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雫物語 Rewrite  作者: クロプリ
恐怖の炎
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憎悪と慈悲の狭間2

 高密度の炎が大地を灼き尽くした後、焼け野原は死の静寂に包まれていた。

 甘く腐った肉の臭いと、溶けた金属やゴムの刺激臭が肺の奥深くまで染み込んでいく。


 灰と黒土のみが残る白黒の世界が、一切の希望を嘲笑うように……そして、無限に広がっているように感じる。


「カズちゃんには、分からないよ! 実際の戦場に、出てないんだから……本当の戦場を、知らないんだから! 綺麗事だけじゃ、納得できない! 絶対に……絶対に、分かりっこない!」


 絵美の声は胸の奥底から絞り出されるように震え、灰の舞う風に溶けていく。


 双子の姉である智美を見つけられなかった絶望の日、一真は氷のように冷静だった。


 仕方がないと……

 他の兵の事も、考えろと……

 そう、言った。


 なのに今、シェルクードに対して必死に手を差し伸べようとしている。


 その手を差し伸べるべき相手は、智ちゃんじゃないの?


 出そうになった言葉が、喉の奥で詰まって出てこない。


 感じる矛盾が、絵美の心を激しく掻き乱す。


 怒りと、苛立ち……やり場のない悲しみが熱い奔流となって胸を焼き、足は無意識に大地を強く蹴った。


 地面を砕くような足音が、絵美の叫びを代弁するかのように響き渡る。

 灰を巻き上げながら、振り返ることなくその場を離れていった。


 その背中を、ティアが息を切らして追い抜いていく。


「一真さん! 水、持ってきました!」


 茶色の美しい髪は戦場の灰で白く染まり、汗と埃にまみれた額がティア必死さを物語っていた。

 両手に抱えた重い水桶が、細い腕を震わせる。


 その姿に、去りゆく絵美の胸が鋭く刺された。


(ティアさんまで……どうして、あんな人のために! 智ちゃんが見つからなかった時、凄く心配してくれて……怒ってくれていたのに!)


 俯き……唇を強く噛みしめながら、絵美はさらに足を速める。

 なぜか流れる涙を、拭う事も忘れていた。


 絵美の横を走りながらすれ違ったエリサが、心配げに視線を向ける。

 しかし、言葉は喉で凍りつく。


 今、優先すべきは死に瀕する命。

 医療隊の……ホワイト・ティアラ隊の一員として、エリサは感情を押し殺さざるを得なかった。


 一方、焼け焦げた大地の中心で……一真は、緊張に張りつめた顔で処置を続けている。


 全身を煤で黒く染めたシェルクードの呼吸は糸のように細く、皮膚は赤く爛れていた。

 その命は、風前の灯火。

 もはや、一刻の猶予もなかった。


「よし……エリサさん、水の増量と殺菌をお願い! ティアさんは、その水を患者にかけて!」


 指示は的確で、迷いがない。

 一真は、回復魔法だけに頼らない独自の手法を信じていた。


 魔法は傷を癒し、回復の即効性は高い。

 即時的な力を与えるが、感染症や敗血症などの後遺症までは防げない事が分かってきた。


 現代日本の医療知識と魔法を融合させた一真の手法は、これまでにも多くの命を繋ぎ止めている。


 深い傷を負った兵の、その後の生存率は極端に低い。

 血液に入った菌を取り除かない為に、内科的な病気を発症し死に至る。

 外科に強く、内科に弱い。


 一真は、魔法治療の弱点を補う治療を確立していた。


 ティアとエリサは、一真の言葉に信頼を込めて動いている。


 冷たい水が、火傷の患部を優しく洗い流していく。

 荒々しかったシェルクードの呼吸が、徐々に穏やかさを帯び始めた。


 かすかな希望の光が、灰色の荒野に灯る。


「後は、拠点に戻ってから本格的な処置をしよう。少し、安定してきたみたいだ。みんなの協力のおかげだよ。本当に、ありがとう。力仕事ばかりさせて、申し訳ない」


 一真は疲れ果てた顔に、仄かな安堵を浮かべた。

 ホワイト・ティアラ隊の面々に感謝を伝え、微かな溜息をつく。


「一真さんも、お疲れ様でした。私も、こうやって救われたんですね……」


 ティアは、そっとハンカチ取り出し水で濡らす。

 そして一真の額に流れ落ちる汗と、顔にこびりついた灰を優しく拭き取った。


「ありがとう、ティアさん。でも、ハンカチが汚れちゃうよ。戻ったら、皆は一度水浴びでもしてきて。そのぐらい、いいよね? ネイア隊長」


「今回は、さすがに仕方ないわね……灰まみれのままじゃ、患者さんの治療なんて出来ないわ。戻ったら全員、綺麗な水で身体を洗い流してきなさい」


 ネイアの了承を得て、ホワイト・ティアラ隊の隊員から歓声が上がる。


 一真はランカストと航太に声をかけ、シェルクードを馬車の荷台に慎重に横たえた。


「一真、分かってるとは思うが……ちょっと、異世界の人間の肩を持ち過ぎだ。お前の行動や言ってる事は、分からないでもねぇ。けどよ……頭で分かってても、納得できねぇ事もある。少し、考えてくれ」


 それだけ言うと、航太はランカストと共に騎乗する。


 その姿を見たネイアがそっと近づき、一真の肩を寄せる。


「一真、お疲れ様。相変わらず、見事な処置だったわ。なんとか、救えそうね」


 そこまで言うとネイアの声は低くなり、一真だけに聞こえるように囁く。


「ねぇ……航太や絵美との間に、溝ができてるんじゃない? 大丈夫なの?」


 一真は力強い微笑みを浮かべたが、その瞳の奥には複雑な影が宿っていた。


「はい……今は、仕方ありません。オレたちは、平和な村から来たんです。戦場でのショックやストレスを抱え、そして智姉の安否もわからない。でも、航兄もミーちゃんも……きっと、いつかは理解してくれると信じています。命は、誰のものでも等しく尊い。その思いが皆に広がれば、こんな無意味な戦争はなくなるはずなのに……」


 最後の言葉は、灰の風にかき消される小さな呟きとなった。


 遠ざかる絵美の背中が、かすかに揺れる。


(ヨトゥンだろうと、神だろうと……どんな命も、等しく尊い。それでも、いずれオレは選ばなければならない。その覚悟は、もうできている。だから、その時が来るまでは……救える命は、一つでも多く救ってみせる!)


 一真の瞳は、燃えるような決意に輝く。

 そして遠く地平線の彼方を、まるで未来そのものを捉えるように見つめていた。


 灰色の空に、一筋の光が差し込むかのように。


 その視線は戦場の灰と血の匂いを突き抜け、希望と覚悟が交錯する果てしない空へと伸びていた……

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