軍法会議 〜怨念と責任の狭間で〜
「ねぇ、ゼーク! ガヌロンって、昔からあんな偏屈野郎だったの? とにかく、ランカスト将軍の罪を追求しまくってるわ! 性格の悪さが、出まくってる感じ!」
絵美が、幕舎の方を睨むようにして言った。
ゼークは肩をすくめ、作り笑いを浮かべる。
「まぁ、ガヌロンは昔からそんな感じだよ。いちいち腹立ててたら、キリがないわ。でも……そうね。この場所なら、尚更かもね」
「なんで? この辺りで、何かあったの?」
ゼークは瞳を伏せ、静かに語り始めた。
「昔ね……ランカスト将軍とガヌロンは、このレンヴァル村付近の戦闘に巻き込まれたの。詳しくは知らないんだけど、その時にガヌロンの娘さんが亡くなったらしいわ」
「えっ……そんなことが? でも、ランカスト将軍は悪くないんでしょ? 完全に逆恨みじゃん!」
絵美の声が、少し大きくなる。
ゼークは苦笑しながら、視線を幕舎の方へ向けた。
「でも、レンヴァル村か……ガヌロンも少し、思い出して感傷的になってるのかもね」
ゼークの言葉に、絵美は唇を噛んだまま何も言えずにいた。
航太が幕舎に戻ると、そこには息を呑むような緊張が充満していた。
ガヌロンの鋭い声が、刃のように空気を切り裂く。
「部隊が、全滅しているのです。これほどの失態、本来であれば死罪であろう罪でしょう。しかし、ランカスト将軍のこれまでの功績を思えば……せめて将軍の称号を剥奪し、兵卒にまで落として罪を償うのが妥当だと考えます」
その言葉には、冷酷な怒りと非難が込められていた。
軍の壊滅という惨劇を前に、ガヌロンはランカストの首を刈るかのごとく罰則を執拗に並べ立てる。
氷のように冷たい声と、燃えるような執念に満ちた視線。
その言葉に何も言わず、唇を噛み締め床を見つめるランカスト将軍。
その状況が、航太の胸に怒りの炎が燃え上がらせる。
ついさっき絵美に「落ち着け」と諭していた自分を忘れ、感情が堰を切って溢れ出す。
航太は我慢の限界を超え、思わず席を蹴って立ち上がった。
「そんな無茶、言うモンじゃねぇぜ! あの戦場を見てすらいねぇくせに、適当なことを抜かすんじゃねぇ! あの地獄みたいな状況で、何ができたってんだ! その後の追撃……ガイエンやムスペルの騎士みたいな化け物を、将軍じゃなきゃ止められなかっただろうぜ! それとも、軍師はスルトが戦場に出てる予測でも出来てたってのかよ? なら事前に伝えておいてくれれば、あの惨状は避けられてただろ!」
航太の叫びが、幕舎内の重苦しい静寂を打ち砕く。
「この、素人めが……適当に、口を出すんじゃない! 神剣が使えるというだけで、優遇してやっているんだぞ! 軍師である私に対する反抗的な態度は、それだけでも罪になる! 考えて、発言することだ!」
ガヌロンは雷のような一喝で航太を切り捨て、憤怒の視線を突き刺す。
「いいか? 一軍を率いる将とは、兵士たちの命を預かる責任のある責務を負う者だ! 起きうる危機を予見し、それを回避する義務がある! 将と兵が切り離された時点で、兵が危険に晒される予測はできたはずなのだ! ランカスト将軍は、兵の危機管理を怠ったと言わざるを得ない!」
「だが、あの時は……ガイエンが喰い付いてきてたんだ! 兵の救援に行ける程、余裕なんてなかったんだよ!」
航太は食い下がるが、ガヌロンの耳はもはや完全に閉ざされていた。
「ランカストを後ろ手に縛り、連行しろ!」
冷たく、死刑執行人のような口調でガヌロンは兵に命じる。
命令された兵たちが動き出そうとした、その瞬間……アルパスターが静かに、しかし力強く手を上げて制した。
その声は穏やかだが、内に秘めた威厳が幕舎内に響く。
