赤きペンダントの共鳴 〜血に染まった過去からの叫び〜
神剣ヘルギ……それはコナハト国の王妃が、村の英雄ゲインに授けた聖なる刃。
敵を恐怖に凍りつかせ、無抵抗の命を無情に刈り取る恐るべき力を持つ。
だがゲインはその冷酷な特性を嫌悪し、友である神父に託して教会の闇に封じた。
だが、運命は皮肉を愛する。
父ゲインが呪いと呼んだその剣を、息子ガイエンが手にすることとなった。
いや、ヘルギがガイエンを選んだのかもしれない……
「荷台が赤い光に包まれてから、ガイエンの野郎が動かなくなっちまったぞ! こっちからしたら、好都合だが……」
航太は息を荒げ、風を纏ったエアの剣を全力で振り抜いた。
ムスペルの騎士の冷たい刃が紙一重で迫り、荒れ狂う風圧が砂塵を巻き上げて視界を悪くなる。
それでも航太は、必死に荷台の異変を視界の端に捉え続けていた。
血のような赤い輝きが、戦場の喧騒を一瞬だけ塗り替えるかのように濃く。
そして、禍々しく脈打っている。
その光は……ただの魔力などではなく、何か深い運命的なものを呼び覚ます力を持っているかのように感じられた。
「何の効果かは知らんが、だからこそ持続時間が分からん! ガイエンが動かないうちに、ムスペルの騎士の一体ぐらいは倒したいが……」
ランカスト将軍の力強い声が、戦場の中心で響き渡る。
ランカストは絵美を援護しつつ、自分を狙うムスペルの騎士の相手もしていた。
デュランダルの一撃が騎士の鎧を大きく抉り、火花を散らす……が、決定的な隙を作れない。
互角の拮抗状態が続き、三人ともギリギリの状態で息を詰めて耐えていた。
汗と血の匂いが混じり合い、空気が重くのしかかる。
「ゴメン、航ちゃん! ランカスト将軍も……私、足手纏いだ」
絵美の声は震え、水の刃を放ちながらも後悔と自責の念に満ちていた。
絵美の心が微かに揺らぎ、戦場の風に煽られて不安定に揺れる。
普段の明るさが影を潜め、無力感が絵美の動きを鈍くさせていた。
「絵美、気にするな! 全員で戦っているんだ! 互いをフォローできれば、勝機は見えるはずだ!」
ランカストは叫び、デュランダルを叩きつけてムスペルの騎士の動きを封じる。
しかし無表情なムスペルの騎士の剣は容赦なく迫り、感情の欠片すら感じさせない不気味さが恐怖を生み出す。
「そう……ですね。個人で強い相手には、チームワーク! この際、卑怯って言われてもいいや! 生き残った者勝ち、だからね!」
開き直った絵美が、水の刃でムスペルの騎士を押し返す。
「よし、いくぞ絵美! 我々は、一人じゃない! 相手が不気味でも、それに合わせてやる必要はない!」
ランカストが叫び、光と水……二つの神器が、輝いた。
その、瞬間……
ヘルギを持つガイエンの動きが、航太の視界に入る。
「くそっ! ガイエンが、動き出しやがった! 何だってんだよ!」
航太の叫びが、戦場に響き渡る。
荷台の上で赤い光に包まれたガイエンの影が、ゆっくりと……まるで操られる人形のように、ティアに向かって剣を振り上げようとしていた。
その動きは機械的で意志を欠いたもののように見えたが、同時に底知れぬ脅威を孕んでいる。
そして荷台の上でも、ガイエンの突然の動きに焦りを感じていた。
唯一動けるであろうエリサは、即座に魔法を詠唱しようと腕を伸ばし手を広げる。
唇が動き、魔力が指先で淡く輝く。
しかし……あまりに突然の動きに反応が遅れ、絶望が胸を締め付ける。
(間に合わない……ティア!)
