赤きペンダントの共鳴 ~蘇る幼馴染の記憶と、凍てつく過去~
「きゃああああっ!」
荷台に飛び乗った瞬間……ガイエンは恐怖で動きの鈍っていたネイアの腹を容赦なく蹴り上げ、吹き飛ばす。
肉が抉れる鈍い音が響き、ネイアの身体は荷台の端まで転がった。
「まずは、貴様からだ。人間の分際で、何度も邪魔をしやがって……確実に、殺してやる」
ベルギが更なる光を放ち、馬車の荷台全体が血のような赤に染まる。
禍々しい輝きが影を長く引き、死の予感を濃くした。
ガイエンはエリサへと狙いを定め、ヘルギを振り上げる。
その刃は、まるで生き物のように赤く脈打つ。
航太はムスペルの騎士の冷酷な刃を紙一重でかわしながら、必死にエリサとティアの姿を視界の端に捉え続けていた。
風の力……エアの剣が巻き起こす荒れ狂う疾風が、騎士の猛攻をわずかに逸らしてはいる。
しかし、それだけ……戦局に、何の影響もない。
「ガイエン、止まれ! くそっ……この無表情野郎、どきやがれ!」
闘志は、確かに取り戻したと思う。
絶望な時でも、感情は保たれている。
だが、闘志だけで倒せるほどムスペルの騎士は甘くない。
無表情で、感情の欠片すら見せない……傷つけても、平然と反撃してくる相手。
風を操る航太ですら、互角に持ち込むのが精一杯だった。
エリサやティアを救援に向かう余裕など、微塵も残されていない。
背を向ければ、殺気も感じずに致命傷を食らう予感が漂う。
「それ以上……エリサさんと、ティアさんに近づくんじゃねぇ! 少しは自分が迷惑な野郎だって、自覚しやがれ!」
ティアは、ガイエンに夫と幼い我が子を殺されている。
航太はできる限り、二度と再会などさせたくなかった。
ティアの瞳に、再び絶望の色を宿らせてはならない。
ヘルギの赤い光に晒されたエリサとティアの顔から、血の気が一気に引いていく。
恐怖が骨の髄まで染み渡り、身体を硬直させた。
そんな二人に、ガイエンの禍々しい影が迫る。
その姿を見た瞬間、ティアの体は凍てつく恐怖に震えた。
瞳には過去の傷が滲み、まるで砕け散る薄氷のように儚く揺らめく。
ヘルギの赤い輝きにわずかに触れただけで、ティアの心は闇の底へと引きずり込まれていった。
腕の中で、冷たくなっていく我が子の体温。
意識を取り戻した後に、夫と子の死を聞いた時の絶望感。
忘れようとしても忘れられない記憶が、鮮明にフラッシュバックする。
「ティアさん、ガイエンから離れろ! とにかく、逃げるんだ!」
航太の叫びは剣戟と絶叫の嵐を切り裂く、悲痛な訴えだった。
叫ぶことしか、できない。
逃げろと、ただ叫ぶことしか。
冷酷な斬撃から一瞬たりとも目を離せば、即座に命を落とす。
そんな死闘を続けながらも、視界の端に飛び込んでくるティアの怯えた姿。
その姿が航太の胸を焼き、締め付けた。
ティアを、ガイエンに近づけてはならない。
ティアはもう、人生で味わうべき悲しみの全てを味わい尽くしたはず……これ以上の苦しみを、与えちゃ駄目だと思う。
「くそっ! ティアさんとガイエンを、近づけちゃいけねぇんだ! これ以上、あの人が苦しむ必要なんてねぇんだよ!」
エアの剣が、航太の闘志を力に変えていく。
荒れ狂う風が、ムスペルの騎士に襲いかかった。
身体ごと吹き飛ばされそうな暴風に晒されても、ムスペルの騎士は剣を地面に深々と突き刺して耐える。
そして、その風さえも利用して反撃を仕掛けてきた。
「無表情で、何も感じねぇ! 相手の感情が分からねぇって、こんなに戦い辛ぇのかよ!」
一人ならば、逃げていたかもしれない。
ロボットのように無表情で、傷つけても表情一つ変えない……致命傷を与えても、平然と反撃してきそうな不気味さ。
それでも、航太は逃げなかった。
圧倒的な力の差があるのに、逃げずに自分のために立ち向かってくれた者たちがいる。
巨大な炎の塊が落ちた大地に、危険を承知で治療に駆けつけてくれた者たちがいる。
逃げるという選択肢は、すでに航太の頭から消えていた。
航太が、何とかムスペルの騎士を振り切ろうとした……その時。
ガイエンの動きが、凍りついた。
エリサを斬り捨てんと振り上げたヘルギの刃が、時間が止まったかのように空中で静止する。
そしてガイエンの視線は、ティアの足元へと吸い寄せられていた。
エアの剣が巻き起こした風の影響で、ティアの手から赤いペンダントが落ちる。
床に転がったペンダントは、戦場の埃を被りながらも微かな光を放っていた。
運命に導かれるように、ガイエンの視線はそのペンダントに釘付けになる。
そして自分の胸元にある同じ形のペンダントに、ゆっくりと手を当てた。
二つの、同じデザインの赤いペンダント。
その輝きは遠い記憶を呼び覚ます炎のように、ガイエンの心を焦がした。
「その、赤いペンダント……捨てたはずなのに、まだ記憶にある。くそ、忌々しいぜ!」
ガイエンの声は低く掠れ、戦場の喧騒を忘れたかのように震える。
ヘルギの赤い輝きが、まるで命を失ったかのように瞬時に消え失せた。
「そいつは、エストに渡したペンダントと同じ物だな。エストを殺した時に、奴の胸元にあった物と同じだ。だとすれば……貴様、ティア・ファンライトか?」
ガイエンは戦場の血と叫びを置き去りにして、ティアへと一歩近づく。
その瞬間……床に落ちたペンダントと、ガイエンの胸元のペンダントが共鳴した。
ヘルギの光よりも濃く、深紅の輝きがガイエンを包み込む。
空気が震え、時間の流れすら歪むような感覚がガイエンの心を支配する。
そしてガイエンの記憶は、時を超えた。
かつて心を交わした幼馴染、エスト。
母から貰ったペンダントをエストに贈った時の遠い日の記憶が、胸を刺すように蘇る。
笑顔でペンダントを受け取った、エストの姿。
幼馴染としての仲を超えた、感情。
そして、血に染まった別れ。
ガイエンの瞳に、初めて人間らしい揺らぎが見えた……




