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第2話 心象戯曲

 木、花、茂み。青々と広がり実る森のなんと空虚なことだろう。諦観と反復のレンズを通して映るこの森は、一面の褪せた灰色なのだから。


――第一幕『諦観の森』


◇◇◇


 世界が暗転する。

 ただの舞台、その幕が閉じたかのように。


 現実から切り取られるように赤いカーテンで覆われたその空間を、ロレッタはひたすらに落ちて行く。


 帝都の路地裏だったはずのその空間が、背景が、袖へとはける。代わりに舞台には木々が茂った。

 木漏れ日のような舞台照明が回る、小鳥のさえずりが耳を撫でる。現実は舞台装置が捌けていったかのように消え失せ、心象がその伽藍堂の舞台を染め上げる。


 ――照明が落ち、その全てが再び闇に包まれた。





「――ぷへっ!?」


 ロレッタの身体が地面を転がる。よろよろと起き上がる彼女の鼻頭に湿った土が付着する。

 へきしっ、とくしゃみをすると共にその土がぱらぱらと零れ落ち、彼女は鼻を擦りながら立ち上がった。


「ここは……森?」


 きょろきょろと辺りを見回す。木々と薮に囲まれた、手付かずの森。ロレッタは不思議そうにそれらを眺め、コートの表面に付いた土を手で払った。

 ふと、肩が軽い事に気付いたロレッタ。さきほどまで肩に掴まっていたエリーが見当たらなかった。


「あ、あれ? ちょっと、エリー! どこにいるの?」


「――っち、こっちだよロレッタ……」


 頭上から聞こえる力無い声にロレッタが顔を上げる。

 そこには木の枝に引っかかり動けなくなったエリーが、逆さまになって彼女を見下ろしていた。


「う〜ん。そうして木の上にいる方がフクロウっぽいね?」

「馬鹿言ってないで助けてくれないかな!」


 少しの間考え込んだロレッタだが、再び彼女は万年筆を取り出した。

 直ぐに身長サイズまでに伸びたそのペンの先を持ち、つま先立ちになったロレッタはそれを槍のようにして、木の上のエリーをつっつくかのように伸ばした。


「ちょ、いたっ、もっと優しく下ろしてくれないかなぁ!」

「うるさいなぁ、今助けてるんだからじっとしててよエリー」

「せめてペン先の方をこっちに向けないで、って……う、うわぁ!」


 バランスを崩したエリーは真っ逆さまに、藪の中へと落下する。

 茂みに頭を突っ込んだままひっくり返ったエリーを見下ろしながら、ロレッタは肩を竦めた。


「鈍臭いなぁ。フクロウらしく飛んでみたら?」

「正確にはフクロウ型人工知能。崇高な文学を愛する執筆サポートAIだよ僕は、もっと上品に扱ってくれよ」


 バサバサと羽ばたきながら飛び上がったエリーは再びロレッタの肩に止まった。


「全く、また後先考えずに他人の心象戯曲に飛び込んで。君のそのペン、『一綴りの劇場』の能力は特別だからこそ、よく考えて使えと何度も言ってるだろ」


「怪人化して苦しんでいる人を助けない理由なんか無いでしょエリー。いつも小言ばっかり言って……」


 エリーに説教をされたロレッタは不貞腐れた子供のように、口を尖らせながら言い返した。


「人が突然異形の姿に化け、見境なく暴れ回る『怪人化』事件。原因、治療法共に不明って言われてるけど、このペンさえあれば救えるんだ」


「怪人化する人間は決まって心に何か、抑えきれない感情を抱いている。そして全ての人が持つ心の物語、『心象戯曲』へと入り込める君のそのペンの力があれば、怪人化の原因となる感情を解きほぐすことができる。

そうすれば怪人化も止まる。そう言いたいんだろ」


 エリーはロレッタが話そうとした言葉を全部知っているかのようにそう割り込んだ。そんな話はこれまで何度も聞いている、そう言いたげな呆れ顔でエリーは吐き出すように続けた。


「だからロレッタ。僕が言いたいのは無鉄砲に飛び込むなってことだ。

心象戯曲の世界も安全ってわけじゃない、その人の抱えるトラウマによってはとても危険な世界に乗り込む事になるかもしれないんだ」


「うっ……」


「今まで何度そんな目にあってきたか覚えてるかい? 涙の滝に流されて溺れそうになったり、愛の枯れた砂漠で遭難しそうになったり、鎌鼬みたいな敵意の突風に八つ裂きにされそうになったことだってあったじゃないか。だから――」

 

「うぅ、う、うるさいうるさい! とにかく、入っちゃったものは仕方ないでしょ!

過ぎたことを考えても時間の無駄。怪人になってる人の暴走した感情を戻す、今はそれだけ考えればいいんだよエリー」


「まーたそうやって。君は本当に人の話を聞かないんだから……」


 口論の雲行きが怪しくなると、ロレッタは速やかに話題を切り替える。そんなロレッタに慣れているのか、エリーもそれ以上何も言わずにただ溜息だけを嘴から零すのだった。

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