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雫物語 Rewrite  作者: クロプリ
恐怖の炎
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紅き亡魂の猛襲 ~守るべき者のために~

 四人だけの騎馬隊の先頭に立っているのは、紅の鎧に身を包んだガイエンである。


 その背後に続く三人の騎士は、ガイエンの鎧よりも深い……血が滲んだような、朱色の甲冑を纏っていた。  

 甲冑の表面は溶岩が冷え固まったかのように鈍く輝き、足音は地面を震わせる重低音を響かせる。


 少数精鋭……その存在自体が、戦場の空気を凍てつかせていく。


「ガイエン! よくも……よくも、ノコノコと姿を現せたな! あんな虐殺をしやがって……もう人間の心なんて、消え失せたってのかよ!」


 航太の咆哮が、荒野を切り裂いた。

 全身の筋肉を軋ませ、航太は渾身の力を込めて風の刃を解き放つ!


 大気が悲鳴を上げ、地面の砂塵が渦を巻きながら舞い上がる。  

 鋭い風圧は航太の怒りを乗せ、ガイエンと背後の朱色の騎士たちに襲いかかった。


 刃の軌跡が空を裂き、鋭い唸り音が戦場にこだまする。


 だが、ガイエンは微動だにしない。  

 朱色の騎士たちも風を嘲笑うように、航太の全力の一撃を軽々と弾き返す。


 風斬りの甲高い音が響き渡り、風の刃は無力に霧散した。


 ガイエンの率いる騎馬隊は、幽鬼のように……何事もなかったかのごとく、冷たく無機質に歩みを進め続ける。


「な……なんだと? モブのヨトゥン兵にも、効かねぇ! どうなってんだ?」


 少数精鋭だとは思ったが、ガイエン以外は吹っ飛ばせると思った。

 それが、何事もなかったかのように前進してくる。


 航太の声は震え、額に冷や汗が滲む。


「ちょっと、航ちゃん! なんで、手を抜いたのよ! 突っ込んでくるスピードも、変わってないんですけど!」


「悪いが、今のが全力だ! ガイエン級が、三人いるって考えた方がよさそうだぞ!」


 確かに、手応えはあった。

 渾身の鎌鼬は意志を力に変え、風そのものを刃と化す。

 そんな風の刃を、子供の投げた小石を払うかのように容易く弾かれた。


 今までなら、数体のヨトゥン兵を薙ぎ倒していた刃。

 悪夢のような現実に、航太の心は激しく動揺した。


「くそっ! 奴らは、ムスペルの騎士だ! やはり、あの炎の塊……スルトのレーヴァテインから放たれた一撃だったか!」


 ランカストは、デュランダルの柄を強く握り締める。


「見ての通り、ただのヨトゥン兵とは戦闘力が段違いだぞ! 気を引き締めろ!」


 ランカストの声が、雷鳴のように戦場に響く。

 その言葉は、氷水を浴びせられたかのように航太の背筋を凍らせた。


 ムスペルの騎士……その実力は、今見た通り。

 普通の攻撃はおろか、神剣の能力すら無効化してくる。


「ムスペルの騎士って、そんなに強いの? ちょっと、ヤバイんじゃ……エリサさん達、無理だけはしないでよ」


 絵美は呟き、前方に控えるエリサとティアを一瞥した。


 天沼矛を握りしめた手がわずかに震え、声には抑えきれない恐怖が滲む。


「普通のヨトゥン兵とは、天と地の差があると思え! 黒き者、スルト直属の精鋭騎士だ。その強さは、ヨトゥン軍の将に匹敵するぞ!」


 ランカストは、自らを奮い立たせるように吠える。


 ガイエンとムスペルの騎士たちは、獲物を追い詰める狼の群れのように間合いを詰めてきた。  

 空気が一瞬で重くなり、殺意が肌を刺す。


