天堕ちる業火
シェルクードの言葉に、不満を感じ……それでも智美を救う為に、航太と絵美は戦って生き残る事を心に誓う。
部隊が分裂しそうな雰囲気の中、ランカスト隊はガイエンの部隊と激突する事となる。
航太と絵美……
他のランカスト隊の騎士……
少し距離を置いた状態で、戦闘に突入する。
しかしガイエンの部隊は更に統制を欠き、まるで暴風に散らされた枯葉のように兵たちの動きは乱れていた。
対するランカスト隊は、小隊長たちの連携がまるで一つの生き物のように息づいている。
ヨトゥン兵を数人で巧みに囲い込み、確実に仕留めていた。
その戦いぶりは、まるで熟練の猟師が獲物を狩るかのようである。
ランカスト将軍はガイエンの部隊との戦闘経験が豊富で、その戦術を熟知していた。
更に直近の戦いで勝利していたこともあり、ランカスト隊の士気は天を衝く勢いである。
ランカスト隊は、まるで猛り狂う炎の奔流のようにガイエン隊を押し潰し始めた。
(今回は、案外楽に勝てるかもしれないな……)
歯ごたえのない敵を相手に、航太は楽観しながら戦闘を続ける。
(おいおい、何を考えてる? 敵だって、命懸けで挑んできてんだ! 油断する余裕なんて、ねぇはずだ! 前の戦闘で、何を学んだか忘れんじゃねぇ!)
航太は一瞬、心の隙を意識した……が、すぐに気を引き締めた。
離れてはいるが、シェルクード達はヨトゥン兵との戦闘のセオリーを遵守して戦っている。
お互いが守り合い、隙を突いて敵を倒す。
余裕があるからこそ、シェルクードや他のランカスト隊の騎士の戦いが視界に入ってくる。
一人一人が大切な仲間で、欠けていい仲間は一人もいない……
そんな想いが……意思が、ランカスト隊から伝わってくるようである。
自分達の仲間は戦場で倒れているのに、仲間の救出は出来ずに智美の捜索に駆り出された。
自分が、シェルクードと同じ立場なら……仲間の救出は後回しにして、部隊の要人を捜索をすると言われて納得出来るのか?
シェルクードの姿を視界に捉えた航太は、首を強く横に振る。
そして航太は絵美やランカストの姿を見て、自分の気持ちを再確認した。
(シェルクード……お前達も、オレの仲間達も、全部守ってやる! 自分の仲間が捜索してもらえねぇって不満があるなら、そんな不満も感じさせねぇぐらい守ってやんぜ!)
もう、誰も失わない……シェルクード達の戦いを見て、その誓いが一層強まる。
航太は、仲間を見守りながら戦うよう無意識に自らの心を駆り立てていた。
Myth Knightの航太と絵美、そして神剣デュランダルを振るうランカスト。
三人は、個々にヨトゥン兵を薙ぎ倒していく。
シェルクード達も、三人一組でヨトゥン兵を翻弄している。
力任せに突進するガイエンの部隊は、もはやランカスト隊の敵ではなかった。
気がかりなのは、ランカストとシェルクードの部隊が少しずつ切り離されてる事である。
しかしランカストは、手塩にかけて育てた部下達を心底信用していた。
何があっても、シェルクードを中心に臨機応変に動いてくれるという安心感。
ランカスト本隊の部隊も巻き込んでガイエンの部隊を圧倒している姿を見て、一度頷く。
ランカストは部隊の指揮より、単独行動が気になっている航太と絵美のサポートに回る動きをとった。
ランカストの油断が航太達の単独行動を許し、余裕が蟠りの解決に思考を傾けてしまっていた。
ガイエンの部隊が、あまりにも手応えがないと分かっていたのに……
そして、そんな三人の近くでガイエンが戦っていた。
孤軍奮闘しているガイエンは、纏わりつくランカスト隊の騎士を次々と斬り倒している。
その姿は、まるで地獄の業火を纏った魔神のようだった。
だが……いかに猛っても、一人では戦局を覆すにはあまりに非力である。
「ガイエン! 今日は、てめぇの好きにやらせねぇ!」
ガイエンを視界に捉えた航太は、躊躇なく風の刃を解き放った。
かつての戦いとは比べ物にならない、轟音を伴う破壊的な風圧……大気を裂き、地面を抉る刃がガイエンに迫る!
