赤きペンダントの共鳴 〜托された光と人を捨てた亡魂〜
「があぁぁぁぁ!」
ガイエンが振り回すヘルギを、紙一重でかわす一真。
赤く輝く刃が、すぐ傍を掠めて空気を裂く。
その熱を、肌で感じるほど近い。
「一真さん、大丈夫? 無意識とはいえ、相手はガイエンとヘルギよ!」
「エリサさん、なんとか……でも、ガイエンの意識が戻ったら、本当にまずい!」
確かに、攻撃は紙一重で避けているように見える。
しかしその動きには、どこか不思議な余裕すら感じられた。
「一真さんって……ひょっとして、強いのかしら? いや、まさか……ね」
エリサが呟いたその時、ティアの身体の震えが止まっていることに気づく。
「ティア、落ち着いてきたのね! 一真さん、ティアの震えが止まったわ!」
「分かりました! ガイエンの意識が完全に戻る前に、荷台の下に落としましょう!」
ヘルギが振り下ろされる瞬間に合わせ、一真はガイエンに体当たりを叩き込んだ。
重い衝撃が走る。
だが、ガイエンの身体はほとんど動かなかった。
まるで、岩にぶつかったかのように。
「貴様……ふざけているのか? その程度で、このオレが吹っ飛ぶとでも思っているのか?」
ガイエンの瞳に、光が戻る。
片手だけで、一真の肩を止めていた。
力の差が、痛いほど明確だ。
「まずい! エリサさん、ティアさんを連れて逃げて!」
「ティア……だと?」
ガイエンが、ティアの方へ視線を向けた。
あの惨劇の村で生き延びたはずのない少女が、大人になって目の前に立っている。
衝撃と懐かしさが、ガイエンの瞳に交錯した。
そして、深い葛藤が胸の奥で激しく渦を巻く。
父と母が殺されたあの日、ティアだけが村人を止めようとしてくれていた。
涙を流しながら、必死に叫んでいた。
絶望の中で、唯一の光だった。
だからこそエストを斬った時、隣にいたティアを殺さなかったのかもしれない。
胸元で輝くペンダントも、ティアが強引に押し込んでくれたものだ。
忌々しい過去の品でありながら、大好きだった母の形見でもある。何度も捨てようとしたが、そのたびに両親の記憶が蘇り手が止まった。
冷たく凍てついた心に、かつての温もりが僅かに灯をともす。
「本当に、ティアなのか? 随分と、大人になったが……確かに、その面影がある」
ガイエンは一真のことなど忘れたように、ティアへと近づいていく。
その足音だけが、戦場の喧騒を突き抜けて聞こえた。
しかしティアにとって、その一歩一歩は恐怖の奈落そのものである。
ヘルギの輝きが薄れようとも、ティアの心は過去の傷とガイエンの存在に締め上げられていく。
向き合う決意は、固めたはずだった。
それでも突然すぎる再会に、恐怖が感情を大きく上回る。
腕の中で斬られていく我が子の姿が、脳裏に鮮やかに蘇った。
「何? 何なの……」
ティアの声は震え、涙が頰を伝う。
ヘルギを向けられる恐怖とは違う……魂の奥底を抉るような、深い絶望がティアの心を支配していた。
記憶の断片が、混濁した過去の中で揺らめく。
まだ心に定着しきっていない思い出が、胸を締め付ける。
ガイエンは床に落ちたペンダントを拾い上げ、確かめるように見つめた。
「間違えようがない……間違いなく、エストに渡したペンダントだ。オレが人を捨てた時……人を恨んだ時、エストと共に捨てたものだ」
声が、震える。
過去の自分が、胸の奥からゆっくりと浮かび上がってくるようだった。
ガイエンはペンダントをティアに投げ渡し、再びヘルギを構える。
その瞳には、かつての温もりと今の冷酷さが激しくせめぎ合っていた。
心が引き裂かれるような、痛ましい揺らぎがそこにある。
「オレは……もはや、人を捨てた身だ! たとえお前がエストの妹、ティア・ファンライトだとしても……もう、躊躇いはない! 過去を二度と振り返らないためにも、ここで貴様を斬る!」
声には自分を鼓舞する力強さと、しかしどこか深い悲しみが宿っていた。
ヘルギを握る手に力がこもり、刃が再び赤い輝きを取り戻す。
その瞳の奥で、温もりと冷酷さが最後のせめぎ合いを続けていた。
「ガイエン……兄さん」
ティアの発した懐かしい響きに、ガイエンの動きが止まった。
鼓舞した心が、僅かに揺らぐ。
ティアは、ペンダントを握りしめる。
仄かな光が、ペンダントから溢れ出す。
掌を通して伝わる僅かな暖かさは、赤く冷たいヘルギの光を静かに……しかし、確かに押し返していく。
「人を捨てた……そのようですね。ヨトゥンに唆されて、ゲインさんとアリアさんを殺した村人のように……ガイエン兄さんも、操られるように人を殺していく。確かに、人じゃない。だって、人形なんだから!」
言い切った瞬間、ティア自身の胸にも鋭い痛みが走った。
それでもペンダントの光は、ティアの意思を汲むように僅かに強くなる。
「ティア……貴様!」
ガイエンの怒りが、ヘルギの光を増幅させた。
恐怖の赤い光は、しかしティアの目の前でその広がりを止める。
ペンダントの光が、わずかにそれを押しとどめていた。
「ティアさん、下がって! 刺激しちゃダメだ!」
一真が、二人の間に滑り込む。
エリサはティアを抱きかかえ、素早く距離を取った。
その腕に、ティアの震えが伝わってくる。
「雑魚が……邪魔をするな!」
ガァキキキィィン!
