援軍の到着 〜水色の髪の少女〜
航太たちがベルヘイム軍の幕舎に戻ると、アルパスターのテントから一人の男が姿を現した。
黒髪を程よい長さに切り揃え、清潔感のある佇まい。
細身ながら鍛え上げられた体躯は、肩や胸の厚み……腕の筋肉から、一目で上位騎士だと分かる。
由緒正しい騎士の風格を漂わせる男に、ランカストは親しげに声をかけた。
「おおっ、オルフェじゃないか! 近衛騎士のお前が、なんだって前線にきたんだ?」
オルフェと呼ばれた男はランカストの声に即座に反応し、航太たちの方へ軽やかな足取りで近づいてきた。
口元には、僅かな笑みが浮かんでいる。
「なんで? とは、ご挨拶だな! お前がしくじってくれたおかげで、私が援軍を率いて駆けつける羽目になったんだぞ? ベルヘイムの英雄が、何をやっているんだ」
その言葉とは裏腹にオルフェの表情はどこか楽しげで、旧友との再会を心から喜んでいるように見えた。
「いや、すまないな。まさかガイエンの軍に、スルトの軍勢が混じってるとは思わなかったんだ。だが、迂闊ではあったよ。お前さえいてくれてれば、多くの兵を失わないで済んだとは思うが……これからは、安心して戦えそうだ!」
ランカストもまた、屈託のない笑顔で応じる。
二人の軽快なやり取りに、場は一気に和やかな空気に包まれた。
「あの……ランカスト将軍。こちらの方は?」
絵美が遠慮がちに声をかけると、ランカストは照れ笑いを浮かべて紹介を始める。
「すまんな、紹介を忘れて話をしてしまっていた。こいつの名は、オルフェ・グランス。ベルヘイム騎士団が誇る『十二騎士』のひとりで、文武両道の猛者なんだ」
その紹介に、オルフェは頭を掻きながら少し気恥ずかしそうに笑う。
「オルフェ・グランスだ。よろしくな! 君が風の騎士、航太クンだろ? こちらのお嬢様は、水を操る美少女騎士の絵美サンだ。アルパスター将軍から、話は聞いてるよ。期待のMyth Knightだとね」
オルフェはそう言って、航太と絵美に握手を求めた。
その言葉に、絵美の顔がパッと輝く。
「美少女だなんて~、オルフェさん! ホント、褒め上手なんですね! 照れちゃうなぁ~」
逞しい体格と端正な顔立ちのオルフェに煽てられて、絵美はすっかり有頂天だ。
その様子を見ていたガーゴが絵美の頭から航太の肩へと飛び移る。
そして、冷ややかな目で絵美を覗き込んだ。
「美少女……でしゅか? 正直、ゼークの方が何倍も可愛いでしゅよ。だいたいでしゅねぇ……大学生で少女って、おかしいと思わないんでしゅか? お世辞だって、気づいた方がいいでしゅ。見てるこっちが、恥ずかしいでしゅよ~」
ガーゴの余計な一言に、絵美の表情が一瞬にして鬼の形相に変わる。
「ガーゴ、逃げとけ……」
航太が警告を発した瞬間、絵美の手がガーゴを捕まえようと振り下ろされた。
そしてその手は、誤って航太の顔面に直撃する。
「ふがっ!」
航太は、顔を押さえてうずくまる。
そんな航太を無視して、間一髪で逃げ出したガーゴを絵美が猛ダッシュで追いかけ回す。
「待てー! ガーゴ、覚悟しなさい! 今夜こそは、焼き鳥にしてやるんだから!」
二人の追いかけっこが巻き起こす騒動に、オルフェは呆然と立ち尽くす。
「いつものことだ。さっき、酒場でも似たような光景を見たばかりさ」
と、ランカストはため息をつく。
その横で、ゼークは腹を抱えて大笑いしていた。
「なんだ? 酒でも飲んできたのか?」
オルフェの問いに、ランカストが苦笑しながら答える。
「ああ……まぁ飲んだのは、俺と航太だけだ。走ってる奴と、爆笑してる奴は飲んでないよ……」
ランカストの言葉に、オルフェは再び唖然とした表情を浮かべた。
「まぁ……あいつらも、戦場じゃ心強いんだがな」
ランカストがそう付け加えると、オルフェは信じられんとでも言いたげな顔をする。
「ところでオルフェさんは、どこから来たんですか? 俺たちが酒場にいる間に、ここまで来れる距離にいたって事ですかね?」
鼻を押さえながら、航太が疑問を口にした。
ランカストの部隊が兵を失い、補充のためにオルフェが援軍を率いてきたのだとすれば……数時間で準備を整えたとしても、合流するのはあまりに早すぎる。
「数時間前まで、ベルヘイム天空城にいたよ。国王陛下に呼び出されて、急遽準備したんだ。いや、まいったよ。文句のひとつでも、言っても罰は当たらないだろ?」
ドタバタの数時間を思い出し、オルフェは軽くため息をついた。
「いや、待てよ。そりゃ、さすがに無理だろ? ベルヘイム天空城から、ここまでの距離は分かんねぇけど……それでも、俺たちが酒場にいる時間で来れるような距離じゃないのは分かる。一体、どうやって……まさか、瞬間移動魔法ってのがあるのか? 部屋の中で使うと、天井に頭をぶつけるヤツ?」
航太が訝しげに言うと、ランカストが笑いながら割って入ってくる。
「おいおい、なかなかユニークな発想だがな。そんな魔法、ある訳ないだろ? そんな魔法があるなら、敵の本拠地まで飛んで行ってるさ。魔法の力じゃなく、国王陛下が力を貸してくれたんだ。だろ?」