「ガヌロン、そなたの言い分も分からなくはない。ガイエンとの戦いで周囲を見失い、軍を壊滅させたのは間違いなくランカストの失態だ。だがランカストは、ベルヘイム王国の誇る十二騎士の一人だ。ここで彼を罰すれば、軍の士気は地に落ちるだけじゃない。ベルヘイムの英雄を一兵卒に落としたとあれば、遠征軍自体が瓦解する恐れすらある」
アルパスターは、何も言わずに成り行きを見守るランカストに一度目をやる。
「それに、ガイエンとムスペルの騎士の追撃を食い止めた功績は忘れてはならん。ガヌロンのヘルギの力に、ムスペルの騎士の戦闘力……知らんでもあるまい? ムスペルの騎士は四体いたと、報告を受けている。そのまま本陣に雪崩れ込まれていたら、全滅せずとも甚大な被害を受けていたのは間違いない」
ガヌロンは顔を歪め、声を荒げて反論した。
「しかし……それでは、軍紀が乱れるぞ! 規律が、崩壊するのだ!」
その執着は、異常なほどに強い。
どうして、そこまでランカストを罪に問いたいのか……何もできない自分に、航太は不甲斐なく唇を噛み締める。
「ガヌロン……確かに、今回のランカストの指揮には問題があったのかもしれん。だが、新米のMyth Knightを引き連れて戦ったのだ。優先順位を考えれば、Myth Knightの無事を選択するのは間違いではない。過去にランカストと因縁があることは知っているが、それで冷静な判断ができなくなるのは問題だぞ」
「娘の事は、関係ない! Myth Knightを優先するのは、間違ってはいないが……それでも部隊を全滅させたのは、ランカストの失策に間違いないであろう! 軍師として、当然の仕事をしているまでだ!」
ガヌロンの反論に対し、アルパスターは冷静に……しかし、力強く続けた。
「ホワイト・ティアラ隊を防衛しつつ、敵の追撃を防いだランカストの功は決して小さくない。将軍を処罰すれば、その功績を知っている将軍の部下たちが反旗を翻すかもしれん。そこにいる航太も、一緒になって襲いかかってくるだろうしな。そうなれば、我々の命すら危うくなるぞ」
アルパスターは航太に目をやり、温かな笑みを浮かべる。
航太もまた、心からの頷きで応えた。
そのやり取りを聞いていたランカストが、不満そうに一歩前に進み出る。
瞳には、罪を背負う覚悟と揺るがぬ決意が宿っていた。
「アルパスター将軍! 私の指揮で、多くの兵の命を失った。ガイエンとムスペルの騎士を退けただけで、不問になるような軽い罪ではない! 私のことを慕って付いてきてくれた、本当に大切な命が奪われたんだ……もう二度と戻ってこない、かけがえのない命が!」
その言葉に、幕舎の中は一瞬……深い静寂に包まれた。
航太は溜息を一度吐き、軽やかな笑顔でその重苦しさを吹き飛ばす。
「ランカスト将軍、命が大切なのは当たり前だ! ホワイト・ティアラ隊の動きを見て、一人の命でも大切だって事を思い知らされた。だからこそ、挽回してやろうぜ! 俺たちもランカスト将軍も、次の戦いでは多くの命を守るんだ! 俺もしっかり特訓して、もっと強くなるからよ! だから今度、美味い飯奢ってね!」
航太のこの世界にはない軽妙な明るさが、凍りついた空気を溶かす。
アルパスターとランカストは思わず笑みをこぼし、胸の内に温かな風が吹き抜けた。
その光景を、ガヌロンは冷ややかな目で睨みつけていた。
なぜガヌロンが、ここまでランカストを追い詰めようとするのか……その心の闇はあまりにも深く、航太には計り知れない。
ふと、航太の胸に義弟である一真とのすれ違いがよぎる。
今回の出来事と重なる切ない想いが、静かに心を締め付けた。




