凰の目 〜希望の代償〜
剣戟の響きが夜気を切り裂き、火花が闇に散った。
地面が震え、風が唸る。
アルパスターのブリューナクが空を裂くたび、雷鳴のような衝撃が大気を揺さぶった。
フィアナ騎士団が誇る、猛者……ブリューナクから放たれる閃光の一撃は、山をも砕くほどの力があるようにさえ感じる。
槍先から迸る三筋の閃光が夜の闇を白く焼き、周囲の木々を薙ぎ倒さんばかりの勢いを放っていた。
最初の一撃。
アルパスターは足場を固め、全身の力を槍に込めて突き出した。
光を纏った槍撃が、音速を超える勢いで「彼」の胸を貫こうとする。
しかし鋭く迸る閃光は全て空を切り、虚しく夜に消えていった。
対する「彼」の動きは、まるで幽鬼の如く。
剣を振るうたびに影が揺れ、ネイアの目では捉えきれなかった。
アルパスターが渾身の力で放った閃光の軌道を、まるで最初から知っていたかのように軽やかに躱わす。
そして、その体勢の僅かな隙へと滑り込む。
二撃目。
アルパスターは即座に体勢を立て直し、横薙ぎに光の刃を走らせる。
木々が根元からへし折れ、地面に三本の深い溝が走るほどの威力。
だが「彼」はその軌道のほんの数寸外側を、風のようにすり抜けていた。
三撃目。
アルパスターは、遂に本気の連続技を繰り出す。
ブリューナクを高速で旋回させ、上下左右から死角を埋めるように閃光を叩き込む。
夜の林が白く輝き、衝撃波で葉が舞い上がる。
それでも「彼」は、まるで舞を踊るようにそのすべてを回避した。
大きく動かず、最小限の歩法だけで閃光の網をくぐり抜ける。
風すら置き去りにするかのような、速度。
そして、一閃……
一瞬にして間合いを詰め、一回の打ち合いでアルパスターの体勢を崩す。
ブリューナクが、上方に弾け飛ぶ。
その瞬間……膝裏に衝撃が走り、膝が崩れる。
アルパスターの膝が、地に落ち……そして、その喉元に剣先を突きつけられた。
その動きは、時間すら凍りつかせたかのよう。
土煙が舞い、静寂が戦場を支配した。
ブリューナクが力なく傾ぎ、アルパスターの肩が荒く上下する。
額からは大粒の汗が滴り、唇の端にはうっすらと血が滲んでいた。
「そんな……私なんかじゃ、目で追えない。あまりにも、強すぎる! アルが、一瞬で……ありえないわ!」
ネイアは目の前で繰り広げられた戦いの光景に息を呑み、愕然と立ち尽くす。
ネイアの瞳には、信じられない現実が焼きついていた。
アルパスター・ディノ……最強の騎士団と謳われるフィアナ騎士団の中でも五指に数えられる無双の猛者が、膝をつき剣を喉元に突きつけられている。
幾多の戦場を共に駆け抜けたネイアにとって、アルパスターが敗北する姿など想像すらできなかった。
確かに、苦戦をする事はある。
フェルグスの様な騎士相手ならば、敗戦もあり得るだろう。
だが剣先を喉元に突きつけられ、地に膝をつくアルパスターの姿……そんな記憶は、ネイアの頭の中に存在しない。
「私の力では、やはり足元にも及ばないな。ブリューナクを完全に使いこなせていない私では、勝負にすらならない」
アルパスターが、立ち上がる。
汗にまみれた顔に、敗北の苦渋と微かな覚悟が刻まれていた。
喉元から離れた剣を一瞥し、アルパスターはネイアに鋭い視線を投げる。
「これが、彼の実力だ。凰の目の特性上、全力を出していたわけではない。だが、結果は私の完敗だ」
「アルが全力で戦ったのに、攻撃を当てることすらできなかった? ブリューナクの閃光が躱わされたのは、始めて見たわ。これほどの力があれば、バロールを倒せるかもしれない……」
ネイアの声は震え、言葉は恐怖と希望の狭間で途切れる。
あまりにも、圧倒的な力。
アルパスターに匹敵する程度だと高を括っていたネイアの予想は、粉々に打ち砕かれた。
異次元の強さに頭が真っ白になり、身体が震える。
心臓の鼓動が、耳元でうるさく響く。
「驚くのも、無理はない。だが、これが現実だ。彼には、私から力を隠すよう頼んでいる。もしこの力がヨトゥン陣営に知られたら、バロールと一騎打ちができる機会など失われるだろうからな。ネイア、これが私達が守らなければいけない力だ……」
アルパスターの声は低く、夜の闇に溶け込むようである。
だが、ネイアの胸は焦燥に焼かれた。
バロールの魔眼……その視界に入るだけで、人の命を奪う恐るべき力。
民衆をその恐怖から解放するには、一刻も早くバロールを倒さねばならない。
「なら、行軍を急がないと! 彼にバロールを倒してもらって、魔眼で苦しむ人々を早く解放しましょう! 姫様を救い、コナハトの人々を救う。私達が命を懸けでも、成さなければならない事だった……でも、彼さえいれば!」
叫ぶネイアの声は、感情に引き裂かれていた。
だがアルパスターの冷徹な視線が、ネイアの熱を凍りつかせる。
「ネイア、落ち着け。君らしくないぞ。凰の目の伝説、知っているだろう? 彼の心が失われて、いい訳がない」
その言葉は、ネイアの心に刃のように突き刺さった。
