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雫物語 Rewrite  作者: クロプリ
二人の逃避行
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漆黒と聖輝の剣 ~絶望の淵に差す光~

 ゼークの表情には、目を閉じながらも深い悔恨が浮かぶ。

 普段は凛々しくも優しいその顔は、まるで全てを失った亡魂の様に弱々しく変化していた。


「いや、オレの方こそ……すまねぇ! こんなになるまで、智美を守ってくれた。サンキュー、な……そして、謝らないでくれ!」


 航太の声は震え、涙が頬を濡らす。


 ゼークは、命を賭けて智美を守ろうとした。



「ごめん……ね」


 ゼークは呟くと、全身から力が抜ける。


 その姿に、航太の胸は張り裂けそうだった。  

 涙が地面に落ち、床に流れた血液と混じり合う。


 その瞬間、戦場の状況を思い出す。

 アルパスター将軍の力によって、航太もゼークもギリギリのところで助けられた。

 それ程、ヨトゥン軍に囲まれて筈。


(さっきまで、かなりの劣勢だった。そんな状況で、捜索隊を出すなんて……本当に、大丈夫なのか?)


 不安が、冷静さを取り戻した航太の心を締めつける。


 その瞬間、部隊の後方から雷鳴のような歓喜の叫び声が轟く。

 馬蹄の響きが地を揺らし、戦場の空気が一瞬にして変わる。

 希望の光が、絶望の闇を切り裂くかのようだった。


「ユングヴィ王子の部隊が、間に合ったぞ!」


 その報を聞いた軍師ガヌロンは、誇らしげに笑みを浮かべる。

 勝利を確信した傲慢さと、戦局を見透かした冷徹な知性が滲む。


 押されているフリをして、後退しながらガイエンの部隊と戦っていたランカストの部隊。

 ベルヘイム本国から、疾風のように駆けつけたユングヴィ王子の部隊。


 自軍の勝利を確信したガイエンの部隊の背後から、ユングヴィ王子の部隊が襲いかかった。


「ユングヴィの部隊か……奴の持つゲイボルグ相手では、この程度の戦力差など無いに等しい。ベルヘイム……何故か、強力な神器が集まりやがる。忌々しいが、ここは引くぞ! 我がヘルギの光を旗印に、密集隊形を維持して後退する!」


 挟撃されたガイエンの部隊は、直ぐに崩壊する。

 部隊長ガイエンの素早い判断で全滅は免れるが、大きな被害を出した。


 ガヌロンの策を遂行するベルヘイム軍の動きは、早い。

 アルパスター軍本隊の近くまで後退していたランカストの部隊、ガイエンの部隊を破ったユングヴィの部隊。

 二つの部隊が勢いそのままに、アルパスター軍本隊の救援に現れたのだ。


「流石は、ベルヘイム最高の軍師。ミュルグレスを置き、前線に出てくることは無くなったが……それでも、我が軍の脅威であることは間違いないな。敵の包囲陣に穴を開け、突破する! 全軍、我に続け!」