ペンダントの光が強まる中、ティアとガイエンの意識は外界から切り離されているように見えた。
ガイエンの身体は無意識のまま、何かに囚われながらも本能的に動いている。
まるでペンダントの意思が、ガイエンを操るかのように。
赤い輝きは二人の身体を包み、戦場の時間すら歪めているようだった。
走っても、盾になることすらできない。
魔法で止めることが、一番早い。
それでも、間に合わない。
絶望が、エリサの思考を埋め尽くしていく。
その時……絶望したエリサの横を、赤い軌跡が切り裂いた。
焔の翼が視界を染め、熱い風が頰を焼く。
本当に、一瞬の出来事。
そして……
ガァキキキィィ!
激しい金属音が響き渡り、ガイエンとティアの間に一真が立っていた。
(一真……さん? 私の後ろに、いたよね? 今の一瞬で、移動したの? まさか……ね?)
エリサの瞳が、見開かれる。
驚きと安堵が混じり合う中、一真の声が響いた。
「エリサさん! ガイエンの動きを、封じましょう! 何かの、拒絶反応のようにも見える。自分の意思で、動いている訳じゃ無さそうだ!」
一真の声は冷静だが、額に汗が浮かび息がやや乱れている。
一真はガイエンを後ろから力強く抑え込みながら、赤い光の源を凝視していた。
瞳には、複雑な感情……決意と、わずかな後悔が宿っている。
「そうね……分かった。ガイエンとティアを、離した方がよくない?」
エリサは即座に判断し、一真の横に並んだ。
「いや、ペンダントから発している赤い光……この光が、二人の意識を奪っているのは間違いなさそうだ。離して効果がなくなると、ガイエンの意識が戻るかもしれない。そうなったら、ピンチになるのはコッチだ」
一真の言葉にエリサは頷き、素早くガイエンとティアの間に身体を滑り込ませる。
そして細い腕で、ティアを抱き寄せた。
戦場の風が二人の髪を激しく乱し、赤い光がその涙を妖しく照らし出す。
そんな光の中で、エリサの心臓は激しく鼓動していた。
「あああぁぁぁぁ!」
その瞬間、ティアから嗚咽が漏れる。
頭を抱え、首を激しく横に振り始めた。
瞳は虚ろで、闇に飲み込まれていくようである。
身体が小刻みに震え、冷たい汗が額を伝う。
「ちょっと、ティア! 落ち着いて! 私も、ここにいる! 大丈夫だから……」
エリサは慌てて、ティアを抱きしめた。
細い身体が震え、熱い涙がエリサの肩を濡らす。
かつて夫と子を失った女性の心に、再び闇が迫っている。
そんな感覚が、エリサの胸を痛く締め付けた。
エリサはティアの背中を優しく撫で、囁くように言葉をかけ続ける。
一真はガイエンを抑えながら、床に落ちたペンダントとガイエンの胸元の光をじっと見つめた。
赤い輝きは二つのペンダントを共鳴させ、まるで運命の糸を紡ぐように脈打っている。
(破邪の守り……三つに割れたうちの、二つがここにある。だとしたら、ヘルギは……)
一真の表情に、一瞬の後悔がよぎった。
だがすぐに、決意の炎が瞳に宿る。
唇を噛み、抑える手に力を込めた。
「いや、もう覚悟はしたんだ。助かりたいなんて、考えるな。この世界で、航兄達が見つけてくれると信じろ。世界が、進むべき道を……」
一真の視線が、ティアへと移る。
ティアの小さな身体が、光の中でさらに小さく見えた。
ティアの心もまた、赤い光に深く囚われている。
時間の流れすら歪むような感覚が、ティアの意識を過去の底へと引きずり込んでいく。
ガイエンの時間と交差しながら、ティアの心
も過去へと流れる。
血に染まったあの日の記憶が、容赦なく蘇った。
村の混乱、姉エストの最後の言葉……すべてが、赤い輝きの中で鮮やかに。
ティアの心を、再び闇の底へ沈めようとしていた。




