不満と誓い
「また戦いかよ! いい加減、人使い荒すぎだぜ!」
馬上で、航太は唸る。
声には、連戦の疲弊と苛立ちがにじみ出ていた。
心はズタズタに引き裂かれ、モチベーションは底なしの奈落に沈んでいる。
どれだけ気合いを振り絞ろうとも、凍てついた胸の奥に炎は灯らない。
幼馴染を失った傷は今も血を流し続け、航太の心を無慈悲に抉っている。
ゼークが負傷して戦線を離脱したため、航太たちはランカスト将軍の部隊に配属された。
後方から迫る、ガイエンの部隊を迎え撃つ任務である。
遠征軍の総指揮はアルパスターが執っているものの、主力はベルヘイム軍。
ランカスト将軍はベルヘイムの誇る十二騎士の一人として知られ、兵士たちの士気は高かった。
「航太……幼馴染を失い、連戦続きで辛いのは分かる。だが、踏ん張りどころだ! ここで命を落とせば、智美を探す事も出来なくなるぞ! 気合いを入れ直せ!」
ランカストが馬を寄せ、凛とした声で鼓舞する。
鋭い眼差しと力強い言葉が、重苦しい戦場の空気をわずかに押し返す。
「はぁ、了解っス……」
航太の返事は死にかけの火のように弱々しく、虚ろに響く。
どんな激励も、心の空洞を埋めるには無力だった。
闘志はすでに、灰と化している。
「航太しゃん! 気合いを入れるでしゅよ~! このままじゃ、やられちゃいましゅ~! ミーちゃんも、何か言ってやるでしゅよ~!」
絵美の頭上で、ガーゴが羽を狂ったように振り回し跳ね回った。
場違いな明るさは、かえって虚しく響く。
「ごめん、ガーゴ。私も、なんか……やる気、出ないのよね」
絵美の声は震え、涙に濡れた瞳は地面に落ちていた。
智美が、戦場から消えて数日。
生存の希望は粉々に砕け、軍全体に漂う諦めの空気が絵美の気力を容赦なく奪っていく。
一真の言葉が胸を抉り、絵美の目は死んだ魚のように光を失っていた。
「2人とも……しょぼ~ん、でしゅね~。ガーゴも……しょぼぼ~んって、してみるでしゅ~」
ガーゴが意味不明な言葉を吐きながら、肩を落とす仕草をする。
滑稽な姿が、かえって場の悲壮感を際立たせていた。
その時、ランカストの横に一人の兵士が歩み寄ってくる。
智美の捜索隊を率いていた中隊長、パシェード・シェルクードだ。
冷たい視線が、航太と絵美を刺す。
「ランカスト将軍! こんな戦意のないクズどもに、頼る必要はありません! 我々だけでも、ガイエンの部隊を叩き潰せます。こんな奴らは、いても士気を下げるだけだ!」
氷のような冷酷な言葉が、二人の心を切り裂いた。
「智美の捜索の時もそうだったけどさ、私たちに何の恨みがあるの? そこまで恨まれるような事、してないよね!」
絵美が目を吊り上げ、燃えるような怒りを叩きつける。
普段の陽気さなど微塵もない、剥き出しの激情だった。
「自分たちの仲間だけ捜索してもらって、それでも不満そうな顔か! そんな態度が、士気を下げるんだよ! あの捜索隊にも、仲間を失った者たちが大勢いたんだぞ! それでも、あんたらの仲間の捜索をしてやったんだ! 自分たちの仲間は探せないまま、他人の捜索をさせられてんだよ! 少しは、感謝でもしたらどうだ!」
シェルクードの声に、憎悪が滲む。
シェルクードにとっての仲間もまた、智美と同じなのだ。
「シェルクード! 絵美も黙れ! 仲間同士で、いがみ合ってる場合じゃないぞ!」
ランカストが雷鳴のように怒鳴り、二人を制する。
「はっ……しかし、兵には不満を持っている者も少なくありません。ランカスト様、できる限りの配慮を願います」
シェルクードは一礼して後方へ下がるが、その背中には抑えきれない憤怒が燃えていた。
「あいつ、何様のつもりだよ!」
航太は拳を握りしめ、腸が煮えくり返る思いで叫ぶ。
くすぶっていた怒りが、一気に噴き出していく。
「本当に、ムカつくよね! 何、僻んでんのよ! キモっ!」
絵美が舌を突き出し、子供じみた反抗を見せた。
瞳には怒りと共に、こらえきれぬ涙が滲む。
「おいおい……2人とも、色々と思うことはあるだろう。しかしガイエンの部隊は、もうそこまで来てるんだ! 気を引き締めろよ!」
ランカストの声に、苛立ちと不安が混じる。
シェルクードの言葉は、ランカストも思うことがあった。
Myth Knightである二人の集中力の欠如が、部隊全体の生存を危うくする可能性がある。
そうなれば、兵の不満は更に募るだろう。
兵の連携が乱れれば、致命的な打撃を受けるかもしれない。
そんなランカストの心配も他所に、航太は敵の存在に捕らわれている。
ガイエン……神話の世界に降り立った当初、本格的な戦場を味わった相手。
圧倒的な力の前に手も足も出ず、ゼークに救われた屈辱と恐怖が蘇る。
あの時の無力感。
智美を失った悲しみ。
バラバラになる恐怖。
(それでも……今ここで死んだら、智美を探すことすらできなくなる! 絶対に、生き残ってやる! んで、強くなる! シェルクードって野郎にも、一泡吹かせてやるぜ!)
航太は歯を食いしばり、拳に力を込めた。
絵美も唇を噛み、震える瞳に微かな光を取り戻す。
今は怒りも悲しみも忘れ、ただ生き残る。
僅かでも、智美の手がかりを探すために。
地平線の彼方、ガイエン軍の影が不気味に揺らめいている。
戦場の空気が、緊迫の糸で張り詰めていた。