 さすがのフェルグスの部隊も三方向から囲まれる様に攻撃された事で、撤退を余儀なくされる。


 ガヌロンの知略は、神業だった。


 クロウ・クルワッハ軍の将であるガイエンと、ロキ軍の将であるフェルグス。


 連携が取れてない事を読んでいたガヌロンは、策を講じる。


 ランカストの部隊を巧みに後退させアルパスター軍の本隊の近くで戦わせることで、援軍が電光石火の速さで到達できる状況を作り出した。

 その結果、絶望の淵に立たされた戦場に奇跡のような逆転の瞬間が生まれたのだ。


 ゼークの部隊を壊滅寸前に追い込んだスリヴァルディの部隊も、予想外の援軍に圧倒され後退を強いられる。


 航太は、ヨトゥン軍が退いた血と硝煙に染まった大地を見つめた。

 荒涼とした戦場に、智美の無事を願う祈りが響く。

 心の奥で、希望と不安が激しくぶつかり合う。


 航太は、見慣れた智美の笑顔を思い浮かべた。

 涙が再び頬を伝い、握りしめた拳が震える。


「絶対に、助けに行く……だから、生きててくれ!」


 その叫び声は、硝煙と血を吸った大地に吸い込まれていく。


 決意の瞳は、喧騒が小さくなっていく戦場に向けられていた……



 ~天水国ニダヴェリール~


 遥か古の時代。

 天と海とが溶け合うかのような天空の国ニダヴェリールに、神聖なる鍛冶場があった。


 深淵の底と天空の頂を貫く巨大な竪穴の最奥に位置し、地上のいかなる炎も届かぬ場所。

 神々が自ら火を熾したとされる禁忌の工房に、その炉はある。


 そんな神聖な鍛冶場にある天淵の炉にて、二振りの剣が生み出された。

 天淵の炉では星の残骸と大地の叫びが溶け合い、新たな神器が生まれる。


 ある夜、二つの極光が炉を包み込んだ。


 ひとつは、底知れぬ闇より這い上がる漆黒の輝き。


 もうひとつは、夜天を裂いて降り注ぐ純白の光芒。


 こうして、二振りの剣が同時に鍛え上げられた。


 死と真実を司る魔剣、ミュルグレス。


 その刃は、深淵の最底で永劫の時を過ごした「黒曜の晶心」から削り出された。

 無数の魂が沈む奈落の底で、怨嗟と真実だけを吸い尽くした黒い宝心から生み出される。

 鍛冶師の槌の下で呻き、悲鳴を上げた。

 星の光を浴して冷やされた刃は、まるで凍てついた夜そのものが形を成したかのようであったという。


 ミュルグレスは、死と真実を司る。

 その切っ先は肉体ではなく、心の奥底を抉り魂の襞を暴き出す。

 嘘を吐く者の舌を腐らせ、隠された罪を抉り出した。

 弱き者の魂を鎖で縛り上げ、その心すらも変化させる程の力がある。

 認められし者が望めば、敵の内なる闇を具現化し自らを滅ぼすこともできるという。



 希望と正義を象徴する聖剣、デュランダル。


 その刃は、天空より降り注いだ「光輝の戦心」を素材とした。

 星々が涙を流した跡とされる純粋なる光の欠片は、太陽の熱を貪るように炉の中で輝きを増す。

 鍛冶師の槌によって、希望の形へと打ち延ばされた。

 太陽の光を欲して暖められ、完成した剣身。  

 その刃は朝焼けを封じ込めたかのように温かく、しかし決して折れぬ強靭さを宿していた。


 デュランダルは、希望と正義を象徴する。

 人の心に宿る勇気や慈悲、信念の強さを光に変えて力を増幅させていく。

 認められし者が持てば強者の如く大地を穿ち、空を裂くほどの威力を発揮する。

 真実を守り、未来を照らすための剣。


 二振りの剣は、互いを映す鏡のようだった。


 ミュルグレスの闇が真実を暴く刃であるならば、デュランダルの光は真実を守る刃となる。  

 両者は相反するようで、実は同じ真理の両面を体現していた。


 そして二つの剣身の鍔の中央には、それぞれ金の聖櫃が据えられている。

 そこに納められるのは、神々が地上に残したとされる神々の涙……聖遺物であった。

 聖遺物を納めた時、二振りの剣は真の力を解放し無限に近い輝きを放つという。

 神の意志を宿し、世界の理すら歪めるほどの力を……


 聖剣デュランダルは、ベルヘイム十二騎士の一人……剛毅なる騎士、ランカストの手に委ねられた。

 ランカストは剣の光を正義の旗印とし、幾多の戦場で希望の象徴となる。


 一方、魔剣ミュルグレスは……

 眠る様に、ベルヘイム天空城の宝物庫に祀られていた。

 主を目覚めさせないように、その剣に閉じ込める。

 漆黒の光を怪しく纏いながら……静かに、しかし確かに己の主の帰還を待ち続けていた。

 呼び覚まされるその日を、待ち焦がれるように……怪しく、漆黒の光を纏いながら。

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