第4話 見つかっちゃった!
先祖の武勇が鎖となり、騎士の名誉は杭となる。一領の鎧が築いた広大な邸宅すら、羽ばたかんとする小鳥にはあまりにも狭い籠に過ぎなかった。
――第二幕『鎖巻きの邸宅』
◇◇◇
スポットライトに照らされ、鈍く輝く怪人の鎧がよく見えた。その斧、盾すらも、途方も無く長い間使われていたことが一目見てわかるほどに、傷だらけだった。
「俺の……心に……踏み入るな」
鎧の怪人が、呻き声をあげた。
「苦しんでる貴方を見捨てては置けないよ」
闇の中から、ロレッタが答えた。
「頼んだ覚えはない……」
「そうだね、それでも溺れてもがく人には手をさし伸ばしたいんだ」
立ったまま動かない怪人に、ロレッタはゆっくりと歩み寄った。
「見ればわかる、その鎧と斧は『帝国騎士』の物だ。偉大な帝王に仕える、西部でも随一の兵士。その家に代々受け継がれる歴戦の武具だ。お前もその家の生まれなんだろう」
「……うん、とても立派なお役目だね」
肩に乗ったエリーの説明に、怪人は何も言わなかった。
怪人の側まで近付いたロレッタは優しく微笑んだまま、その手を慎重に怪人の方へと伸ばす。しかしそれは、怪人によって拒絶するように振り払われた。
「……望んでそうなった訳じゃない」
「……そっか。なら、貴方が怪人になってしまった理由は――」
その後の言葉が続くよりも早く、照明が点滅を始めた。
消えゆく灯りと共に遠ざかってゆく怪人に、ロレッタは思わず振り払われたはずの手を伸ばしていた。
「あ、待って……! せめて、名前を……」
闇に溶け行く鋼の身体がほんの一瞬立ち止まり、軋む音を残した。
「ロウェル……」
金属の擦れる音の狭間でそれだけを言い残し、スポットライトが落ちた。幕が開き、次の舞台が始まろうとしている。闇の中のロレッタの目に、幕の向こうから光が差し込む。
――甘く香ばしい小麦の香りがした。
カーペットの敷かれた大理石の廊下に、ロレッタはすとんと降り立った。手入れの行き届いた気品溢れる屋敷。暖かな陽の光が廊下に立ち並ぶ窓から差し込んでいる。
「次の舞台は……家? 家の廊下ってこんなに長かったっけ。それに、高そうな絨毯や照明……まるでお城みたい」
「帝王直属の騎士の家庭ともなれば、お金に困る事も無いんだろうね。一族の力を誇示するって意味じゃ、王城とそう変わらないんじゃない」
高級な家具や装飾が物珍しいのか、ロレッタは目を輝かせながら辺りを見渡した。
「あっ、見て見てエリー。あの窓の上の装飾ってフクロウだよね。翼を大きく広げて、ずんぐりどんぐりの誰かさんと違ってすごい凛々しいね?」
「はっ、お金ばっかあってもセンスはないようだね。流線の美学がまるでなってない……ってそうじゃなくてロレッタ!」
浮かれる彼女を叱責するように、エリーが声を張り上げる。
「この舞台が人の家ってことは沢山の人に出くわす危険があるって事だ。わかってるだろ、舞台を見る人間が舞台の登場人物に認知されちゃいけない。物語を先に進めるためにも、僕達が悪目立ちする事は避けるんだ」
「平気だよエリー、こんな広いお家なんだからそんなばったり人に出くわすなんてことそうそうないよ。それに私は戯曲家なんだから――」
「知らないのかい? こう言う広い屋敷は決まって召使いを何人も雇って家の雑事を任せるんだ」
「あ、知ってるよ! 『メイドさん』、でしょ。昔おばあちゃんの書斎で読んだんだ。卵を焼いた料理やデザートを作って、一緒に写真も撮ってくれるんだよね」
自信満々にそう答えるロレッタに、エリーは溜め息を漏らす他無かった。
「だいぶ誤解してるね……」
「まぁ、でもわかったよ。とにかく、消えちゃったロウェルさんを探そう。心象戯曲のなかで物語を掴むには、主人公の後を追うのが1番確実だから。エリーの言う通り、あんまり人に見つからないようにね」
「……あの、ごめんなさい。先程からずっと聞いていたのですが。……ロウェルを探しているんですか?」
油の切れたロボットのように、ロレッタとエリーは後ろを振り向く。白と黒の給仕服に身を包んだ赤髪の女性が、布巾を両手に持ちながらこちらを見つめていた。