ランカストの言葉に、オルフェが引き継ぐ。
「そうか、航太クンは知らないんだな。国王陛下の神剣、ジュワユーズの力なんだ。転移魔法陣の上にいる者を、最大三千人近く一瞬で移動させられる。転移魔法陣の数は限られているが、そのうちの一つがベルヘイム天空城にある。力を使う時に光る三十色の輝きは、本当に幻想的でな」
「ただし、移動先にも準備が必要だ。安全に到着できる環境を整えないといけない。だから今回は、こんな平原に陣を張っているわけさ」
ランカストとオルフェが交互に説明し、その口調からジュワユーズの力が伝わってくる。
「なるほど。神剣って、使いこなせれば無限の可能性があるんだな……なら、こいつだって」
航太は自らの神剣であるエアの剣を手に取り、じっと見つめた。
「まぁ、そうだな。だが、強すぎる力には代償が伴う。ジュワユーズは力を使うと、三十日間の眠りにつく。剣が鞘から抜けなくなるんだ。国王陛下は自身の身を危険に晒してまで、ジュワユーズの力を使ってくださったのだ」
ランカストが申し訳なさそうに唇を噛むと、オルフェがその肩を叩く。
「騎士は、主君を危険に晒せない。だが、それだけ今回の任務が重要ってことだ。近衛騎士の私を前線に送っても、自らの神剣が使えなくなっても……なんとしても、姫を救って来いという事さ」
オルフェの言葉に、航太の胸に複雑な思いが去来する。
(ずっと気になってるけど、姫を助けるのってそんなに重要なのか? 多くの人が死に、智美まで犠牲になった。一人を助けるのに、多くの人が犠牲になってる。犠牲になった命より、姫の命には価値があるってのか?)
航太は、姫に特別な力があるのか、あるいは姫の救出が別の目的の口実に過ぎないのではないかと感じていた。
そして、その真相は秘匿にされているのかもしれない……そう思うと、胸の奥がわずかにざわつく。
「捕まえたぁー!」
その時、絵美のけたたましい声が航太の思考を打ち砕いた。
見れば絵美がガーゴを雑巾のようにつかみ、絞り上げている。
白と葡萄酒色の縞模様になったガーゴの身体は、悲鳴を上げていた。
「離すでしゅよ! 捻ったら、元に戻らないでしゅよー! ひ・ね・る・な・って言ってるでしゅ!」
その光景を、ゼークは手を叩いてゲラゲラ笑っている。
ランカストはそんな騒ぎを横目に、穏やかな声で言った。
「だいぶ、リラックスできたみたいだな。そろそろ皆、休め。疲れているのは、まちがいないんだ。航太は酒も入ってるし、ぐっすり寝れるだろう。疲れを取る事も、騎士としての立派な仕事だぞ」
ランカストの言葉に、ゼークと絵美が頭を下げる。
「今日は、ありがとうございました! 最近、ちょっと落ち込んでたけど……本当に、楽しめました。気分転換もできたし、次からは私も戦います!」
「ホント、ランカスト将軍! ちょっと、好きになっちゃったかも! ほら、航ちゃんもお礼を言いなよ!」
絵美が航太の頭を無理やり下げると、再び皆の笑い声が響き合った。
「こっちこそ、皆と話せて気分転換できた。これからも激戦が続くと思うが、仲間を思いやりながら戦っていこう!」
ランカストの言葉に全員が頷き、それぞれのテントへと散っていく。
「航ちゃん、おやすみ!」
テントに入ろうとした航太に、ガーゴを抱いた絵美が声をかけてくる。
その声には、宴の後の静けさに潜む淋しさが滲んでいるように聞こえた。
静寂が訪れると、どうしても智美のことが頭をよぎる。
忘れかけていた感情が胸の奥から込み上げ、航太はそれを必死に抑え込んだ。
「おやすみ。今日は、ゆっくり休もうぜ。ランカスト将軍も言ってたが、疲れを取っておかないとな。大事な時に動けないんじゃ、話になんねぇ……」
智美のことを口にすれば、現実がさらに重くのしかかってきそうだ。
航太はそれだけ言うと、テントの闇へと消えていく。
「あれが、絵美様か……天沼矛っていう、水の槍を使うMyth Knight。ミルティ様が使っていたトライデントと、同じ属性の神器……」
少し離れた場所から、その光景を静かに見つめる者がいた。
薄い水色の髪が、柔らかい風に吹かれ軽く靡く。
絵美の後ろ姿を目で追っていた少女は、ランカストの方へ歩き始めた……
お読み頂き、ありがとうございました!
今話は、オルフェの登場回です。
ランカストの旧友であり、近衛騎士という立場の騎士が前線に来たことで、物語の空気が変化したと思っていただけたら作戦成功です!
航太たちが少しだけ息をつける時間を描きつつ、神剣を使うことの代償も感じてもらえると嬉しいです。
そして最後に、水色の髪の少女がチラリと顔を覗かせました。
これからの話で、重要な鍵を握る可能性のあるキャラなので、覚えて帰って下さい!
いずれ、テストに出ます!
航太の心の中には、まだまだ智美のことが色濃く残っています。
明るい場面の合間に、そうした影がふっと顔を出すのも、この物語の一つの形かなと思っています。
次話も、どうぞよろしくお願いいたします!
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