白銀の戦乙女の謝罪 ~守れなかった約束と、燃える決意~
「将軍! ゼークと智美は、どこだ? 傷は……足は、治るのか?」
ホワイト・ティアラ隊の医療用テントの入り口を、航太は乱暴に押し開ける。
恐怖と希望が絡みついた声は、まるで心そのものが叫んでいるかのようだった。
まだ治療も十分に受けていない顔は汗と血にまみれ、蒼白い。
それでも瞳の奥には、二人の笑顔を求める切実な光が宿っていた。
アルパスターは重々しく足を止め、腕に抱えたゼークを見下ろす。
その瞳は、戦場の残酷さを湛えた暗い湖のようだった。
「智美は、ゼークと離れ離れになった。戦っていたゼークは見つけられたが、智美は動ける状態じゃないらしい。あの混戦の中で、動かない人間を探すのは……正直、不可能だ。ゼークも、全身傷だらけだ。早急に治療の必要もあったから、まずはゼークだけを連れて戻った。許せ、航太」
その言葉は、航太の胸に冷たく突き刺さる。
怒りの叫びが、喉まで出かかった。
だがアルパスターの腕に抱かれたゼークの姿を見て、その声は凍りつく。
ゼークはヨトゥン兵の返り血にまみれ、全身が赤黒く染まっていた。
無数の斬撃が鎧を破り、肉を裂いている。
アルパスターの腕を伝う鮮血が、床にぽたりと落ちた。
戦場の亡霊が、最後の力を振り絞って燃え尽きたかのような姿。
いつもの、可愛くも凛とした戦乙女の面影もない。
微かに上下する胸だけが、ゼークがまだこの世に留まっている証に見えた。
(こんなになるまで、智美を守って……責めれるわけが、ねぇだろ! すまねぇ、ゼーク!)
感謝と悔恨が、航太の心を刃のように切り裂く。
唇を噛みしめると鉄の味が口の中に広がり、視界が滲む。
スリヴァルディさえ抑え込めば、なんで助かると思った?
智美とゼークなら、なんで危機を乗り越えられると思った?
足に重傷を負った素人を抱えて敵の陣地から逃げるなんて、高難易度ミッション過ぎる。
そして自分は、何もできなかった。
安易な手段を選択した結果、智美を救えず……ゼークも、傷だらけになった。
二人を酷い目に遭わせた無力な自分が、許せない。
無力な自分の胸に拳の制裁を加えている航太の横を、顔が濡れた絵美が駆け抜けた。
ボロボロのゼークを見て、絵美は一瞬凍りつく。
「こんなになるまで、智ちゃんを守ってくれたんだね。ゼークは、隊長さんなのに……本当は私たちが、隊長さんを守らなきゃいけなかったのに。ありがとね、ゼーク」
声が震え、いつもの陽気な笑顔は消えていた。
絵美の瞳に涙が溢れる中、その奥に燃える決意の炎が宿る。
絵美はアルパスターに向き直り、拳を強く握りしめた。
「私に、智美を探しに行かせてください! 絶対に、連れ戻します。双子の私なら、近くにさえ行ければ居場所が分かるかもしれないから!」
普段の軽やかな声とは違う、命を賭した覚悟がそこにはある。
瞳は星のように輝き、涙と決意が混じり合って揺れていた。
「そうだな、絵美! これ以上、ゼークに背負わせるわけにはいかねぇ! 今度は、俺たちが踏ん張る番だ。絶対に、見つけてみせる!」
「うん! 智ちゃんの命も、ゼークの心も……私が守る。私はまだ、動けるんだから!」
アルパスターは絵美の瞳をじっと見つめ、戦場の重圧とその覚悟を量るように沈黙する。
やがて、低く岩のような声が周囲に響いた。
「分かった……絵美、怪我はないな? 不安があれば、ホワイト・ティアラの者に声をかけてから行け。今、智美の捜索隊を編成している最中だ。捜索隊に合流する前に、一度ネイアの指示に従うんだ。強敵が、まだ戦場に残っている可能性もある。絶対に、単独で動くなよ!」
「了解! ありがとう、将軍!」
絵美は涙を振り払い、儚くも力強いウィンクを返す。
戦場に咲く一輪の花のような笑顔で、絵美は振り返らずにテントを飛び出していく。
その背中には、智美を必ず取り戻す不屈の意志が燃えていた。
「将軍、オレも行くぜ! ゼークを頼む!」
航太も気合いを入れて、一歩を踏み出した。
しかし……
「お前は、その傷を治せ!」
アルパスターの声が、雷のように響き渡った。
「そんな重症の身体で、何ができる? お前を守るために人員を割けば、捜索も遅れる。そのぐらいのことは、理解しろ!」
言葉は容赦なく航太の胸を貫き、踏み出した足を止める。
確かに、身体は鉛のように重い。
フェルグスやスリヴァルディのような猛者が、まだ潜んでいるかもしれない。
こんな状態で出れば、命を落とすだけではない。
仲間を、危険に晒すだけかもしれない。
戦場での判断ミスで、自分を守ってくれる為に命を落とした兵……そして智美とゼークを危険に晒した記憶が蘇り、恐怖が全身を縛りつける。
(今の俺じゃ、皆の足を引っ張るだけってコトかよ! 悔しいが、将軍の言う通りだ。皆を信じて、待つしかねぇ……頼むぜ、絵美!)
忸怩たる思いが、胸を締めつけた……その時。
冷たく、弱々しい手が、航太の指先に触れる。
ゼークが、微かに目を開けた。
濁った銀色の瞳が、痛々しく航太を捉える。
血の気を失った唇が、かすかに震えながら言葉を紡いだ。
「航太……ごめん」
掠れた声は風に消えそうなほど弱く、それでも必死に言葉を押し出そうとする。
息を吸うたび傷口が引きつれる痛みが、ゼークの顔を歪めた。
「智美を、守れなかった……約束、守れなかった。隊長として……君たちを守ると、誓ったのに。ごめん……ね」
一言ごとに声が途切れ、涙が瞳の端から零れ落ちる。
震える指先が、航太の手を掴もうとするが力が入らない。
ただ、触れるだけ……
その冷たさは、まるで命の火が消えかかっているかのようだった。
後悔と自己嫌悪に満ちたその瞳は、航太の心臓を抉り粉々に砕いていく。
ゼークの健気さや痛み、そして罪悪感……すべてが、航太の胸に突き刺さる。
航太は言葉を失い、ただその冷たい手を両手で必死に包み込んだ。
熱い涙が頰を伝い、止まらない。
喉が詰まり、嗚咽すら漏れなかった。
(ゼーク……お前が謝ることなんて、ねぇんだよ! 俺の考えが、甘過ぎた……俺が、弱かったんだ! すまねぇ!)
それでも航太は、必死に言葉を紡ぐ。
「今アルパスター将軍が、智美の捜索隊を編成してくれてる。双子の絵美も参加するんだ。必ず、智美を見つけて帰ってくるさ!」
「そうだね……今は、信じて待つしかない。ゴメンね……智美」
そう言うと、再びゼークの瞳は閉ざされる。
テントの外では、戦火の音がまだ遠く響いていた。
智美は一人、そんな闇の中にいる。
残された者たちの心は、絶望と決意の狭間で……静かに、しかし激しく燃え続けていた。




