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雫物語 Rewrite  作者: クロプリ
恐怖の炎
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深紅の契約 〜ティアの亡骸と崩壊の始まり〜

「森の中で、クレイサーが死んでいたぞ! 斬撃による致命症で、間違いない! しかも、殺されたまま放置されている! 応急処置も、弔いもされちゃいない!」 


 別の村人が息を切らせて森から飛び出し、叫ぶ。

 その声は、村中に響き渡る程に大きかった。


「エストが、クレイサーを殺された瞬間を見たらしいぞ! エストに確認しろ!」


 ゲインの思考を遮る様に、次々と事態が進行していく。


 まるで、映画やドラマのように……決められた筋書きを、ヨトゥンが化けた村人たちが的確に役割を果たしている。


 グレイルの他にも数人の村人が、上級神聖魔法である「堕変」によって姿を変えていた。

 クロウ・クルワッハが直接唱えた上級神聖魔法の影響を、村人が気付く事は不可能。


 大きな声の煽動に、抗える村人はいなかった。


「ゲイン程の騎士が襲ってきたら、オレ達では太刀打ち出来ない! 団結しないと、勝ち目はないぞ!」


 村で、一番の騎士……ベルヘイム十二騎士や、フィアナ騎士と並び称される赤枝の騎士。

 その赤枝の剣術を自分のモノにし、ヨトゥンと戦ってきたゲイン。


 小さな村に、これ程の騎士に敵う騎士は存在しない。

 二番手だったクレイサーも、既に倒れている。


 頼りにしていた強大な力は、敵になった瞬間に絶大な恐怖の対象になった。

 その力を、知っているのだから……


 村は、一瞬にして混乱の坩堝と化した。

 怒りと疑念が、渦を巻く。


 騒ぎを聞きつけたガイエンは、家から飛び出した。


 村の中心地に行く途中の道でガイエンの目に飛び込んできたのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたエストの姿。


 咄嗟に見たエストの首元には、ガイエンの渡したペンダントがない。


 あんなに、嬉しそうに着けていたのに……ペンダントの喪失が、ガイエンの胸に不吉な影を落とす。


「なんで……なんでゲインさんは、お父さんを殺したの? ティアの病気のことで、話すだけって言ってたじゃない!」


 エストの声は震え、憎しみと悲しみに濡れていた。


 ガイエンは、目を丸くする。


 幼い頃から、支え合ってきた幼なじみ。

 淡い恋心を抱いていた、少女。


 そんなエストから放たれた言葉に、心が砕けそうになる。


「殺した? 殺したって……なんだよ? 父さんは、クレイサーさんを助けるって……ティアを救うんだって、そう言ってたんだ! エスト、どうしちゃったんだよ!」


 頭が、混乱していた。

 何が起きているのか、全く分からない。


 父さんが、クレイサーさんを殺した?

 何を言っているんだ?


 父さんは、この村の事を一番に考えて……村を守る為に、命懸けで戦ってきた。

 親友だったクレイサーさんの事も、エストやティアの事も……家族同然に、大切に思ってたはず。


 エストに声をかけようとした瞬間、ゲインが村人に囲まれ広場に連れ出されてきた。


「父さん、この騒ぎは何だよ! クレイサーさんを殺したなんて、嘘だよな!」


 ガイエンは父に駆け寄り、すがるように叫んぶ。


「ゲインには、クレイサー殺しとヨトゥンへの裏切りの容疑がある! ガイエン、近づくな!」


 村長の鋭い声が響き、ガイエンを制した。


「そんな馬鹿な! 父さん、何かの間違いだよな!」


 クレイサーさんを殺しただけじゃなく、ヨトゥンへの裏切り?

 村長さんは、何を言っているんだ?


「クレイサーは、オレと戦っている時に何者かに殺された。オレが殺した様に、見せかける為にな。クレイサーは、ティアを人質にとられていた……だからヨトゥンに気付かれない様に、戦うフリをして話を聞き出そうとした。その時に、何者かに殺された!」


 ゲインの声は最初はガイエンに向けられていたが、最後には村全体に届くような咆哮となっていた。

 その言葉を聞いた瞬間、エストの瞳から涙が溢れ地面に滴り落ちる。


「私、お父さんが殺される瞬間を見ていた。ゲインさんの剣が、お父さんを斬るところを……どうして、嘘をつくの?」


「エスト、違うんだ! オレの剣は、クレイサーに届いていない! オレの剣の動きに合わせて、誰かが風の刃を放ったに違いない!」


 赤枝の剣術に合わせて風の魔法を放つなど、あまりにも高等技術だ。

 この小さな村に、そんな事が出来る人物などいない。


 村の騎士の一人が前に出てきて、ゲインを睨みつける。


「ゲイン団長、先程グレイルを斬った剣舞……あの動きに合わせることが、どれだけ難しいか分かるでしょう? 更に、団長がクレイサーを斬ったと見せかけた。風の魔法を、そこまで制御できる人間がいるとは思えない」


