赤きペンダントの共鳴 〜希望の光と亡魂の心〜
「ガイエン! 両親と幼馴染を、人に殺されたんだ! 人を恨むって気持ちは、分からないでもねぇ! だがよ、やりすぎだぜ!」
「ほぅ……そうか。だが、どうやらオレは人形らしいからな。知ったことじゃない。そして、訂正しといてやろう。親を見殺しにして、幼馴染をこの手で殺したんだ。もはや、今更……だろ?」
ガイエンの口角が僅かに上がり、不気味な笑みを浮かべた。
その口から放たれた衝撃の事実に、航太は一瞬だけ息が止まる。
胸の奥が、冷たく締め付けられた。
「なんだと? 前は、村の住民に殺されたって言ってなかったか?」
ペンダントを握りしめたティアが、航太に近付く。
震える指の隙間から、僅かに光が零れていた。
「航太さん……ガイエン兄さんの言ってる事は、事実です。ゲインさんと、アリアさん……ご両親を見捨てたってところは、少し違うと思いますけど」
「って、ティアさん! ガイエン兄……さん? どういう事だよ? まさか、記憶が戻ったのか?」
ティアは、静かに頷く。
瞳の奥に、取り戻したばかりの悲しみと決意が交錯していた。
「記憶は、戻りました。まだ少し、頭がボーっとしてますけど。ガイエン兄さんの幼馴染は、私の姉です。そして殺された現場に、私もいた……」
「なんだと! ガイエン、てめぇ……少しは、同情してやってたのによ!」
航太はエアの剣を握りしめ、ガイエンを睨みつける。
喉の奥から熱いものが込み上げ、握る手が白くなるほど力がこもった。
「同情してやってた? いらんな。そもそもオレより下の人間に、同情されても仕方ないからな!」
ガイエンもまた、ヘルギを構えた。
赤い刃が、戦場の空気を鋭く裂く。
「てめぇは、二度とティアさんに近付くんじゃねぇ! てか、二度と動けねぇ身体にしてやんぜ!」
風が、巻き起こる。
風に押し出されるように、航太の身体がガイエンに突進していく。
ガァキキキィィ!
エアの剣と、ヘルギが激しく交錯する。
火花が激しく飛び散り、金属の悲鳴が耳を抉った。
衝撃が両腕を貫き、航太の歯が軋む。
それでも足に力を入れて、航太は強く踏み込む。
そして、一閃!
強烈な風の刃がヘルギの刃に干渉し、ガイエンの身体を荷台の端まで吹き飛ばした。
木の板が軋み、破片が宙を舞う。
「貴様……まだ、力を隠してるのか?」
「さあな。だが、そのまま大人しく縛につきやがれ!」
エアの剣で追撃しようとした航太の身体が、赤い光に包まれる。
「やべ……」
「ヘルギの能力……知っているはず、だったな? それでも突っ込んでくるってのは、やはり頭が弱いのか?」
ヘルギを赤く輝かせながら、ガイエンは笑う。
その笑みに、底知れぬ虚無が宿っていた。
「英雄ごっこも、終わりだな。現実を受け入れて、死にな!」
ガイエンの咆哮が戦場に轟き、ヘルギを振り上げた。
刃から放たれる赤い光が、空気を歪ませる。
バシュウゥッ!
