深紅の契約 〜幼馴染の笑顔と森の裏切り〜
「こんな綺麗な宝石、見た事ない……本当に、貰っちゃっていいの?」
エストは燃えるような赤い石が嵌め込まれたペンダントを両手で包み込むようにして、目を輝かせた。
その輝きに魅入られながら、幼なじみの少年に顔を向ける。
「うん……母さんから、貰った物なんだ。二つあるから、一つあげるよ。母さんも、エストにあげたらって言ってたし」
ガイエンはぶっきらぼうに答えたが、心の中では喜びが爆発していた。
赤毛の少年……ガイエンは、幼馴染の笑顔を胸に刻み込むように見つめる。
「ありがとう! 本当に嬉しい! ティアにも、病気が治ったら見せてあげよ!」
エストはペンダントを首にかけ、太陽のような笑顔をガイエンに向けた。
その笑顔は、村に咲く全ての花よりも眩しく可愛らしいと感じる。
「ティア、早く良くなるといいね。親父も、心配してたよ」
「ティア、なんの病気か分からないから心配。本当に、早く良くなってくれるといいけど……」
一瞬で、エストの表情が曇った。
満面の笑みが沈み、不安と心配が影を落とす。
ガイエンの胸も、鋭く痛む。
「そういえば……ティアのことで、今日エストの親父さんとウチの親父が話し合うって言ってたよ。なんか、良さそうな医者を見つけたみたいだし……何とかなるさ!」
ガイエンは、父ゲイン・ドーマの息子であることを誇りに思っている。
ゲインは村一番の剣士であり、その昔ヨトゥンに滅ぼされた国において最後まで抵抗した赤枝の騎士団に所属していた。
今はヨトゥン軍の侵攻に立ち向かう村を守る英雄であり、その活躍は7国の騎士の伝説に匹敵すると称されている。
だが今、村はヨトゥン軍の標的となっていた。
ベルヘイム王国や聖王国アルスターへの侵攻拠点となりうるこの地を落とすため、ヨトゥン軍は幾度も攻める。
その度にゲインを中心とした村の騎士団が奮闘し、村を落とさせない。
業を煮やしたヨトゥン軍は、策略家クロウ・クルワッハに村の攻略を託したのだった。
クロウ・クルワッハは、まず騎士の娘を人質に取る。
クレイサー・ファンライトの娘であり、ガイエンの幼なじみエストの妹であるティア・ファンライトだ。
一糸乱れぬ意思統一された戦い方、心が通い合っているかの様な連携……このような敵と争う時、信頼の絆を断つのが最も効果的だということをクロウ・クルワッハは知っている。
そして一番信頼されている人間を失墜させることで、強固な組織が崩れる事も……
娘を人質に取られたクレイサーは、やむなくヨトゥンに協力せざるを得なくなった。
クロウ・クルワッハとは心言という上級神聖魔法を使い、秘密裏に会話していた。
裏切りが、露見しないように……
裏切りが効果的に伝わるタイミングまで、その事実が公にならないように……
その異変に最初に気づいたのは、ゲインだった。
僅かにだが、クレイサーの表情や態度が変化している。
娘が病気だと言っている割には、村唯一の医者に診せる訳でもない。
娘は自分が守ると常に言っていた男が、別の町の医者に娘を送って放置している矛盾。
クレイサーという男は、娘を一人で病院に放置できる様な男ではない。
たとえ医者に診せる為でも一緒に付いて行くだろうし、治療が必要なら永遠と付き添っているだろう。
その許可を、真っ先に自分に求めてくる筈なのだ。
ゲインは村外れの森の奥深く、クレイサーを呼び出す。
緊張が張りつめる中、鋭い視線をクレイサーに向ける。
「ゲイン……こんな所に呼び出して、何の用だ? オレもこれで、なかなか忙しい身なんだがな」
クレイサーは、怪訝そうに眉を寄せた。
「忙しいのは、身体だけだろ? 心は、追いついていないように見えるが?」
「大事な娘のティアが、他の町で治療を受けているんだぞ? 心配で、正常でいられるかよ。忙しくしている方が、いくらかマシってやつだ」
クレイサーは、面倒くさそうに答える。
「ティアが病気だというのは、他の団員から聞いた。お前の口からじゃなく……な。そしてノディス先生は、ティアを診ていないと言っていた。村唯一の医者に診せない理由は、何だ?」
クレイサーは、沈黙した。
目は、明らかに泳いでいる。
「クレイサー、何か問題があるなら頼ってくれ。今までも、そうだったろ? ヨトゥンとの戦いが激化している今、小さな綻びが命取りになる。オレは、今までも……そしてこれからも、お前の友人だ。話してくれないか?」
「ティアの病気が仮病で、オレが何か企んでると疑ってるのか? 今は、娘のことで頭がいっぱいだ。これ以上、悩みを増やさないでもらえるか? 友人だと言ってくれるなら、ほっといてくれ!」
クレイサーは吐き捨てるように言うと、ゲインに背を向けた。
「待て! わざわざ誰もいない森にまで来て、話をしているんだぞ! 誰にも、聞かれないようにな!」
「それが、余計なお世話なんだよ。ティアは病気で、その病気は感染する。だから、村に置いとけないんだ! それじゃ、駄目なのか?」
その言葉で、ゲインは完全に理解する。
やはりクレイサーは、ティアを人質にとられているのだろう。
そして人目の無い場所でも、真実を話せないということは……ここにも、監視の目があるに違いない。
ゲインはバスタード・ソードの柄に手をかけ、神経を研ぎ澄ませる。
風の動き、木々の音や草の僅かな揺れ……鋭さを増した感覚は、その中で動く生物の息吹を捉えていた。
「そこかっ!」
ガァキキキィィ!
