軍法会議 〜責任と怒りの狭間で〜
「これより、軍法会議を開始する!」
ガヌロンの声が、雷鳴のようにテントを震わせた。
重苦しい空気が一瞬で張り詰め、航太と絵美は息を呑みながら席につく。
凍てつく緊張の中、宣言は刃のように鋭く響いた。
「ちょっと、待て! 軍法会議だと! 今回、誰も負けてねぇ! 本隊の防衛と敵の撃退、どっちも完遂できたはずだぜ!」
航太の心臓が激しく鼓動を打ち、思わず声が飛び出す。
隣の絵美が「シーッ!」と慌てて唇に指を当てるが、時すでに遅し。
航太の声は静寂を切り裂いていた。
ガヌロンの冷ややかな視線が氷の矢のように航太を貫く。
危険を察知した絵美が愛らしい笑顔で軽く手を振ると、ガヌロンは渋々視線を外し進行を再開した。
「ちょっと、航ちゃん! なんで、バカみたいな大声出すのよ! 会議が長引いたら、休むまでの時間がどんどん遠のくじゃん! バカなんじゃないの?」
絵美の囁きは航太にしか届かない小さな声だったが、中には燃えるような怒りが渦巻いている。
一刻も早く休息して戦場の疲れを取りたいという切実な願いが、容易に伝わってきた。
だが航太にとって「軍法会議」という言葉は聞き捨てならない。
まるで、心臓を鷲づかみにされるような衝撃だった。
「軍法会議ってのは、敗戦の責任を追及するために開催されんだぞ! 今回の戦闘で誰が悪いか、誰を裁くかを決めるんだ! アルパスター将軍や王子の部隊は、たいして兵も減らしてねぇ。だとすれば、おそらく……」
熱を帯びた声に、絵美は目を丸くして反発する。
「は? 何よ、それ? みんな必死に……命懸けで戦ったじゃん! 負けてもないのに裁くなんて、アホなんじゃないの?」
声が幕舎の中を跳ね回り、ガヌロンの視線が再び二人に突き刺さった。
「貴様ら! さっきから、その馬鹿騒ぎはなんだ! 軍法会議を妨げるなら、罪に問うぞ?」
(やべぇ……このままだと、ランカスト将軍に迷惑がかかる。オレ達だって、ランカスト隊の一員だったんだからな……)
本気の怒声に危機感を感じた航太は、絵美に足を踏まれながらも慌てて頭を下げる。
「す、すみません! こいつがバカで無知なんで、軍法会議のこと説明してたんです! 進行の邪魔をして、申し訳ありませんです!」
頭を下げながら、絵美を睨む航太。
しかし絵美は、負けじと鋭い視線で反撃してきた。
「ちょっと、誰がバカよ! バカって言うヤツが、バカなんだからね! バカバカバカバカ、おバカバカ!」
茶目っ気ある言葉に航太は呆れながらも苦笑し、踏まれた足を引き抜く。
今後の展開を考慮したアルパスターの厳かな声が、場を鎮める。
「二人とも、落ち着いたか? 疲れて集中力が切れてるのは分かるが、もう少し辛抱してくれ。では、ランカスト将軍……報告を頼む」
ランカスト将軍が重々しく立ち上がり、戦場での凄惨な一部始終を語り始めた。
声は震え、悔恨と悲しみに満ちている。
スルトの炎に焼かれた兵たちの叫び、神器が突然沈黙した瞬間の絶望、ガイエンを取り逃がした無念——それらの言葉が、脳裏に蘇った。
航太の胸は締め付けられ、絵美の手は小さく握り潰されている。
報告が終わると、ガヌロンが氷のような口調で切り込んだ。
「つまりガイエンの策略に嵌まり、スルトの炎の塊に全軍を焼かれた。将だけが生き残り、かけがえのない兵を大量に失った。指揮官の配置と選択が、致命的な結果を招いた……そういう事で、よいかな?」
「よくない!」
ノータイムで、絵美が大声を上げる。
叫びが幕舎内を揺さぶり、絵美の目は涙で潤み怒りに燃えていた。