その瞬間、エリサの放ったファイヤ・ボールが雷鳴のような炸裂音とともにガイエンに直撃する。
「ぐおぉっ!」
不意打ちにより炎に吞まれたガイエンは、爆風に弾かれ荷台に叩きつけられた。
炎が鎧を舐め、黒い煙が立ち昇る。
熱波が、周囲を焦がした。
「航太さん、大丈夫ですか?」
「サンキュー、エリサさん! 助けに来たってのに、いつも助けてもらってるな。すまねぇ!」
恐怖の光から解放された航太は、エアの剣を構え直す。
息を荒げながらも、視線は鋭くガイエンを捉えていた。
荷台に叩きつけられた後のガイエンの動きは、獣のようにしなやかである。
倒れた勢いを利用し転がり、身体を這う炎を振り払う。
鎧が赤熱し、火花が散る。
「体勢を立て直される前に、攻撃を!」
ファイヤ・ボールを、連続で放つエリサ。
炎の弾が次々と軌道を描き、熱を帯びて迫る。
ガイエンは即座に跳ね起きると、ヘルギを構え直す。
ヘルギの刃が閃き、次々に撃ち込まれるファイヤ・ボールをまるで紙のように切り裂いた。
炎の欠片が宙に散り、まるで血飛沫のように荷台を焦がしていく。
黒煙が、渦を巻いた。
「貴様! 毎回毎回、邪魔をしやがって! 許さんぞ! だいたい、荷台が燃えたら困るのは貴様らだろ? そのまま攻撃してもいいが、燃やすぞ?」
エリサの動きが、一瞬止まる。
荷台への懸念が、エリサの腕を僅かに硬直させた。
その一瞬を、逃さない……ガイエンの怒りは戦場を震わせ、ヘルギに注がれた力が刀身から血のような赤い光を迸らせる。
その光はまるで生き物のようにうねり、荷台の上を瞬く間に飲み込んでいく。
赤黒い霧が視界を覆い、その場にいる者の心を恐怖で縛り上げる。
「もう、躊躇はせんぞ! 全力をもって、貴様らを皆殺しにしてやる!」
光は霧のように戦闘エリア全体に広がり、ランカストと絵美の動きも封じ始める。
ヘルギの光に支配された空間では、ガイエンとムスペルの騎士だけが自由に動けた。
ムスペルの騎士の足音が地面を踏み砕き、荷台にも近付いてくる。
冷酷な刃が、航太たちにも迫る。
恐怖に……凍りつく。
航太は、膝をつき……絵美は、座り込んだまま震える。
ランカストさえも、後退を余儀なくされる……
戦意は砕かれ、希望は闇に沈んだ。
(底なしの闇に、飲み込まれていくみてぇだ! くそ……身体が震えて、力が入らねぇ!)
ヘルギの赤光は心の奥底を抉り、恐怖を植え付ける。
航太の視界は揺らぎ、エアの剣を握る手は力を失った。
絵美の震える肩、ランカストの蒼白な顔……誰もが、絶望の淵に立たされている。
「ティア、貴女だけでも逃げて! ここでガイエンに殺されたら、そんなの……悲しすぎるから」
エリサの声は恐怖に震えながらも、ティアを救おうとする必死の願いに満ちていた。
「エリサ……さん。私は、まだ……」
ティアの脳裏に、エストに剣が突き刺さった瞬間が鮮明に思い出される。
そして……
主人と赤ん坊だった我が子を、ガイエンに奪われた記憶が脳内で繰り返された。
一矢も報いる事もできず、必死に守ろうとしてくれているエリサの思いに応える事もできない。
悔しさと悲しみが、ティアの心を締め付けた。
その手が、無意識にペンダントを握りしめる。
「ヘルギの影響下で、そこまで言えるとはな。だが悲しいと思うなら、まず貴様を殺してやる。そうすれば、悲しむ必要もなかろう」
ガイエンがエリサに向かって、一歩踏み出した。
その足音が、ティアの鼓動を抉る。
その時……
ドン!