金属音が響き、緑の影からヨトゥン兵が現れる。
必殺の間合い……防げるはずがない。
しかしヨトゥン兵を斬り裂いていたはずの剣は、立ち塞がったクレイサーの剣に止められていた。
「クレイサー、何を考えている! こいつを殺せば、お前への監視は無くなるんだろ?」
「そんなに、単純じゃないんだ! すまん……だが、娘の命には変えられない!」
クレイサーの瞳に、迷いと後悔が浮かぶ。
疑念も、あったかもしれない。
それでも、その剣先をゲインに向けるしかなかった。
「クレイサー、何故だ? 我々に頼って、ティアを救うって選択肢は無かったのか!」
「仲間だからこそ……友人だからこそ、頼れないこともある! 娘の命も、かかってる……選択肢は、なかったんだ!」
剣戟が、交錯する。
クレイサーの剣は迷いに満ち、赤枝の剣術を極めたゲインに敵うはずがない。
それでもクレイサーは、ヨトゥンに反抗する素振りさえ見せられなかった。
「お前が我々を裏切りって、何が変わる? ヨトゥンは何を考えて、こんな作戦を……クレイサー、奴らの策に嵌る必要は無い!」
「オレがヨトゥンに歯向かえば、ティアが殺される。お前だって、ガイエンを人質に取られれば同じことをしただろう。すまないが、これしか方法はない!」
クレイサーは、再び剣を振るう。
先程よりは、迷いは無い。
しかしその剣を軽くいなしたゲインは、クレイサーに身を寄せ低く囁く。
「クレイサー、オレ達が争う必要は無い。お前の剣を弾いて、オレが監視役のヨトゥンを殺す。オレの方が強かった……そういう事にして、この場を去ろう。対策を考える」
ヨトゥン兵に聞こえない様に、ゲインはクエイサーに告げる。
「ゲイン、すまん。やはり、娘の命を天秤にかける事は出来ない!」
クレイサーの視線と、茂みに隠れる者の視線が交錯した。
クレイサーの手に、力が入る。
逃れられない、運命。
これ以上の悲劇が、起きないことを祈るしかない。
クレイサーは、ゲインに向けて剣を突き出す。
単調な、攻撃。
ゲインはクレイサーの剣を弾き、ヨトゥン兵の動きを見ながら軽く反撃をする。
クレイサーであれば、簡単に避けれる攻撃のはずだった。
剣で弾く事も出来る程度の、緩さである。
そもそも、その剣は空を斬った。
バシュゥ!
しかしその剣の軌道に沿って、クレイサーの身体が斬り裂かれていく。
ゆっくりと、しかし確実に……
クレイサーの身体が、裂けていく。
「くそっ、なんなんだ? クレイサー!」
深く斬り裂かれ、鮮血を吹き出しながら後ろに倒れていくクレイサー。
まるでスローモーションのように、ゆっくりと倒れていく。
「おとう……さん?」
あまりにタイミング良く、エストが茂みから顔を覗かせた。
なぜ、エストがいる?
あまりの出来事に、ゲインはクレイサーに手を伸ばすことが出来なかった。
エストの目には、ゲインが力強く父親を斬り裂いた様に見えただろう。
先程までいたヨトゥン兵は、既に姿を消している。
そこには目を見開いたエストが、ただ立っていた。
血の飛沫が舞い、エストを赤に染めていく。
血に染まる、少女……
そして、悲劇が幕を開けた……




