表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雫物語 Rewrite  作者: クロプリ
二人の逃避行
47/49

戦乙女の不撓と蒼き絶望

(智美! この状況で、離れるのは……絶対にダメ! 敵に飲み込まれてしまったら、探すことも難しくなっちゃう!)


 ゼークは、咄嗟に智美のもとへ駆け寄ろうとした。

 しかしヨトゥン兵の黒い波が容赦なく立ちはだかり、倒れた智美の姿を瞬時に飲み込んでいく。


 白銀の月影を振り上げ、ゼークは吼えた。

 銀色の刃が血飛沫を撒き散らし、飛び込んできたヨトゥン兵の首を刎ね飛ばす。

 断末魔の叫びが、耳を劈く。


 だが倒した瞬間、次の波が押し寄せた。

 まるで戦場そのものが智美をゼークから引き剥がす悪意に満ちているかのようである。


 黒い鎧の群れが次々と壁を築き、二人の距離を無情に広げていく。


(私が、神剣に認められていれば……この程度の敵なんて、一掃できたはずなのに! 絶対に、智美を救うって決めたのに!)


 胸の内で、怒りと絶望が灼熱の溶岩のように煮え滾る。


 手に馴染む白銀の月影が、今は自分の凡庸さを嘲笑っているように感じられた。


 どれだけ激情をぶつけても、一刀で倒せる敵はただの一体。

 反撃を紙一重でかわして剣を突き込み、また一体。


 凡庸な鋼は悲鳴を上げ、腕は鉛のように重くなる。


「まだ……まだ、やれる! 腕が重くたって、神剣じゃなくたって! まだ、力の全てを使ってない! 前を向け! 甘えるな、ゼーク!」


 ゼークは歯を食いしばり、奥歯が軋む音を聞いた。

 銀色の髪を血と汗で乱れさせ、深く息を吸い込む。


 心の中で、運命の旋律が激しく流れ始めた。

 剣を鞘に半分だけ戻し、柄を強く握り直す。


「終極・蒼月!」


 重い腕を、高速で引き抜く。


 鞘と刃の摩擦が青い火花を散らし、蒼い炎が爆発的に広がった。

 振り抜かれた白銀の月影が弧を描き、青炎を撒き散らす。

 攻撃範囲にいたヨトゥン兵が一斉に炎に包まれ、黒い肉が焼ける嫌な音と煙が上がった。


 まだ……ゼークの動きは、止まらない。


 白銀の月影が唸りを上げ、朧華連舞が炸裂する。

 風を切り裂く高速の連撃が嵐のように連続し、蒼炎に怯んだ敵の体勢を崩していく。

 防御を無効化し、急所を正確に穿つ。

 一撃ごとに肉が裂け、骨が砕ける音が響いた。


 数瞬の間に、複数のヨトゥン兵が血の雨を浴びて崩れ落ちる。


 しかし……黒い波は、まだ尽きない。


 技の隙を突かれ、ゼークの左腕に灼熱の痛みが走る。

 白い肌が深く裂け、鮮血が噴き出して視界を赤く染めた。


 白く霞む視界の奥に、航太やフェルグスが神剣を振るう圧倒的な光景がよぎる。


(私がMyth Knightだったなら、技を二つも使えば智美を救い出せた。智美を守りながら、本隊に合流することだって……ゴメンね。あまりにも、私は力不足だ……)


 現実は……

 冷酷で……

 残酷で……

 慈悲など、微塵もない。


 現実の冷酷さが、容赦なくゼークを押し潰す。

 剣は、ただの鋼。


 どんなに高速で振り下ろしても、力の限り振り回しても……結果は、何も変わらない。

 命を削りながら、ただ数体を倒すだけ。


 傷は深くなり、体力は底を尽き……身体は、自分の意志すら裏切り始める。


 それでもゼークは剣を握りしめ、唯1人で戦場に留まり続けた。


(智美……せめて、智美だけでも! 私の命で智美が救えるなら、それでいい! 凡人の私を救うために、Myth Knightが犠牲になるなんて……そんなこと、許されることじゃない!)


