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雫物語 Rewrite  作者: クロプリ
レンヴァル村の戦い
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安堵の夕暮れ 〜ランカストの信頼と兵たちの絆〜

 ランカスト将軍は、ガイエンとムスペルの騎士の執拗な追撃を退けた。

 その不屈の功績と長年の献身が認められ、軍法会議での処罰を免れることとなる。


 重い幕をくぐり、幕舎から出た瞬間……ベルヘイム軍の兵士たちが将軍の姿を見つけて駆け寄ってきた。

 ランカスト隊に限らず、ベルヘイム出身の兵たちに変わりはない。


 ベルヘイム兵たちは敬愛する十二騎士の処遇を案じ、切実な不安を感じていた。


 夕暮れの冷たい風が戦場の土を巻き上げ、兵士たちのざわめきに重なっていく。


「将軍! ガヌロンの野郎、何を言ってきたんですか?」


 一人の若いベルヘイム兵が、声を震わせながら叫ぶ。

 その声にはガヌロンへの怒りと、ランカストへの揺るぎない忠誠心が滲む。


 他のベルヘイム兵たちも肩を寄せ合い、祈るような目で将軍を見つめる。

 ランカストの言葉で、心の重荷が解けるのを待っているかのようだった。


「一応、不問ということになった。こんな私を支えてくれている、皆のおかげだ。感謝しかない……」


「将軍、不問になったからいいってモンじゃねぇぜ! ガヌロンの野郎、軍師って立場を利用して言いたい放題言いやがって!」


 ガヌロンの傲慢な態度に苛立ちを抑えきれなかった航太は、ランカストが口を開くのを制した。


 そしてベルヘイム兵たちを、軍法会議が開かれていた幕舎から少し離れた場所へ促す。

 そこには、戦場の血と汗の匂いがまだ色濃く漂っている。


 航太は胸に渦巻く怒りをそのままに、ベルヘイム兵たちへ軍法会議の様子を熱く語り始めた。


 ガヌロンの冷淡な言葉とランカストの静かな威厳、そして不問という結論……その一つ一つが、航太の声を通じてベルヘイム兵たちの心に突き刺さる。


「ガヌロンの野郎、許せねぇ!」


「こっちは、ランカスト将軍の為に死ぬ準備はできてんだ! 兵を見殺しにした罪だと! ガヌロンの野郎、何様のつもりだ?」


「今度、ガヌロンの指示を無視してやろうぜ! そうすりゃ、指揮能力の欠如で奴の責任になるだろ?」


 ベルヘイム兵たちの声は荒々しく、怒りに燃えていた。

 だがその怒りの奥には、ランカストへの深い絆があるのが分かる。


 航太はベルヘイム兵たちの真剣な表情を目の当たりにし、胸の奥で熱いものが込み上げた。


 ランカストという男は、ただの将軍ではない。

 兵たちの希望であり、心の支えなのだ。


 ランカスト将軍の部隊が、全滅したのは事実だ。


 仲間たちが大勢亡くなったのに、それでも……不問の報せを受けた瞬間、兵士たちの顔に安堵の光が広がった。

 まるで戦場の暗闇に、一筋の陽光が差し込んだように。


 航太は、思う。

 アルパスター将軍がランカスト将軍を信頼する理由は、これだと。


「ありがとう、皆……だが、失った命は戻ってこない。私の指揮が……私の力が、足りていなかったのは間違いない。大切な友や、家族を失った者もいるだろう。すまなかった」


 ランカストは、部下に対して深々と頭を下げる。


 誰かに、責任を転換しない。

 ベルヘイム兵と確執を持って自分勝手に戦った航太に、文句の一つも言わない。


 ただ、自らの過ちを詫びた。

 ベルヘイム十二騎士という名誉も、将軍という立場も…てそんなもの関係なく、部下に頭を下げている。


 そんなランカストの為に、航太は力になりたいと強く思う。


「だが……軍師であるガヌロン殿の戦略は、間違いなく優れている。ベルヘイムにガヌロンあり、と言われる程の軍師だ。冗談でも、命令無視なんてするなよ」


 ランカストの声は穏やかだが、どこか深い響きを帯びていた。

 その言葉に、ベルヘイム兵たちは笑顔を取り戻す。


 軽快な声が響き合い、戦場の重苦しい空気が一瞬にして和やかなものに変わる。


 まるでランカストの存在そのものが、ベルヘイム兵たちに生きる力を与えているかのようだった。


「なんか、こういう雰囲気いいよね……」


 航太がその声に振り返ると、絵美が地面の上で気絶したフリをしているガーゴを小脇に抱えて立っている。


「なんだよ、絵美。ゼークに会いに行ったんだろ? って忘れ物っちゃ、忘れ物か……わざわざ、ガーゴを拾いに戻ってきたのか?」


 絵美は舌を垂らしているガーゴを持ち上げると、苦笑いを浮かべた。


