髪を払うように小さく頭を振り、自信満々の笑みで二人のメイドを見上げた。
唖然としてその様子を見ていたふくよかなメイドが口を開く。
「……あぁ、なんだ新入りの娘かい」
「あっ、そうだったんですね。ごめんなさい見慣れなくて」
先程の急変身や、それまでのロレッタの浮いた格好を気に留めることもなく、二人のメイドはロレッタを新入りのメイドとして受け入れる。まるで初めからそういった物語であったかのように、『戯曲家ロレッタ』は舞台の登場人物として溶け込んだ。
「さ、アンタもこっちに来て。お茶の準備を手伝っておくれ」
ふくよかなメイドがサリアを引き連れドアの奥の階段を降りる。向こうから漂う、お腹が鳴ってしまうような香ばしい匂いが、この先がキッチンであることの証明であった。
(ふふん、メイド服。本で読んだ時から一度着てみたかったんだ。エリーも、その格好似合ってるよ)
二人のメイドに気付かれないよう、エリーに向けて得意気にウィンクをするロレッタ。彼女がメイドに姿を変えた一方で、エリーはと言うと真ん丸のフクロウの姿から埃をはたく為に使うようなふわふわのボンボンに変身し、ロレッタの腰にアクセサリーのようにぶら下がっていた。
(僕の……、僕の流線美が……)
エリーの溜め息だけを廊下に残し、ロレッタもその階段を降るのだった。
石造りの厨房へと到着したメイド達は、今日のティータイムのお供となるお菓子作りを始めた。
「サリア、オーブンを準備してくれ。新入りは冷蔵庫から材料を出しな」
「わかりました」
「は〜い」
ふくよかなメイドの指示に従って厨房が回る。
「沢山粉がある……。砂糖、砂糖って……どれかなぁ。うーん……、あっ。これかな?
なんか甘いし、……すんすん。いい匂いもするから、うん!」
「待って、違います! それ、洗剤……!」
「あっ! この赤いソース、本で読んだことあるよ! これで文字を書くと料理が美味しくなるんだよね?」
「何してんだい新入り! パウンドケーキにケチャップなんざかけないよ!」
手馴れた様子で作業を進める二人のメイドとは対照的に、ロレッタはあまり役に立たなかった。
(ロレッタ、君。いない方が早いんじゃないかな……?)
慌ただしく楽しそうに、それでいて特に何もできていないロレッタに集まるメイド達の呆れた視線は、エリーだけに気まずい思いを募らせた。しかし賢いエリーはここで口を挟もうが事態は好転しないことを悟り、静かにロレッタにぶら下がるお掃除ボンボンの役を全うするのだった。




