↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雫物語 Rewrite  作者: クロプリ
レンヴァル村の戦い
86/98

凰の目 〜希望の赤い瞳〜

「アルってば……こんな忙しい時に、呼び出すなんて! 会ったら、絶対に文句を言ってやるんだから!」


 ホワイト・ティアラ隊の隊長ネイア・ペンティスは苛立ちを胸に押し込め、幕舎から離れた薄暗い林の中を急ぎ足で進んでいた。


 航太たちが、レンヴァル村から戻る直前の時間。

 戦士たちに休息と安らぎを与える、息を呑むような緊迫した時刻だ。


 人目のない場所で、話をしたい……アルパスターからの突然の呼び出しに、ネイアは治療の合間に無理やり時間を割いていた。


 心の奥底では恋人であるアルパスターと久しぶりに二人きりの時間を過ごせるかもしれない、そんな淡い期待に揺れている。


 しかし表面上は、怒りが支配していた。


 ネイアの足音は枯れ葉を砕きながら鋭く響き、林の静寂を切り裂いていく。


 その時……背筋を凍らせる悪寒が、ネイアの全身を貫いた。


「何? この圧力! 戦場でも感じた事のない、このプレッシャーは……」


 空気が一瞬で凝固し、目に見えない力がネイアの心臓を鷲づかみにする。

 まるで巨大な獣がすぐ背後で牙を剥いているかのような、圧倒的な存在感。


 冷や汗が額を伝い、ネイアは思わず足を止めた。

 鋭い視線を、圧力の源……木々の闇の奥へと、突き刺す。


 バサバサバサッ!


 風もないのに木々が激しく揺れ、枝の折れる不気味な音が周囲に響く。

 葉が狂ったように舞い、まるで嵐がそこだけを襲っているかのようだった。


 ネイアの鼓動は耳をつんざくほどに速まり、喉が締め付けられる。


「何なの? 神獣でも……いるの?」


 恐怖が、ネイアの心を締め上げた。


 しかし好奇心と名も知れぬ衝動がネイアを突き動かし、足は勝手に動き出す。

 木々の揺れる、中心へ……まるで運命に引き寄せられるように、ネイアの歩みは自然と進む。


 そして、そこにアルパスターがいた。


「アル! なんで、こんな場所に? この圧力……いったい、何がいるの? 心臓が、砕けそう!」


 林の奥……闇に佇むアルパスターの姿に、ネイアは声を震わせる。


 そしてネイアの言葉は、途中で途切れた。


 アルパスターが一瞬でネイアに飛び寄り、温かいが大きく硬い手で口を塞いでくる。


「ネイア、少し静かにするんだ。そして、落ち着いて見てくれ。これは、彼の毎日の日課なんだ。心を強く保つ為の……な」


 アルパスターの声は低く、刃のように鋭い緊張感を帯びていた。

 ネイアは息を呑み、視線を木々の中心へと移す。


「えっ!」


 叫びそうになる。

 その瞬間……ネイアは自分の手で口を押さえ、声を押し殺した。


 目の前の光景が、ネイアの魂を凍りつかせる。


 そこにいたのは、よく知っている小柄な男。


 幅広の両刃の剣を握りしめ、全身から迸る剣圧が木々を震わせている。


 その力は空間そのものを引き裂き、林全体を呻かせるほどだった。


 葉が舞い、枝が砕ける。

 自然が、彼の力に屈しているかのように見える。


 だがネイアを戦慄させたのは、その圧力だけではない。


 男の瞳の色は……血のように赤く、業火のように燃え盛る瞳だった。


「そんな! あれは、凰の目……なの? なぜ彼が、アーネ様しか使えなかった力を使っているの?」


 凰の目。

 神話の世界に生きる者なら誰もが知る、伝説の赤い瞳。


 七国の騎士の一人アーネ・フェリクスが使っていたとされ、神の力すらも押し返すと言われる絶対の力。

 数十年も前に、アーネと共に消えたはずの力。


 その瞳が、今……ネイアの目の前で、希望を宿して輝いていた。


「驚いただろう? 俺も初めて彼を見た時、魂が震えた。驚きと、希望。彼がいるなら、バロールの魔眼に立ち向かえる。絶望の戦いが、希望の戦いに変えられる」


 アルパスターの声は静かだが、内に秘めた炎のような決意が滲む。

 だがネイアの耳に、その言葉の殆どは届かなかった。


 目の前の男の圧倒的な存在感に、心が完全に飲み込まれていく。


 普段見せている、優しい笑顔。

 傷つけるより、傷を治す姿の方が似合う男。


 恐怖と畏怖が混じる嵐が、ネイアの胸を激しく掻き乱す。


「今は、この事を絶対に口外しないでほしい。私とネイア、それにユングヴィ王子だけがこの秘密を知っている。ヨトゥン軍に知られたら、バロールに近づくことすらできなくなる。警戒されたら、それで終わりだ」


