語られる記憶 〜剣に宿る意思〜
酒場の喧騒が、夜のレンヴァル村を温かく包み込んでいた。
葡萄酒の香りが漂う店内では航太がグラスを傾け、軽い酔いに身を任せている。
今宵はどこか陽気な航太は、呂律の回らぬ口調で声を張り上げていた。
「やっぱさ……皆、背負ってるモノの重さが違うんだよな! 強いのが当たり前だぜぇ、うぉん!」
その言葉に隣にいたガーゴが、からかうようにクチバシを動かす。
「航太、頭悪そうでしゅ~! バカが酔っ払って、更に頭がイカれた感じになってましゅよ~」
「んだとぉ、アヒル野郎! ちょっと……コッチこい、うぃぃぃっく!」
航太が千鳥足でガーゴを追いかけ始めると、ふわふわのアヒルのヌイグルミが小さな羽をバタバタさせて逃げ回った。
テーブルを縫うように走るその光景は、まるで子供の遊戯のようで村人たちの心を和ませる。
店内は、たちまち爆笑に包まれていく。
カウンターの隅でランカストは静かに葡萄酒を口に運びながら、その騒ぎを微笑ましく眺めていた。
ランカストの瞳には、どこか遠い過去の記憶が宿っているように見える。
「よく、ここまで……復興したものだ」
小さな独り言が、酒場の喧騒に紛れてこぼれた。
その言葉を聞き逃さなかった酒場の主人が、ランカストのグラスに葡萄酒を注ぎながら温かい声で応える。
「お前が、必死に戦って守ってくれた村だ。いや、お前だけじゃねぇな……嬢ちゃんも、勇気を持って戦ってくれた。あの時のオレは、弱虫な村人だったけどよ……だからこそ、もう簡単には潰れねえよ。ランカストと嬢ちゃんには、今じゃ心から感謝してるんだぜ!」
ランカストの心に、過去の記憶が鮮やかに蘇る。
先程、夢で見たからだろうか?
普段よりも鮮明に、心に響いてくる。
目の前でソフィーアが倒れ、デュランダルに舞い降る血が注いできた時のこと。
デュランダルを通じて、共に戦う意思が届いた……あの日のこと。
ランカストは、ゆっくりと瞳を閉じる。
自分の心に、嫌悪感を抱いていた頃があった。
デュランダルを握ることさえ、怖かった。
しかし……そんな心を癒すように、デュランダルから流れてくるソフィーアの意思。
デュランダルの中で、ソフィーアが生きていると感じられる時がある。
いつしか、デュランダルは自分の身体の一部のように感じ始めていた。
ソフィーアと共に戦っていると、感じられるから……
心が、自然と過去へと沈んでいく。
レンヴァル村の顛末を報告するため、国王の前に立った瞬間に。
王宮の玉座の間は、荘厳な静寂に満ちていた。
見習い騎士だったランカストは、緊張に震える手でデュランダルを国王に差し出していた。
見習いの身で国王に謁見するなど、異例中の異例である。
周囲からは羨望の眼差しに混じって、嫉妬の視線も向けられていた。
遠くで、ガヌロンが声を荒げてランカストのことを糾弾している。
しかしその声は、ランカストの耳には届かなかった。
差し出した神剣の刃は、燭台の光を受けて神聖な輝きを放っている。
国王は神剣デュランダルを確認し、その重みを確かめるように見つめた。
そして、声を上げるガヌロンを一瞥する。
一度目を閉じた国王は、デュランダルをランカストに強く握らせた。
「レンヴァル村を救いし英雄よ、神剣デュランダルは其方を認めた。デュランダルと共に、我が国と民を守ってくれ。其方の大切な者の命を力に、神剣デュランダルは必ず応えるだろう」
国王の声は、若き騎士の胸に深く刻まれた。
ランカストは両手でデュランダルを握りしめる。
デュランダルがランカストの意志と共鳴するかのように、微かな振動を伝えてきた。
「ランカスト・バニッシュ。其方にベルヘイム十二騎士の称号と、Myth Knightとしての地位を与える。これからもベルヘイム王国の騎士として、弱き者を守り続けろ」
そして国王から与えられたのは、称号と名誉だけではなかった。
デュランダルを納める、黄金の鞘である。
輝かしい鞘からデュランダルを抜くたびに、ランカストは国王の言葉を思い出す。
ベルヘイム国民の為、正義の為に。
国と民を守る決意を、新たにしていた。
それが、ソフィーアの心に準じることだと信じて。
そしてその強い意志が、ランカストを愛される英雄たらしめている。
ランカストが、過去に思いを馳せていた時……酒場の片隅でゼークが絵美に身を寄せ、ほろ酔いの声で囁いていた。
「ねぇ……絵美たちって、私には救世主に見えるんだ。絵美たちがベルヘイム遠征軍に入ってくれて、何かが変わった気がするの。厳しい戦いが多いけど、それでも軍は確実に進軍している。だから、これからも一緒に戦ってね……」
絵美は少し困ったように笑い、フルーツ・ジュースのグラスを手にしながら答える。
「ごめんね、ゼーク。私も航ちゃんも、ベルヘイムに来るなんて想像もしてなかったんだ……だから正直、何も考えてなかったの。けどカズちゃんだけは、なんか理由があるみたいなんだけど……」
一真の名前を口にして、絵美の心に小さな波が立った。
一真がなぜ、この神話の世界にこだわったのか?