渾身の一撃を、グラムで思わず弾く一真。
内心で、思わず舌打ちをした。
「このまま戦闘を続けたら、まずい。何とかしないと……」
一真は体勢を崩し、必死に踏みとどまっているように見せる。
「一真さん! まともに戦ったら、勝ち目はないわ! 航太さん達を頼りましょう!」
「そうだね! 奇跡は、そう何度も続かない!」
荷台の上で激しい火花が散る中、少し離れた戦場では……航太達が、ムスペルの騎士との拮抗した戦いを続けていた。
航太はムスペルの騎士の猛攻をかわしながら、好機を窺う。
ティアを守りたいという想いは、航太も同じだった。
夫と子をガイエンに殺されたという絶望を受けたティアに、これ以上の絶望を背負わせたくない。
できれば、ガイエンの呪縛から解き放ちたい……その一心が、胸を焦がしていた。
しかし冷静さを欠いた剣は、次第に脆くなっていく。
その時、ランカスト将軍が猛然と駆けつけた。
「航太! ホワイト・ティアラ隊の救出に行け! お前の分のムスペルの騎士は、私が引き受ける!」
デュランダルの重厚な一撃が、雷鳴のようにムスペルの騎士を襲う。
一瞬の隙を作り出したランカスト将軍の声が、戦場に響き渡った。
「行け、航太!」
「すまねぇ、将軍!」
航太は信頼を胸に背を預け、ガイエンを追って全力で駆け出す。
「飛ぶぞ! 力を貸してくれ! エア!」
航太の背中を押すように、風が巻き起こる。
馬車の荷台に向けて、航太の身体が押し出された。
その先では、ガイエンがティアを自らの間合いに捉えようとしている。
エリサに抱えられて後退したティアは、一真の背中を見つめていた。
ティアの心は、過去と現在の狭間で引き裂かれるかのように揺れ動く。
「過去を振り返らない」
ガイエンの言葉が、ティアの記憶の奥底に眠る何かを抉り出す。
だが、その記憶はあまりにも遠い。
悲劇の連鎖によって曇り、混沌としていた。
記憶を失った私が、唯一持っていたペンダント。
夫が「大切な家族の忘れ形見」と語ったこのペンダント。
レイ、貴方はどこまで知っていたの?
こうなる事を承知で、私と一緒にいてくれたの?
突然飛び込んできた過去の記憶に、頭の処理が追いついていない。
でも、今は少しずつ整理できてきた。
目の前の男は、レイとエスト姉さんの敵!
そして……
「助けてくれなかったから、助けない。それじゃ、ダメなんだ! 智姉なら、きっと怒りを堪えて助けてくれる」
慕う人の言葉が、脳裏に響く。
(ティア……)
ペンダントを通して、レイとエスト姉さんの声が聞こえた気がした。
「そうだ……朦朧とした意識の中で、同じような決意をした気がする。レイ……エスト姉さん。私、智美さんのように、できるかな? いえ……やってみせるわ! 許す事なんて、きっとできない。でも、救いの手を差し伸べるぐらいのことは、してみせる!」
目の前の男は、ただの怪物だ。
だが、ヨトゥンに操られている可哀想な怪物。
あの時の村人のように、ヨトゥンに踊らされている。
その事実を知った後、どうするかは知らない。
でも……
(お願い……ティア……)
そう、エスト姉さんに托された。
ガイエン兄さんを、正気に戻す。
ティアは思わず、ペンダントを握りしめていた。
その光が、ティアの決意を静かに照らしている。
目の前では、ガイエンがティアを自らの間合いに捉えていた。
戦場の空気が一瞬、凍りつく。
「貴様は、過去の亡霊だ! 今日で、全てを終わらせる!」
「やめろ! ティアさんは、お前の心の傷を知っている最後の人なんだぞ!」
ヘルギの一撃をかわし、グラムの刀身に再び雷が走る。
「かずま……さん?」
「へっ? わわわっ!」
エリサの視線に気付いた一真は、慌てて体勢を崩す。
雷の光を隠すように、グラムを身体の陰に引っ込める。
そしてガイエンの蹴りを鳩尾に受け、一真は派手に吹き飛んだ。
「ちっ……驚かせやがって! まぐれを、何度も起こす奴だ! だが、これで邪魔者はいなくなったな!」
「残念! 邪魔者、参戦ってヤツだ! これ以上、好き勝手はさせねぇぜ! ホワイト・ティアラ隊を守るのは、お仕事なんでね! 早々に倒してやるぜ!」
空から飛んできた航太は、エアの剣を構えてガイエンの前に立つ。
軽口の中にも、抑えきれない怒気が滲んでいた。
「本当に、邪魔しかしないヤツだな! いいだろう! 一騎打ちで、オレに敵うかな?」
航太は軽く息を吐き、ガイエンを睨む。
「人には、負けられねぇ時があんだよ! 人じゃねぇ、てめぇには分からないと思うがよ!」
戦場の熱と血の嵐の中で、航太の心はただ一つ……ティアを守るために、燃え尽きんばかりに輝いていた。