「ちっ! 風の刃か……強くなってやがる! だが、まだその程度か!」
疾風の如き、渾身の一撃……それでもガイエンは神剣ヘルギを振り上げ、風の刃を一瞬で霧散させた。
しかし強烈な風圧で体勢が崩れたガイエンは、僅かな隙を作ってしまう。
「やああああぁぁぁぁ!」
ガイエンの姿勢が整う前に、絵美が天沼矛を閃光の如く振り下ろす!
「ちぃ……貴様ら!」
不意を突かれたガイエンは、辛うじて天沼矛を躱わす。
「躱わされた? でも、これでぇぇ!」
絵美は、天沼矛を地面に叩きつけ……その反動を利用して、思い切り振り上げた。
更に天沼矛の先から突如迸る水の刃が空間を切り裂き、攻撃範囲が不規則に急拡大する。
「Myth Knightを二人も相手すると、流石に厄介だな。だが……貴様ら程度なら、何とかなる!」
幼少期から、天才剣士と畏怖されてきたガイエン。
不規則に伸びる水の刃さえも、ヘルギで弾き返した。
「くそっ! ガイエン……純粋に、騎士としての力も相当だぞ! 絵美、気を付けろ!」
航太は叫びながら、絵美の攻撃で更に体勢を崩したガイエンに追い打ちの風の刃を放つ。
それでもガイエンは蹌踉めきながらも風の刃を躱わし、その反動で体勢を立て直す。
「その程度で、このオレに当てれると思っているのか? 貴様らは、神剣の能力に頼り過ぎてんだよ!」
ガイエンはヘルギを構え、航太に猛然と斬りかかる!
その……瞬間!
轟!
天地を割るような勢いで、ガイエンの頭上から巨大な剣が振り下ろされた。
「ちっ! まずった!」
航太に気を取られていたガイエンは、頭上からの脅威……振り下ろされる巨大な剣を、咄嗟にヘルギで受け止める。
いや……受け止めてしまった。
その一撃は、山をも砕くと錯覚する程の威力。
ヘルギごと、ガイエンの身体は弾き飛ばされた。
巨大な剣を受け止めたガイエンの腕は痺れ、額をわずかに掠めた刃によって真っ赤な血が滴り落ちていく。
「くそっ……デュランダル! とんでもねぇ物理攻撃能力だ!」
血を滴らせながらも、ガイエンは電光石火の速さでヘルギを拾い上げ戦闘態勢を整える。
「ランカスト、出てきやがったか! あんたと、まともに殺り合う気はねぇ!」
ガイエンが力を込めると、ヘルギはまるで血を欲する魔獣のように赤く脈動し始める。
「まずい、ガイエンから離れろ! あの光は、ヤバイ!」
航太は、叫ぶ。
ヘルギの赤い光……それは敵の心を恐怖で縛り、戦意を粉砕する魔の力。
航太は絵美とランカストに叫びながら、自らもガイエンから一気に距離をとる。
赤い光は地獄の業火のように、瞬く間に膨れ上がっていく。
その光は、勢いが弱まる事なく増してくる。
航太たち三人は光を避けるため、ランカスト隊の本隊から更に引き離されてしまう。
「ランカスト将軍……何か、おかしい! ガイエンの神剣の能力……本来は、単騎で大軍に突っ込んで使った方が効果的だ! ヤツは、逆をやってる! 何か、策があるのかもしれねぇ!」
「目的は……分断か? いや……ヘルギの能力で、我々を本隊に合流させたかった感じか?」
赤い光の拡大をいち早く感じ嫌った航太は、無意識にシェルクード達と合流する事を避けた。
ガイエン級の騎士と、ヘルギの能力……その力が合わされば、数で囲んでも無意味。
逆に、多くの犠牲がでるだろう。
犠牲を減らす為に、自分達のリスクが高い方に航太は無意識に動いた。
その動きに同調して、ランカストと絵美も同じ方向に動いてしまう。
「オレの部隊も、都合良く壊滅したな。しかし、感の鋭いヤツだ。まさか、逆に避けるとはな。邪魔な奴らを、一掃するチャンスだったが……だが、まぁいい。貴様らを殺るのは、たいして難しくない」
