神槍が放つ希望の閃光
暗くなりつつある空を、三筋の光が雷鳴のような轟音を伴って引き裂いていく。
その光は希望の炎を纏い、薄暗い大気を焦がしながら疾走した。
天の裁きそのもののように、閃光は容赦なくヨトゥン兵の巨躯を貫き……粉砕していく。
巨体は悲鳴を上げる間もなく崩れ落ち、土煙が渦を巻いて戦場を覆う。
地面が震え、空気が熱を帯びる。
土と焦げた肉の臭いが混じり合い、喉の奥まで焼くように迫ってくる。
航太は地面に倒れたまま、その神々しい輝きに息を呑んだ。
胸の奥で、希望の鼓動が激しく打ち鳴らす。
しかし全身からは、今も温かい血が絶え間なく流れ続けていた。
痛みは激しく、視界がぼやける。
指先は、痺れるように冷たくなっていく。
死の冷たさが、足元から這い上がってくるようだ。
それでも、立ち上がらなければならない。
自分を信じてくれた仲間のために。
助けを待っているであろう、二人のために。
「アルパスター将軍! 頼む!」
腹の底から声を絞り出し、航太は地面に向かって風の刃を解き放った。
鋭利な風圧が土を抉り、舞い上がった土煙が一瞬でスリヴァルディの身体を飲み込む。
傷だらけの身体が悲鳴を上げ、骨が軋む音が自らに聞こえた。
それでも航太は、最後の力を振り絞る。
エアの剣で前方へ暴風を巻き起こすと、その反動で後方へ弾け跳んだ。
地面に激しく叩きつけられながらも、燃えるような眼差しで土煙の向こうを睨みつける。
心臓の鼓動が、血と共に「まだ戦える」と告げていた。
「航太、よくやった! スリヴァルディ、そこにいたか!」
航太の魂の叫びに呼応するかのように、アルパスターが動く。
上級神器ブリューナクが、天を裂くほどの輝きを放つ。
三条の光の槍が土煙を突き破り、一直線にスリヴァルディを貫く。
光は閃光となり、戦場全体に耳を劈く轟音を響かせた。
「ぐはぁぁっ!」
獣のような苦痛の咆哮を上げ、スリヴァルディの足が砕け膝をつく。
地面に光の帯を残し、周囲のヨトゥン兵が衝撃波ではね飛ばされた。
航太の胸に、勝利の炎が一瞬で燃え上がる。
「だらぁ! やったぜ!」
しかしその喜びは、ほんの一瞬に過ぎなかった。
土煙が、ゆっくりと晴れていく。
スリヴァルディの胸と腹と足に穿たれた三つの大穴は、既に不気味な再生の兆しを見せていた。
肉が蠢きながら塞がり始め、獰猛な笑みを浮かべた身体がゆっくりと立ち上がろうとする。
航太の背筋に、冷たい戦慄が走った。
(やっぱり、一撃じゃ死なねぇのかよ! あれで倒せねぇんじゃ、打つ手なしだぜ。まじで、九回殺さなきゃ終わらねぇのか? てか……九回で、死んでくれんのかよ?)