「置いたままにしてたら、後でダル絡みされそうだからね。それより、航ちゃん……ランカスト将軍、罪に問われなかったんだね! 良かった! 本当に、ありがとね!」


 絵美の笑顔は、戦場の陰鬱な空気を切り裂く光のように見える。

 航太は、その無垢な明るさに心が軽くなるのを感じた。


「みんな疲れてるのに、時間を使わせてしまって悪かったな! だが身体を休める事も、戦士にとって大事な仕事だ! これから、ゆっくり休んでくれ!」


 ランカストの号令に、ベルヘイム兵たちは肩の力を抜き始める。

 兵たちは、ランカストの無事を確かめるまでは休息など考えられなかった。


「じゃあ、俺らも休むか! 腹も減ったし、疲れ過ぎてて倒れそうだ!」


 航太が言うと、絵美が大きな欠伸を漏らす。


「ほへー、めっちゃ疲れたねー。これで、まだ夕方ってのが信じらんないよ。疲労のピークだぜー」


 絵美の瞳にはうっすら涙が浮かび、それをゴシゴシと擦る仕草が愛らしい。


 頭にガーゴを乗せ、のんびりとした足取りで歩き出す絵美。

 その姿に、航太は少し羨ましく思う。


 絵美には、どんな暗闇の中でも笑顔を失わない強さがあった。

 どんなに辛い経験をしても、最後には笑顔を見せることができる。


 大切なことだな……そう思いながら、航太は自分に割り当てられたテントへ足を向けた。


 その時、ランカストの声が背中に響く。


「航太、まだ時間も早い。疲れてるだろうが、一杯付き合わないか? 腹、減ってるんだろう?」


 その言葉に、航太の心が一気に弾ける。


「この世界で、そのフレーズが聞けるとは! 酒と飯! 今、一番身体に必要なモンだぜ!」


 航太はクルリと振り返り、目を輝かせてランカストに駆け寄った。

 戦場の重圧が、ほんの一瞬遠くへ吹き飛んだ気がする。


「なんだなんだぁ! 相変わらず、欲望に正直だね~。ね、将軍! 女の子でも入れる店に行くなら、一緒に行きたいなー」


「もちろんだ。絵美も誘おうと思っていたしな。男ばかりだと、むさ苦しくてたまらんよ」


 ランカストの言葉に、絵美は小躍りして喜ぶ。


「あ、ゼークも一緒に行っていい? 身体も癒えてきてたし、気分転換も必要だよね? 将軍の財布に、余裕があればー……だけど」


「おいおい、ベルヘイム十二騎士の肩書きを舐めてもらっちゃ困るな。女性が一人増えるぐらい、大した問題じゃないさ」


 ランカストの大人の余裕に、絵美は羨望の眼差しを向ける。


「しゃあ! 楽しくなってきたぜ! いつまでも、沈んでるわけにもいかねぇしな! たっぷり絶望を味わった後は、笑わねぇと釣り合いとれねぇよ!」


 笑顔でお酒を呑むフリをする航太を、呆れた表情で見るガーゴ。


「にしても、航太の頭ん中は酒のことしか考えてないでしゅね~。酒ばっか飲んでるから、若くして尿酸値が上がってるって聞いてましゅよ~。ぷぷぅ!」


 航太はムッとした顔で、ガーゴを睨む。


「ガーゴ、てめぇ……なんで尿酸値なんて言葉、知ってんだ? つーかよ、俺の尿酸値をなんで知ってんだ?」


 航太は絵美の頭からガーゴをひったくり、その小さな羽を掴んで振り子のように揺らし始めた。


 怒りと茶化しが混じったその仕草に、航太自身の心の疲れが滲む。


「って、待てよ? ガーゴって、絵美の魂の情報が入ってんだよな……って、ことは?」


 航太の視線が、絵美に向く。

 絵美は目を丸くして、手をバタバタさせながら反撃する。


「は? 何? なんで私が、航ちゃんの尿酸値を知ってると思ってんの? きっも! 気持ち悪過ぎ!」


 変態を見るような絵美の視線に、航太は思わずたじろぐ。


「俺か? また俺が悪者になるのか? 男女平等とか言いながら、男が不利になり過ぎじゃねーか?」


 ストレス発散とばかりに、航太は持っていたガーゴを雑巾のように捻り始める。


「航太しゃん……この展開、飽きてきたでしゅよ~。そろそろ別の展開にしないと、皆様は飽きちゃうでしゅよ!」


「ガーゴ、てめぇ! 相変わらず、頑丈だな……てか、ヌイグルミだから痛覚ねぇのか? つーか、皆様って誰だよ?」


 航太の言葉は軽快だったが、その裏には戦場の重圧を忘れたいという切実な願いが隠れていた。


 航太は捻れたままのガーゴを、絵美に投げつける。


 絵美はそれを受け取ると、楽しそうに笑う。


「ねっ、ガーゴ! 自分でクルクル回って、元に戻ってよー」


「イイでしゅよ~、クルクルクルでしゅ~」


 そんな一人と一匹を、ランカストは静かに見つめる。


 その瞳には父親のような温かさと、戦場で失われた無垢な時間を惜しむ哀しみが宿っていた……


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