「とにかく、後退しながら防衛戦だ! ホワイト・ティアラ隊の面々に、指一本触れさせるな!」


 ランカストが、神剣デュランダルを振り上げた。


 デュランダルは空気を切り裂き、重厚な風切り音を立てて先頭を走るガイエンに襲いかかる。


 ガイエンは馬から飛び降り、影のようにその一撃を躱した。


「デュランダル相手に、まともに打ち合う気はない! 間合いを無視してくる風の野郎を、先に殺らせてもらうぜ!」


 ガイエンはランカストを一顧すると、航太へと突進する。  

 赤く輝く剣ヘルギが、血の色を帯びて不気味に光った。


「くそっ! 航太、そっちに行ったぞ!」


 ランカストは体勢を崩しながらも、後方から襲ってきたムスペルの騎士の一撃を辛うじて受け止める。

 鋼と鋼が激突し、派手に火花が散った。


 ランカストは瞬時に戦闘の渦に飲み込まれ、身動きが取れなくなる。


 ガイエンはその隙を突き、航太の眼前まで迫っていた。


 ヘルギの刃先が、死神の鎌のように航太の喉元を狙う。


「ガイエン! お前にだけは、負けねぇ! いや、負けられねぇ!」


 エアの剣とヘルギが、激しく交錯する。


 その時……ランカストの脇をすり抜け、一騎のムスペルの騎士が迫ってきた。


「航ちゃん! こっちは、何とかする!」


 天沼矛から水の刃が発生し、ムスペルの騎士に襲いかかる。


 不規則に伸びる水の刃を無言で躱し、まるで機械仕掛けの人形の様に無表情で剣を突き出してきた。


「何なの、コイツら! 声も音も出さないで、なんか気味が悪い!」


 絵美が、叫ぶ。


 ムスペルの騎士の剣撃は、感情のないロボットのように静かで正確である。

 その無機質な動きは魂を抜かれた亡魂のようで、絵美は全身に嫌悪感が走るのを感じた。


 それでも、ランカストと互角に渡り合う程の強敵。


 絵美は、防戦一方に追い込まれていた。

 天沼矛が重い衝撃に震え、腕が軋む。


 その瞬間、さらなる危機が襲いかかった。


 もう一騎のムスペルの騎士が、航太たちの横をすり抜けていく。


 エリサとネイアが放つファイヤ・ボールを尽く躱し、ホワイト・ティアラ隊に迫る。


 簡単に荷台に取り付いたムスペルの騎士は、端にいたエリサへと斬りかかった。


 無機質な刃が空気を切り、風切り音が耳をつんざく。


「くそっ! 間に合え!」


 航太の身体が、本能的に動いた。

 ガイエンの足元に鎌鼬を放ち、土煙が爆発的に巻き上がる。


 視界を奪われたガイエンが動きを止めた隙に、航太はエリサを襲うムスペルの騎士の剣に狙いを定め風の刃を放った。


 バシィィィン!


 風と鋼が激突し、金属の悲鳴のような異音が戦場に響く。

 ムスペルの騎士の持つ剣は後方へ吹き飛ばされ、反動で馬から落ち地面を転がる。


 エリサは倒れ込みながらも、間一髪で危機を免れた。


「エリサさん、下がって! 単発の魔法攻撃じゃ、まず当たらねぇ! 逃げるんだ!」


 航太は叫び、エアの剣を構えてムスペルの騎士とエリサの間に滑り込む。

 汗と土埃にまみれた顔で、エアの剣を強く握りしめる。


「ありがとう、航太さん!」


 エリサは震える声で答え、怯えるティアの手を掴んで荷台の中央へ移動した。

 ティアの小さな手は冷たく、恐怖に震えている。

 大切そうに握っている赤いペンダントが、カタカタと音を立てていた。


(てか、こいつら……強すぎる! スルトの直属の騎士って、言ってたな……だとしたらスルトってのは、もっと強ぇのか? まぁ今は、そんな事どうでもいいか。とりあえずムスペルの騎士を相手にしながら、ガイエンと戦わねぇと! そんな事、今のオレに出来るのか?)