ティアが震える両足に力を込め、立ち上がった。
エストから託されたペンダントが、輝きを増す。
柔らかで優しい光が、赤黒い霧を少しずつ晴らしていく。
惨劇の日にガイエンがエストと共に捨てた赤いペンダントが、深紅の輝きを放ち始める。
その輝きに呼応するように、ガイエンの胸元でもペンダントが光だす。
二つの光はヘルギの禍々しい赤を凌駕し、まるで太陽のように温かく希望に満ちた輝きで戦場を包み込む。
「ガイエン兄さん……私は、姉さんを奪われた。子供を殺され、主人も奪われて絶望を味わった。守りたくても、守れなかった。いつも私だけが助かって、絶望も後悔もした。けど、そんな私を必死で救ってくれた人がいる。必死に励ましてくれた人がいる。そんな人達に出会えて、私は歩き出せた。そんな、大切な人達を……大切な人達の仲間を、こんな場所で失う訳にはいかない! エスト姉ちゃんが托してくれた光で、ガイエン兄さんの心も救ってみせる!」
ティアの叫びは雷鳴のように響き、恐怖の鎖を断ち切った。
その声に呼応し、ランカストが素早く動く。
ヘルギの光から解放されたランカストの動きは、まるで嵐の如く迅猛だった。
ティアのペンダントから放たれる赤光に鈍ったムスペルの騎士が、ランカストのデュランダルの一閃に両断される。
刃は空気を切り裂き、ムスペルの騎士の鎧を紙のように引き裂く。
鋼鉄が悲鳴を上げ、鮮血が地面に滝のように流れ落ちる。
「ガイエン! 貴様だけは、許さん!」
ランカストの怒りは、部下を全滅させ人の心を踏みにじるガイエンへの正義の刃となった。
デュランダルが放つ一撃は、空間そのものを裂くような圧力を纏いガイエンに襲いかかる。
風圧が荷台を揺るがせ、空気が軋む。
ガイエンは咄嗟に、ヘルギを構える。
しかしティアのペンダントから放たれる赤光の影響で動きが鈍り、反応が一瞬遅れた。
「くっ……何て気迫だ! ベルヘイム十二騎士に選ばれる程の実力……ヘルギの力が無ければ、不利か!」
とんでもない圧力を纏ったデュランダルの刃は、ガイエンの紅の鎧を豆腐のように切り裂く。
そして、右胸を深々と抉る。
骨まで届く鈍い感触が、刃に伝わった。
「ぐはっ!」
鮮血が噴水のように噴き出し、地面を赤く染める。
ガイエンは後退して致命傷を避けたが、どんな防御も無意味にするであろうデュランダルの一刀に鎧は無力だった。
大量の出血に耐え、ガイエンはよろめきながらも立っている。
しかしその目はすでに虚ろで、意識を保っているのがやっとだった。
膝が震え、血が滴り落ちる。
「ガイエン! 悲劇の連鎖は、ここで止める! お前は、心が歪んじまってるんだ! 人を不幸にしかしねぇ!」
航太は、叫んだ。
ガイエンを生かしておけば、再び悲劇が繰り返される。
あの、炎の惨劇。
多くの人が、抵抗も出来ずに炎に飲まれた。
絶対に、繰り返させてはいけない。
それらが、航太に決意を迫る。
信念に反する行為だったが、この男だけは許せない。
一撃でも攻撃が当たれば、致命傷を負っているガイエンを倒せる。
航太は決意を胸にエアの剣を振り抜き、風の刃を放つ。
空気を切り裂く鋭い音が響き、空間が裂けるほどの風圧が生まれる……はずだった。
だが……何も、起こらない。
剣を振るった時の手応えは、完璧だった。
なのに、風の刃は生まれない。
「航太さん、ランカスト将軍。大切な人が奪われる絶望、私には分かります。でも、誰かが止めなきゃいけない。涙を流して、心を握りつぶして……それでも、手を差し伸べなきゃいけないと思うんです。許せない……許せないんです。でも……」
ティアの言葉を増幅するように、ペンダントから放たれる光が輝きを増す。
光が、エアの剣の力を吸い込んでいるようだった。
刃が僅かに曇る。
「ティアさん、言いたい事は分かる。だが、ガイエンは……奴だけは、生かしておいちゃいけない! 奴の存在が、多くの悲劇と恨みを生むんだ!」
航太は光に抗うように、エアの剣を振る。
しかし風の刃は発生せず、まるで剣で空を切るだけの虚しい動作に見える。
滑稽な動きに、周囲の視線が凍りつく。
「くそっ! なんなんだよ!」
航太は、エアの剣を見つめた。
刃こぼれ1つない、新品のように輝く刀身。
異常は……ない。
なのに、力は発動しない。
航太の頭にいくつもの疑問が浮かぶ中、戦場の空気を切り裂く鋭い悲鳴が響いた。
「きゃあ!」
絵美の危機感に満ちた声が、航太の背筋を凍らせた……




