第3話 記憶の中の森
それからロレッタとエリーは、道の無い森の中をゆくあてもなくふらふらと歩いていた。
「記憶の中の森、か。心象戯曲の舞台となるくらいだからあの怪人にとっては余程印象的な所なんだろうけど……」
ざらざらとした木の幹を手で撫でながら歩くロレッタがそう呟いた。
「なかなか不思議だね、帝都の周りに森なんて無かったはずだけど。まぁ、僕達みたいに遠くから来た旅人かもしれないよ」
「……? ちょっとエリー、待って」
ふと、ロレッタは物音に気付いた。金属がぶつかるような、聞くだけでも威圧されるような音。
「あっちだ。いこう」
あてもなくさまよう訳にも行かないロレッタはその方向へ駆け出す。薮を掻き分けて進んでいるとその音はより明確にロレッタ達へと聞こえてきた。
「あの音は、武器だ。誰かが戦ってるよロレッタ、気を付けて」
エリーの忠告に頷き、近くの藪へ身を潜めるロレッタ。すぐ前の、森の木々の隙間。少し開けたその空間で斧を振るう1人の男がいた。
「あの斧、外で怪人が持ってたヤツじゃないか」
「本当? じゃあ、あの人が……」
無精髭を生やした若く見える男。何処か諦観を帯びた細い目で、眼前の敵を睨み付けている。かなり集中しているお陰かロレッタ達に気付く気配も無かった。
彼が対峙しているのは、熊と見紛う程の巨大な鼠の魔物。灰色の毛皮に包まれたその背から両翼のように人間の耳が歪に生えるその不気味な姿にロレッタは思わず息を呑んだ。
「うえぇ、何アレ……。外の森にはあんな生き物もいるんだね」
「しぃ……! 気付かれちゃうよ……!」
男が慣れた手つきで握ったその斧を、一瞬の隙を見せた鼠の怪物の横腹に叩き込む。地面に転がったその怪物の頭を片足で踏みつけ、逃げられないその首元に掲げた斧を躊躇なく振り下ろした。
鈍い音。
鼠の首が地面に転がり、完全に動きを止める。そして離れた首と胴が無機質な光に包まれる。するとその怪物は血の一滴も残さず消え失せ、ただ青い芝だけが地面に広がっていた。
「……チッ」
男は地面を見下ろしたまま舌打ちをした。変わらず暗いその瞳が、振り下ろしたまま地面に突き刺さる斧の刃に映った。
「おっきい鼠が消えちゃった。どういう事……?」
最初からそこにいなかったかのように消え失せた鼠の怪物に、ロレッタは呆然としてそう呟いた。
「っ!? ロレッタ、後ろ後ろ!」
「へ? ぇええ!?」
ロレッタが後ろを振り向く。先程地面に倒れた怪物を包み込んだ光と同じ輝きが、木々、茂み、地面を、その全てを飲み込みロレッタの背後に広がっていた。
その向こうに続いていたはずの森、ロレッタが歩いてきたここまでの景色は光の中へと消えた。そしてその無機質な光の粒子は増大しながらロレッタへと迫る。
その輝きは、先程怪物を倒した男を中心に円を描くように、そしてその円が縮小するように、遂にロレッタを飲み込んだ。
そして、闇が広がった。
エリーを肩に乗せて、ロレッタは浅く息を吐く。ロレッタはこの闇を知っている。
「舞台が、変わる……」
それは幕間、閉じたカーテンの舞台裏。次の心象戯曲へと繋がる束の間の暗転であった。
「これは、どうやら物語が進んだみたいだ」
「うん、でも結局、私達を読み込んだ光は何だったんだろう。倒したあの怪物が白昼夢だったかのように消えて、あの森も……」
――ガシャン、と音が鳴る。
際限なく広がる闇の中でぽつんと、スポットライトが点灯する。
それはロレッタの目の前で、先程まで斧を見下ろし立っていた男の居た場所を照らした。
それを見たロレッタは一瞬目を小さく見開いて、そしてすぐ穏やかに目尻を下げた。
「貴方は……。そっか、それが今の貴方なんだね」
ロレッタは、その光の下に優しい声で呼びかけた。
窮屈そうな鎧で全身を包んだ、斧と盾を握りしめる、怪人の姿がそこにあった。