凰の目の伝説……邪龍ファブニールの生き血を浴した者は、瞳が赤く燃え盛る。
その瞳は、神器の力を極限まで引き出す。
限界を超えた力を、引き出す。
だが……その代償は、あまりにも残酷だ。
力を過度に使えば、邪龍の怨念が心を喰らい魂を闇に沈める。
「そんな伝説……噂でしかないでしょ? 心を失うなんて、現実的じゃない……」
ネイアの声は恐怖に震え、消え入りそうだった。
信じたくない思いが、胸を締め付ける。
「残念ながら、伝説は本当だ。だから彼は、こうして命を削るように修業している。心を喰われず、バロールと戦うためな! それだけの覚悟で、バロールと戦おうとしてくれているんだ。多くの人に、蔑まれながらな……」
アルパスターの言葉は、ネイアの軽率さを突き刺した。
バロールの魔眼に対抗するには、凰の目を常に発動させておく必要がある。
だがその力は、使うたびに心を削っていく。
援軍なき孤独な戦いに備えて、彼は自らの精神を鋼の様に鍛える必要があるのだ。
「でも……アルを一瞬で倒すほどの力があれば、バロールだって一瞬で!」
希望を捨てきれず、ネイアは叫ぶ。
その言葉に、アルパスターは静かに首を振る。
その仕草には、絶望が滲む。
「今の彼の力では、よくて互角。いや、負ける可能性もある。凰の目を持つアーネ、トライデントを操るミルティ、ブリューナクを極めた私の祖父ランティスト……七国最強の騎士たちが束になっても、バロールの魔眼一つを潰すのが限界だったと言われている。バロールとは……神級のヨトゥンとは、そのぐらいの力を持っているんだ」
ネイアの心は、凍てついていく。
バロールの強さは、頭では理解していたつもりだった。
それでも、アルパスターやランカストがいれば何とかしてくれる。
そんな、淡い幻想を抱いていた。
だがアルパスターを一瞬で打ち負かすほどの力を持ってなお、バロールには勝てないというのか?
あまりにも、無謀な戦い。
現実を突きつけられたネイアの足は、恐怖で震えが止まらない。
冷や汗が、背筋を伝う。
「だから彼は、毎日こうして修業を重ねている。日中はホワイト・ティアラ隊の隊員として働き、夜はこうして命を削るようにな。だからネイア、君には彼を支えてほしいんだ。ホワイト・ティアラ隊の隊長としてな」
アルパスターの声は、静かだが覚悟が籠っていた。
ネイアは唇を噛み締めながら、頷く。
星が瞬く夜空を見上げ、決意が胸に宿る。
「そうね……誰にも知られず、孤独に戦わなきゃいけない。彼の事は、知っている私たちが支えなきゃいけない。アル、私は全力でサポートするわ。命を懸けて、彼と力を守る」
ネイアは、静かに瞳を閉じた。
(彼はこれからも、弱い自分を演じ続けるのだろうか? 兵を癒し、優しい笑顔を見せる彼が本物に見える。ティアを救った時の姿こそが、彼の本質に見えるのに……それでも、魔眼に対抗できるのが自分だけって理解している。辛いよね……)
静寂が、夜を包む。
その時……遠くから馬の蹄の音が轟き、闇を切り裂く。
「アルパスター将軍! どちらに、いられますか!」
「ここだ!」
アルパスターの叫びが、夜気を震わせた。
早馬の兵が息を切らせ、汗と泥にまみれて現れる。
「将軍! レンヴァル村から炎が上がっていると、斥候からの報告です! 至急軍議を開きたいと、ガヌロン殿から申し付かっております!」
「了解した。ネイア、仕事に戻ってくれ。時間を取らせたな……」
アルパスターは、何事もなかったかのように馬に跨る。
早馬の兵にすら、彼の存在を悟らせたくない。
その意図が、ネイアの胸を締め付ける。
「将軍……レンヴァル村には、私の知人も暮らしています。一緒に話を聞いても、いいですか?」
懇願するネイアに、アルパスターは一瞬だけ目を細め頷く。
「ホワイト・ティアラ隊の隊員にも、レンヴァル村に所縁のある者がいるしな。心配なのは、分かる。では、行くぞ!」
馬が嘶き、アルパスターは幕舎へ向けて疾走した。
ネイアもまた、アルパスターの背を追い闇の中へと飛び込む。
風が頬を切り、心臓の鼓動が戦いの予感を告げていた……
お読みいただき、ありがとうございました!
今回は、ネイアが初めて「彼」の本当の実力を目の当たりにする回となりました。
アルパスターという、フィアナ騎士団でも屈指の強者を相手にしてもなお、圧倒的な差を見せつける姿。
それでもなお「バロール相手では互角か、それ以下かもしれない」という現実…
凰の目という力が、どれほどの希望であり、同時にどれほどの残酷な代償を伴うものなのか?
その一端を、ネイアの視点を通して感じていただけたら嬉しいです。
「守るべき力」と「失いたくない心」
凰の目の物語が動き出し、これから大きな展開が続いていく予定です。
凰の目の秘密、力の代償…
これからの物語も、一緒に紡いでいってもらえると嬉しいです!
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次話以降も、よろしくお願いいたします!