ガイエンは不敵に笑い、赤く輝くヘルギを天に掲げる。
その瞬間……
シェルクードの指揮するランカスト本隊の上空に、まるで太陽の欠片が地に堕ちてきた様な高密度の炎の塊が轟然と出現した。
大地が震え、空気が灼ける轟音が戦場を支配する。
「な……何だ、あれは? 大きさも熱量も、常軌を逸している!」
ランカストは高密度の炎の塊を見上げ、恐怖と絶望に凍りつく。
城一つぐらいは、簡単に飲み込みそうな……常識を遥かに超える、灼熱の炎の怪物。
その熱量は空気を歪め、地面を焦がす。
まるで世界の終焉を告げるような、悪魔の一撃だった。
ランカストは自分の部隊の上空に浮かぶ炎の巨獣を見つめ、心臓が締め付けられる。
離れた場所にいる今、できることは何もない。
いや……たとえ巨大な炎の真下にいたとしても、騎士たちを救う術など皆無だろう。
「ランカスト将軍、ここも危ねぇ! 絵美、風の力で全員吹っ飛ばすぞ! 躊躇ってる時間はねぇ!」
「分かった! 衝撃波もくるかもだから、できるだけ強めに飛ばして!」
強風が、吹き荒れる。
ランカストの意思に反し、身体が大切な部下から離れていく。
「くそぉぉぉ!」
地面に叩きつけられたランカストは、倒れながら拳で地面を叩きつける。
シェルクードが見上げる空は、脈打つ赤に染まっていた。
高密度の灼熱の塊。
絶望の球体が堕ちてくる。
逃げ道のない、地獄への片道切符。
空気が燃え、大地が震える。
天地が、崩れ落ちた。
鎧が溶け出し、皮膚が焼けていく。
肺が熱に焼かれ、呼吸ができない。
一瞬が、永遠に感じられた。
瞳を閉じたシェルクードの周囲に、命を諦めた騎士達が集まってくる。
しかしその瞳は、たった一つの命を諦めていなかった……
そして周囲に、全てを無に帰す程の凄まじい轟音が響き渡る。
高密度の火の粉が、戦場に……ランカスト隊に、降り注いだ。
騎士たちの悲鳴が戦場を切り裂き、その声諸共炎に呑まれていく。
「くそっ! くそぉっ!」
高密度の炎の塊が近付いていく大地には、落ちてくる火の粉が炎が壁の様に聳え立っていた。
ランカストは立ち上がり、一人でも騎士を救おうと炎の壁に突進しようと走り始める。
「将軍、やめろ! いらなんでも、無茶だ!」
航太は咄嗟に風の刃をランカストの足元に放ち、その動きを封じた。
「将軍、落ち着いて! 悔しいけど、今は……でも、こんな事できるなんて! ヨトゥンはやっぱり、人じゃないよ! 心なんて、無いんだ!」
絵美の瞳は、巨大な炎の塊の熱量に赤く染まる。
その声は、恐怖と絶望が交錯していた。
絵美の手は……身体は、硬直してしまっている。
「絵美、水だ! 水と風の力で、少しでも!」
航太の叫びに、絵美は我を取り戻す。
「そ……そうだね! できる事が、まだあるなら!」
絵美は渾身の力で、水の玉を創り出す。
「頼む、これで!」
航太は、風の力で水の玉を炎の壁に叩き込んでいく。
だが、それは嵐に一滴の水を投じるようなものだった。
炎の壁から飛び出す火の粉すら、止められない。
炎の巨獣は止まるどころか、その規模を縮めることすら許してくれなかった。
距離があるのに……それでも熱風が顔を焼き、息を奪っていく。
「くそぉぉぉ!」
ランカストの絶叫は、炎の咆哮に飲み込まれ虚しく戦場に響く。
そして高密度の炎の塊は、ランカスト隊の中心に落ちた。
天地を焼き尽くす業火の様に、全てを呑み込んでいく。
爆炎が、戦場を覆いつくした。
希望も……
命も……
蟠りも……
全てが、灰燼と化した。