 航太の心臓が激しく鼓動し、喉がカラカラに乾く。


 ガイエンが、再びヘルギを手に迫ってくる。    

 その赤い刃は、血を欲する亡魂のように不気味に輝いていた。


「機転だけは、相変わらず利くようだな。だがオレとムスペルの騎士、同時の攻撃にどこまで耐えられるかな?」


 ガイエンの声は冷たく、死の宣告のように響く。


「耐えられるか……だと? ンなもん、無理に決まってんだろ! だから、二人を同時に相手する気なんざねぇよ!」


 航太は叫び、ムスペルの騎士に向けて渾身の風の刃を放つ。  

 精密さは捨て、純粋な力で押し切る一撃。

 風が唸りを上げ、地面を抉る。


 直後、ガイエンへと斬りかかった。


「おいおい……随分と、稚拙な策だな。オレと剣技で勝負するのか? 力量差を考えな、阿呆が!」


 ガイエンの唇が、嘲笑に歪む。

 その言葉通り、エアの剣はヘルギの軽い一振りで弾き飛ばされた。


 航太の身体は地面に叩きつけられ、土埃が舞う。

 肺に、砂が詰まるような痛みが走った。


(やっぱり、無謀すぎたか。でも、エリサさんたちが逃げる時間は稼げたはず……オレ達だけなら、何とでもなる!)


 航太は歯を食いしばり、よろめきながら立ち上がる。

 だが、もはや打つ手はなかった。


 絶望が、心を黒く塗り潰していく。


(毎回思うけど、都合のいい展開なんてねぇよな。エアの剣が進化したり、オレが覚醒したり……そんな事は、ありえねぇんだ! だからこそ、考えろ! 甘い考えは、捨ててきたはずだろ!)


 ガイエンにすら、勝てる自信がない。

 ましてやムスペルの騎士も同時に相手にするなど、悪夢でしかなかった。


 航太が思考していた、その時……


「ぬおっ!」


 航太の脇をすり抜け、突如として炎の塊がガイエンを襲った。


 轟音と共に火花が炸裂し、熱風が戦場を焦がす。  


 ガイエンは咄嗟に身を翻し、間一髪で火弾を回避した。


「エリサさん、なんで……なんで、逃げてねぇんだ? この状況じゃ、守りきれねぇ! 逃げてくれ!」


 航太の叫びに、ガイエンの視線がエリサへと向く。


 エリサとネイアは震える手で杖を構え、ティアとシェルクードを背に守っていた。

 瞳には、恐怖と決意が交錯している。


「雑魚が……まだ、ウロウロしてやがったか! 貴様は、以前も邪魔をしてくれた小娘だな。苛々させてくれるぜ……まずは、貴様から消してやる!」


 ガイエンが咆哮し、エリサに向かって突進を始めた。

 ヘルギが赤く輝き、地獄の業火のように空気を染めていく。


「やめろ、ガイエン! 女性ばかり、狙うんじゃねぇ! 戦うなら、オレと戦え!」


 航太は、必死に叫ぶ。

 視線を僅かに逸らした隙に、ムスペルの騎士の剣撃がエアの剣に衝撃を与える。  


 ムスペルの騎士の猛攻に押され、航太はガイエンを追うこともできなくなった。


 ガイエンは航太の叫びを無視し、エリサに向かってヘルギを振り上げる。


 赤い刃の冷酷な輝きを見た瞬間、エリサの体は恐怖に硬直する。

 魔法を唱える力すら、奪われた。


(まずい! あの光を見ちゃ、ダメだ!)


 航太の視界に、怯えるエリサとネイアの姿が飛び込む。

 ティアの小さな体は震え、涙が頬を伝う。


 その光景が、航太の胸に燃えるような怒りを灯した。


(まだだ……こんなんで、終わらせてたまるかよ! 奇跡を、待つんじゃねぇ! 奇跡を起こすために、突き進むんだ!)


 航太は歯を食いしばり、全身の力を振り絞る。

「うおおおぉぉぉぉ!」


 風が唸りを上げ、エアの剣が青白い光を帯びていく。


 ムスペルの騎士が迫る中、エアの剣が旋風を生み出した。

 航太の闘志が、エアの剣に流れていく。


 この時、ティアの持つ赤いペンダントが僅かに輝き始める。

 しかし、そのことに気付いた者はいなかった……

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