 ゲインが手を抜いて戦っていた事など、この場にいる村人達は知る由もなかった。


「赤枝の剣は、剣舞とも称される。その変則的な太刀筋が、強さの秘密だ。その剣を自在に操るお前の剣に、風の魔法を合わせる? 嘘が苦し過ぎるぞ!」


 村長の言葉に、ゲインは縋る様にエストを見る。


 しかし無情にも、エストは首を横に振った。


 エストの幼い瞳には、普通に戦っている様にしか見えなかったのだから……


「もし団長の言ってることが、正しければ……クレイサーはティアを人質にとられた結果、ヨトゥンに操られていた。そして、村をヨトゥンに売ったという事になる。泣いているエストの前で、クレイサーに罪を押し付けるなんて……そこまで、堕ちたのか! 団長!」


 ヨトゥンが化けている村の騎士が、ゲインを罵った。


 エストを餌にした事で村人の怒りが燃え上がり、広場全体が憎悪に染まる。


「ふざけんな! 父さんは、この村を守り続けた騎士だぞ! エストの父ちゃんを斬ったのだって、理由があるはずなんだ!」


 ガイエンは父の前に立ちはだかり、両手を広げて叫ぶ。

 だが村人たちの目は冷たく、疑惑は膨らむばかりである。


「ゲイン殿、少々苦しくなってきましたな。そろそろ、ネタバラシといきますか?」


 いつ、現れたのか……フードを被った者が、ゲインの真横に立っていた。

 百戦錬磨のゲインが不意を突かれる程に、突然の出来事。


「私はゲイン殿の指示で、お嬢さんと奥様を匿っておりました。そして作戦通り、全ての村人が広場に集りましたな。ゲイン殿、ヨトゥンへようこそ。早速、共闘と参りましょうか」


 紡ぎ出す言葉が終わると、どこからかティアとガイエンの母アリア・ドーマが現れた。


「団長……いや、裏切り者の外道が! ここで、引導を渡してやる! 村の誇りは、私が守る!」


 考える暇もなく、ヨトゥンの化けた村の騎士がゲインに迫る。

 いや……狙いは、ガイエンか!


 躊躇ったら、間に合わない。

 赤枝の剣が、ガイエンの目の前で炸裂した。


「裏切り……者が! もはや、開き直る気もない……か」


 村の騎士が、胸を貫かれて倒れる。


「あなた……何をしているの? 何が、起きているの?」


「アリア、村が危ない! 何体かのヨトゥンが、村人に化けている。今の騎士も、ガイエンを狙っていた。だが……」


 事態は、収拾しそうにない。

 ゲインの声が、震えた。


 驚愕と怒りが、ゲインを支配する。

 ガイエンもまた、胸が締め付けられる感覚に襲われた。


「父さんが、なんでティアを隠すんだよ! 病気だったんだろ? だいたい、お前は誰だよ? どうして、母ちゃんとティアを連れているんだ?」


 ガイエンは返り血を浴びた顔のまま、喉が裂けんばかりに訴える。

 そして、疑問を口にした。


「少年、これが大人の戦略というモノですよ。味方の損害は少なく、敵の被害は甚大に……ですよね、ゲインさん?」


「貴様が、何者かは知らん。だが、やってくれたな!」


 ゲインは、フードの者に斬りかかる。

 今までの鬱憤を晴らす程の、赤き剣舞。


 剣閃が嵐の如く舞い、風が吹き荒れる。


「赤枝の剣、流石です。ゲイン殿の手にヘルギがあれば、また違う展開になってたかもしれませんね。しかし、残念です。この私が、策を弄さねばならなかった相手。しっかりと、覚えておきますよ」


 嵐が収まった時、血塗れで地面に倒れていたのはティアだった。

 赤き絨毯の上に、無垢な少女の欠損した身体が落ちている。


「なん……だと?」


 確かに、フードの者を斬ったはず。

 なぜ、ティアが倒れている。


 バラバラになった身体を、見下ろすことしかできない。


 いや……バラバラに、なっている?

 この手応えの少なさで、身体がバラバラに?

 そして、その割に血の量が少な過ぎる。


「決まりだな! ゲイン・ドーマは我々を裏切り、ヨトゥン側に寝返った! これが現実だ! 騎士を斬り、クレイサーが守ろうとしたティアをも手にかけた。ここで止めなければ、村が滅ぶぞ!」


 ヨトゥンが化けた村人が、タイミングを見計らったように叫ぶ。

 誰もが、冷静な判断などできなくなっていた。


「よく見てみろ! これは、罠だ!」


 村人の怒号が、ゲインの声を掻き消していく。


 何かを叫んでいるが、エストには何を言っているか分からない。


 エストは、ティアの亡骸に手を伸ばす。

 大切な妹の、無惨な姿。


 心配していた?

 助けようとしていた?


 ふざけないで!


 ティアを人質にしていたのは、目の前の裏切り者。

 お父さんはティアを人質にとられて、森に呼び出され殺された。


 瞳に宿るのは、純粋な憎悪。

 握ろうとしたティアの手が、血の中に沈んでいく。


 心が、弾けた。


「裏切り者!」


 エストの叫びが、広場に木霊する。


 手が握れなかったことに、気付くこともなく……

 血が身体に付着しないことに、気付くこともなく……


 ただ、涙と共に叫んでいた。

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