その理由を知りたいという思いが、ふと胸をよぎる。
先祖を助けた恩人の姫を、囚われの身から救いたい……そう、聞いたことはあった。
けれど、ただ救いたいだけなのか?
そもそも、救いたいと言っていたのに戦いに参加もしない。
違和感が、絵美の胸に引っ掛かる。
ゼークも少し眉をひそめ、声を潜めた。
「一真ね……正直、私は少し苦手。神剣グラムを持ってるのに、戦おうとしない。治療班だからって、みんなが苦しんでる時でも他の兵の治療を優先する。絵美たちの仲間だから、悪く言いたくはないけどさ。けど、貴重な神剣を持ってるのに……使わないなら、私が欲しいよ!」
「うーん……カズちゃん、コッチに来てからちょっと変わった気がするんだよね。本当は、もの凄く優しい子なんだよ。だから、戦闘向きではないんだけどね……でも、智ちゃんも戦場に出てるぐらいだからなぁー」
二人がそんな会話を交わしていると、店内の喧騒が再び弾ける。
航太とガーゴの追いかけっこが、最高潮に達していたのだ。
ついに航太がガーゴの羽を掴み、持ち上げる。
「痛いでしゅ~! 放すでしゅよ~! 虐待、ダメ! 絶対!」
ガーゴがじたばたと暴れるが、構わず航太はニヤリと笑う。
そして、悪戯っぽく言った。
「そういや、ガーゴさん……酒を飲みたいって、言ってましたよね? 一杯、ご馳走しますよ!」
航太はガーゴの大きなクチバシを広げ、問答無用で葡萄酒を無理やり流し込む。
「☆£‡†Å◎◇★!」
ガーゴが意味不明な叫び声を上げ、フラリと倒れ込む。
その白い身体には、葡萄酒が染み込んで紫色のシミが広がっていく。
「ガーゴ……こりゃ、シミになっちゃうね。こっちの世界って、漂白剤とかあるのかな?」
絵美が心配そうに呟くと、ガーゴは涙目で訴えてくる。
「嫌でしゅ~! ガーゴは、純白の身体が自慢なんでしゅよ~」
その瞬間、酒場は爆笑の渦に包まれた。
村人たちの笑い声が、夜の闇を明るく照らすようである。
楽しい宴もいつしか終わりを告げ、航太たちは名残惜しそうに酒場を後にした。
村の夜風は冷たく、しかしどこか温もりを帯びている。
ランカストはデュランダルの柄にそっと手をやり、仲間たちの笑顔を胸に刻む。
だがこの時、航太も絵美も……そして、村人たちも知る由もなかった。
レンヴァル村が、再び血に染まる。
そんな運命が、直ぐそこまで迫っていることを……
お読み頂き、ありがとうございます!
今回は、珍しく比較的穏やかな空気の中で筆を進めてみました!
航太とガーゴの追いかけっこ、無理矢理ワインを流し込まれるアヒル…
こういう日常を書くのって、やっぱり楽しいですね!
村人たちの笑い声が、夜の村を本当に温かく包みこみます。
やっぱり、平和っていいな……って、思いますね!
一方でランカストの心の奥に今も生き続けているソフィーアとの絆や、国王からデュランダルと称号を授けられたあの日の記憶。
デュランダルを国王から正式に授与されるシーンは、どうしても書きたかったので入れさせてもらいました。
そして絵美とゼークの会話の中でちらりと見えた、一真への違和感。
神剣グラムを持ちながら戦線に立たない一真の存在は、これから物語を大きく動かします。
「レンヴァル村が、再び血に染まる」
その運命が、すぐそこまで迫っていることを、誰一人として知りません。
次章では、酒場での温かい夜がどのように打ち砕かれるのか?
そして、再び英雄は現れるのか?
感想、ブクマなど、とっても励みになります。
よろしくお願いします!