「今の言い方、なんなの? ランカスト将軍も航ちゃんも、命懸けで戦ったんだよ! たった一人の生存者を守るために、ガイエンやムスペルの騎士ってやつらとも戦った! 必死に、頑張ったんだよ……なんで、そんな冷たい言い方ができるの?」
声は震え、感情が溢れ出して止まらない。
航太は隣で頭を抱えながらも、胸が締め付けられるのを感じていた。
この軍法会議が、簡単に終わらないことは明白である。
疲れ果てた身体に重い溜息を吐き、航太は天を仰ぐ。
「ランカスト将軍、部下に随分と慕われているようだな。だが慕われているからといって、罪が消えるわけではない。将軍を信じた部下を、何人も死なせたのだ。部隊の配置、戦場での選択……それらが、致命的なミスを生んだのではないか? 多くの兵の命が奪われた戦場で、指揮官が無罪になる訳もなかろう?」
ガヌロンの冷酷な言葉に、絵美の顔が更に真っ赤に染まっていく。
航太は絵美の怒りが爆発する瞬間を横目で感じ、胸が騒ついた。
「じゃあアンタなら、誰も死なせずに戦えたって言うの? あの状況で、全員を守れたって言うわけ? なら、やってみなさいよ! 戦場を知りもしないで、偉そうなコトばかり言わないでよ!」
絵美はガヌロンに向かって強く言い放ち、挑発的な態度を崩さない。
その姿に航太は頭を掻きむしり、たまらず叫んだ。
「すいません、軍師! この馬鹿野郎は、疲れ過ぎてて頭の整理も出来てないんです。感情のままに、暴言を吐きまくってる! 外に捨ててきて、いいですか?」
ガヌロンは面倒くさそうに手を振り「出て行け」と、合図する。
航太は「べーっ」と舌を出し挑発を続ける絵美の腕を掴み、強引に幕舎の外へ引きずり出した。
冷たい夜風が、二人の頬を刺す。
戦場の鉄と血の匂いが、まだ風に混じっていた。
「航ちゃん! あんなイカれた奴の肩持つなんて……信じられないよ! 性格だけは良いと思ってたのに、性格も不細工だよ!」
絵美の声は涙交じりで、怒りと悔しさが混ざり合っている。
航太は絵美の燃えるような瞳を見つめ、胸の奥で沸き上がる感情を抑えた。
そして力強く、しかし優しく語りかける。
「オレだって、ガヌロンに斬りかかりたいくらい腹が立ってるさ。でも、これ以上騒いだらランカスト将軍の立場が更に悪くなるだけだ。事実、兵の命は沢山失われた。誰かが責任をとらないと、死んでいった兵の家族は納得できないだろ? ここは、耐えるしかないんだ。今のオレ達にできるのは、将軍の罪を少しでも軽くするために動くことだけ。それは、大騒ぎする事じゃないだろ?」
絵美はしばらく黙って、言葉を噛み締めていた。
もし自分が、犠牲になった兵の家族なら……多分その部隊の指揮官に、怒りの矛先が向くだろう。
やがて肩が小さく震え、涙が一筋だけ頬を伝う。
「ごめん、航ちゃん。私、色々ありすぎて……心が、ぐちゃぐちゃだった。ごめんね……」
航太はそっと絵美の頭を撫で、優しく頷いた。
絵美の髪は冷たい風に揺れ、戦場の記憶が二人の間に重くのしかかる。
「仕方ないさ。平和だった世界から、こんな戦争が当たり前の世界に放り込まれて……心が乱れるのは、当たり前だ。絵美は、もう休め。オレは会議に戻って、ランカスト将軍のために少しでも有利な情報を出すようにするからよ」
「そうだね。私がいても、ランカスト将軍のためにならないよね。お願いね、航ちゃん。私、ゼークの様子でも見てくるよ」
絵美の声は小さく、儚げだった。
二人は静かに別れ、冷たい夜風が彼らの背中を追いかけるように吹き抜けていく。
航太は振り返らず、軍法会議へ戻る足取りを重く踏みしめる。
その心にはランカスト将軍を守りたいという強い決意が、静かに……しかし、確かに燃えていた。