 アルパスターの言葉に、ネイアはようやく意識を取り戻した。

 しかし視線はまだ、その小柄な男から離れられない。


 赤い瞳の輝きは、ネイアの魂を貫く刃のようだった。


「バロールの魔眼……見るだけで、人間を死に追いやるその力。今回の遠征軍は、ほぼ全員がバロールとの決戦で死ぬ覚悟だった。でも、彼がいるなら……多くの兵が、助かるかもしれない」


 ネイアの瞳が、微かに希望の光を宿す。


「凰の目を持つ者だけが、バロールの魔眼に対抗できる。彼が抑えてくれれば、兵の犠牲を最小限にできるかもしれない。力は、伝説の騎士アーネと同等……いや、それ以上かもしれない」


 アルパスターの言葉に、ネイアの瞳が見開かれた。


 心臓が締め付けられるような衝撃が、ネイアを襲う。


 あの気弱そうな男が、伝説の騎士を超える力を持つ? 


 信じがたい事実が、ネイアの理性を粉々に砕いていく。


「ネイア、どうしても伝えたかったんだ。彼の所属する、部隊の隊長として……そして、私の最愛の人として。彼は人類の希望であり、切り札だ。もしホワイト・ティアラ隊が敵の攻撃に晒されたら、命を懸けてでも彼を守ってほしい。彼の力を、何があってもヨトゥン軍に知られてはいけないんだ」


 アルパスターの意志は鋼のように硬く、炎のように熱く感じた。


 最愛の人の命を危険に晒しても守らなくてはいけない存在だと、その瞳が語っていた。


 ネイアは唇を噛みしめ、深く頷く。


「そうね……分かったわ。バロールと戦うまでは、彼をヨトゥン軍に近づけさせない。バロールに彼の存在が知られたら、全ての希望が失われる。でもアル、彼の強さは本物なの? 私は、命を懸ける覚悟を決めた。だから、確かめておきたいの……希望を託せる力が、彼にあるのかを」


 ネイアの声は恐怖と決意が交錯し、震えている。


 アルパスターはネイアの真剣な眼差しを見つめ、静かに頷いた。


「だろうな……そう言うと、思っていたよ。だから、こんな人目のない場所に呼んだんだ。彼は、その力をネイアに見せることを許してくれた。信用……されているんだな」


 その言葉と同時に、アルパスターは神槍ブリューナクを握りしめ構える。


 槍先に宿る光は、雷鳴を孕む嵐そのものだった。

 空気が震え、大地が唸る。


「アル? ちょっと……本気で戦うつもり? あなたは、フィアナ騎士団の上位騎士なのよ? いくらなんでも!」


 ネイアの叫びが、林の闇を切り裂く。

 だがアルパスターの目は燃えるような決意に満ち、揺るぎない。


「私の全力が、彼にどこまで通じるか……ネイア、その目に焼き付けろ! 彼が、命を懸けて守る価値がある存在なのかを!」


 その言葉が響き終わるや否や、ブリューナクが咆哮した。


 槍先から迸った三本の閃光は雷霆の如く空気を焼き、大地を裂きながら小柄な男へと突き進む。


 轟音が林を震わせ、木々が悲鳴を上げる。

 そして、地面が爆ぜた。


 閃光は空間を歪め、世界そのものを引き裂くかのような勢いで迫る。


 だが、その瞬間……小柄な男の赤い瞳が、一瞬だけ強く輝く。

 剣を握る手に力が漲り、彼の周囲に渦巻く剣圧が爆発的に膨れ上がる。


 地面が陥没し、剣圧という名の衝撃波がネイアの身体を突き飛ばす勢いで襲いかかった。


 ネイアは咄嗟に身を低くし、衝撃に耐える。  

 そして目を見開いたまま、動けなくなった。


「そんな……」


 ネイアの声は、爆風にかき消される。


 アルパスターの全力の攻撃と、小柄な男の放つ圧倒的な力が激突した瞬間……林全体が、戦場と化す。

 天地がひっくり返るような衝撃が、ネイアの心を貫いた……

読んで頂き、ありがとうございます!


今回は、ネイアが初めて「凰の目」を目の当たりにした瞬間です。


彼女の心の動きとアルパスターの覚悟、そして林全体を震わせる圧倒的な存在感……


凰の目の力を、ネイアを通して感じてもらえたらと思っています。


「希望」は、時に重く、時に危ういものです。

それを誰に託し、どう守るのか…


この話が、物語の大きな分岐点の一つになれば嬉しいです。


感想、ブックマークなど

とても励みになります!


今後とも、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。