第1話 一綴りの劇場
帝都の裏路地に、金属の爆ぜる音が響き渡った。
夜を照らすように青白い閃光が弾け、石畳を滑るように後ずさる1人の女性。
「……チッ、無駄に硬ぇな」
淡い水色のウェーブボブを揺らし、青いニット帽を目深にかぶったその女が低く吐き捨てる。
ライダースーツの上から羽織ったジャケット、その右胸には5つの星と銀の弾丸をかたどったバッジ、『Sheriff』と文字の刻まれたその金属のバッジが鈍く輝いていた。
対するは、黒い影のような男。いや、それは人間からは全く逸脱した“鎧の怪人”だった。
中身のない騎士鎧。
その胴体を一本の剣に貫かれ木片を散らしながら、肥大化した鋼鉄の両腕が斧や盾をやたらめったらに振り回している。
その怪人が盾を叩きつけ、地面を大きく抉った。
金属が地面の石を削る音は、背筋の凍る獣の咆哮のようでもあった。
「はっ、鈍が。生意気に吠えてんじゃねぇよ。ビビって威嚇してんのか?」
女が手をひと振りすると、虚空に刃が現れた。
エネルギーで作られた刃。それはネオンライトのような青白い光を帯びながら、彼女の周りに幾つも生成された。
彼女が軽く指を振る。無数の刃が一斉に怪人に向き、加速された。それはどしゃ降りの雨の日のように目の前の怪人に降り注ぐ。怪人の鎧に、帝都の石畳に、深い線が刻まれていく。
怪人は雨に濡れる苦痛にのたうち回るように、より激しく暴れ狂う。そして鎧の軋む音を響かせながら、のし歩くように女に迫った。
「……っ! めんどくせぇな……」
女は咥えたタバコを強く噛む。機構の出力を上げ、さらに刃を作り出す。
――そのときだった。
「エリー、急いで! こっち!」
「ロレッタ、待てってば! 不用意に飛び込んじゃ――」
路地の奥から、声がふたつ。
オレンジ色のコートを翻しながら少女が駆けてくる。栗色のふわっとした髪が跳ねた。
トタトタと走りよる彼女の後ろからは、穴なしドーナツのようにまんまるなフクロウ型のロボット。少女に『エリー』と呼ばれたそのロボットはバタバタと飛びながら少女に追いつくと、その肩に飛び乗った。
「いた、あの怪人だよ! もう戦ってる……!」
目の前で繰り広げられる戦闘に、少女ロレッタは息を呑みこむ。
「バカ! そこのガキ! 近づくな!」
シェリフの女が怒鳴る。
だがロレッタは足を止めず、その怪人を見つめた。
「……ねぇ、エリー。わかる? あの人の『心象戯曲』が暴走してる」
ロレッタが小さく呟く。
「怪人化した人間は初めてじゃないだろ、みんなああやって凶暴になるんだ。ロレッタ、迂闊に近づいたら危ないって……!」
「違うよ。あの人、泣いてる……。行き場のない悲痛が、絶叫が、溢れ出して止まらないんだ……」
「……ロレッタ?」
「だから、行くよ!」
「行くなって言ってるんだよ!?」
エリーが突っ込みを入れる間に、ロレッタはもう走りだしていた。
「ガキ、てめぇ、何してやが――」
女が睨みつけるが、ロレッタは制止するように片手を上げて叫んだ。
「ごめんねお姉さん! ここは任せて……!」
「……はぁあ!?」
女は盛大に眉をひそめる。
ロレッタはコートの内側から一本のペンを取り出した。
金属の木の葉模様をあしらった、美しい万年筆。
それは不思議な力で膨張し、瞬く間にロレッタの背丈と同じ程の大きさとなった。
「……頼んだよ、『一綴りの劇場』」
ロレッタは深く息を吸うと、念じるようにその万年筆に語りかける。そして怪人の胸に深々と突き刺さった剣へと、そのペン先を向けた。
「エリー、しっかり掴まって!」
「言い出したら聞かないんだから、もう……!」
エリーがロレッタの肩にぎゅっとしがみつく。
ロレッタが呟いた。
「我、この筆にて人の世を綴る。
今、汝の激情を幕開かん――!」
ペン先から光が弾ける。
世界が反転し、ロレッタたちの足元が舞台の板へと変わっていく。
「これ以上、押し寄せる感情の暴雨に心を引き裂いちゃいけないんだ。……怪人さん、貴方の戯曲を私に見せて」
赤い幕が落ち、ロレッタとエリー、そして目の前の怪人を包み込む。
鎧のヴェールに包まれた、その怪人の『心象戯曲』――。
開演のブザーが今、鳴り響いた。