 その一念だけが、折れかけた心を支えている。


 それでも、身体の限界が先にきた。

 視界が激しく揺らぎ、意識が霞み始める。

 その時……


 三条の眩い閃光が、戦場を切り裂いた。

 雷鳴のような轟音を伴う光の刃が、ゼークを囲むヨトゥン兵を一瞬で薙ぎ払う。


 ヨトゥン兵の身体に、閃光で貫かれた穴が開く。

 多くのヨトゥン兵の身体を貫いても、消えない閃光……


 光は戦場の闇を貫き、絶望の底に希望の息吹を呼び覚ます。


「ゼーク、無事か!」


 嵐を切り裂くような、力強い声。

 アルパスター・ディノが、上級神槍ブリューナクを手に立っていた。

 血と泥に塗れた鎧に、傷は一つもない。


 その圧倒的な姿を見た瞬間、ゼークの全身から力が抜け落ちる。


 絶望の淵で、ようやく一筋の希望を見出す。

 その希望の大きさは、同時にゼークの無力を容赦なく突きつける。

 胸の奥で、激しい葛藤が渦巻いた。


(Myth Knightは、やっぱり凄い。どんなに努力しても、とても叶わない。だからこそ神剣に認められた智美は、絶対に助けないといけない。人類の希望……なんだから)


 アルパスターの圧倒的な力を前に、ゼークの心は再び無力感に苛まれていく。


「しっかりしろ、ゼーク! お前は、よく戦った! よく、耐えた!」


 アルパスターの力強い声が、ゼークの魂に直接響く。


 僅かに残った力を振り絞り、ゼークはゆっくりと上体を起こす。


「もう大丈夫だ。一旦、退くぞ!」


 アルパスターはゼークを抱き上げ、軽々と馬に乗せた。

 その所作は、戦場を支配する王者の威厳に満ちている。


「将軍、まだ智美が……この先で、助けを待っているはずです。私より、智美を優先してください。お願い……」


 意識が朦朧とし、声が掠れた。

 それでもゼークは血に濡れた唇を震わせ、必死に訴える。

 瞳の奥には、今すぐ戦場へ舞い戻り智美を探し出すという不屈の炎が激しく燃えていた。


(智美、私が必ず助ける。将軍の力を借りれば、絶対に助けられるから。もう少しだけ、頑張って……)


 自分の非力さが……

 歯がゆくて……

 悔しくて……

 胸が張り裂けそうだった。


 それでも、アルパスターがいれば……Myth Knightがいれば、何とかなる。

 智美を、助けることができる……そんな最後の希望が、ゼークを支えていた。


「分かっている。本隊と合流次第、直ちに捜索隊を組織する。お前はまず、生き延びることが最優先だ。それが今、できる最善だ!」


 アルパスターの声には、一切の反論を許さない意志が宿っている。


 それでも……


「将軍……私はまだ、戦える。まだ、動ける。だから、お願い……智美を、一緒に探して」


 声が、震えた。

 部隊の総大将を危険に晒していることも、気付かない。

 戦場でフェルグスと対峙させないという自らへの強い誓いに背いていることすら気付かない程に、智美の身を案じていた。


 ゼークは縋るようにアルパスターに懇願し、そして気を失う。


 馬上で崩れ落ちる銀色の髪の騎士は、まるで戦場の女神が地に堕ちたかのようだった。


「ゼーク、よくやった。確かに智美は大切な仲間であり、神剣は貴重だ。だが、人の命も同じように貴重なんだ。無駄に散る命は、少ない方がいい」


 アルパスターはブリューナクを高く掲げ、光の奔流から溢れ出すように閃光を放つ。

 一瞬にして血路が開かれ、ヨトゥン兵の群れが聖なる光に呑み込まれていく。

 閃光は戦場の闇を切り裂き、絶望を希望へと塗り替える。


 ゼークの意識は、希望と深い疲労の狭間で揺れ動く。


 アルパスターの逞しい腕の中で、ゼークの思考は静かに闇の底へと沈んでいった……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