それでも、先程までより状況は確かに改善している。
フェルグスと同格と謳われるアルパスターの参戦は、航太の心に一筋の光を灯した。
震える手で、エアの剣を握り直す。
剣身は微かな光を放ち、持ち主の意志に応えるように震えていた。
まだ諦めるな……そう、優しく語りかけているかのように。
「戦場に出てくることのないアルパスターの旦那が出てくるとは、よっぽどコイツが大事なのかぁ? それとも、他に大切な用事でもあるのかなぁ? まぁ、どっちでもいいんだがなぁ!」
スリヴァルディの身体は瞬く間に再生し、もう平然と喋れるようになっている。
その異常な再生力は、航太の決意すら無に帰すほどだった。
「アルパスターの旦那を倒してしまうと、フェルグスが喜ぶだけだしなぁ! 旦那には是非、フェルグスと殺り合ってもらいたいからなぁ! 敵の本隊も近づいてるだろうし、勝ち戦で無理はしない主義なんでなぁ。ここは一旦、退かせてもらうんだなぁ!」
冷酷な嘲笑を残し、スリヴァルディは即座に命令を下す。
残存するヨトゥン兵が、一斉にアルパスターと航太へ殺到する。
その隙にスリヴァルディは、戦場の闇へと溶け込むように後退を始めた。
「この、卑怯者! 部下を盾にして、逃げるのかよ!」
航太の怒号が、周囲に響く。
が……群がるヨトゥン兵に足を取られ、傷だらけの身体では振り切れない。
スリヴァルディに敗北した悔しさが胸を焼き、地面に落ちる自分の血が心の傷を映しているように感じる。
ゼークと智美が逃げ切れたかもわからないまま、スリヴァルディも逃した。
とても、守れたとは言えない。
智美の笑顔も、ゼークの背中も……航太は、叫ぶことしかできなかった。
その時、アルパスターが静かに一歩を踏み出す。
ブリューナクから放たれた光の嵐が、黄昏の空を白く染め上げる。
無数の光の矢が放射状に飛び、群がるヨトゥン兵を一瞬で薙ぎ払った。
絶叫が上がり、巨体が次々と崩れ落ちる。
残ったヨトゥン兵たちは恐怖に顔を歪め、将軍の姿を一目見るや否や蜘蛛の子を散らすように逃げ散った。
戦場の喧騒が、忽然と止む。
航太の周囲に、静寂だけが残される。
(す、すげぇ! これが、アルパスター将軍の……ブリューナクって、神槍の力かよ。格が……違い過ぎる)
初めて間近で見たアルパスターの戦いは、圧倒的だった。
ひと睨みで敵を退け、一振りで戦況を変える。
その姿は、まさに一騎当千……ベルヘイム軍の、希望そのものだった。
フェルグスと同等とまで言われる、力。
その絶望的な差を、航太は骨の髄まで思い知らされた。
全力で挑んでも勝てないと悟った自分が、今は酷く小さく……そして、情けなく感じる。
熱い涙が頰を伝い、血と混じり合った。
悔しさか、安堵か……自分でも、わからない。
自分が屈したフェルグスと同等の力が、今は味方としてここにいる。
その事実だけが、折れかけた航太の心に温かな灯りを灯した。
「航太、ゼーク達と一緒だったはずだが……ゼーク隊は、壊滅状態だ。ゼークも、智美と絵美の姿も見えない。どうなったか、教えてくれないか?」
アルパスターは血の臭いが濃い戦場をものともせず、穏やかな声で尋ねた。
その眼差しには、戦いの激しさとは裏腹の深い優しさが宿っている。
まるで、傷ついた息子を慈しむ父親のように。
航太は唇を震わせ、言葉を絞り出す。
「ゼークと智美は、一緒にいる。スリヴァルディに智美が足をやられちまって、ゼークが抱えて逃げてるんだ! まだ、ヨトゥンの部隊に囲まれてるはずだ! 早く、助けに行かねぇと!」
傷だらけの身体をエアの剣で支え、ゆっくりと立ち上がる。
その姿を見たアルパスターの瞳に、深い不安の影がよぎった。
「ゼークは、無事なのか?」
「両腕を負傷してる……右腕は智美に治療してもらってたけど、完治はしてない。もう、限界だと思う……」
航太は拳を地面に叩きつけ、土と血を握りしめる。
守れなかった悔しさと無力感が胸の中で渦を巻き、嗚咽が喉を塞ぐ。
アルパスターは静かに頷き、戦場を見つめた。
「航太……お前は、ここから一人で本隊まで戻れ。その傷で、戦場を捜索するのは無理だ。だが、本隊までは敵も少ないはず。気合いを入れて、なんとしても辿り着け! 俺は、ゼーク達を助けに行く」
「けど将軍……あんた、大将だろ! 敵に、真っ先に狙われる立場じゃねぇのかよ!」
「そんな事は、大した問題じゃない。任せろ」
短く、しかし揺るぎない言葉。
アルパスターは微笑み、馬を駆って戦場の嵐の中へと飛び込んでいく。
その背中は戦神の化身のようだった。
風に靡くマントが、希望の旗のように見える。
航太は拳を握りしめ、歯を食いしばった。
(ゼーク、智美……なんとしてでも、生きててくれ! 力になれなくて、すまねぇ! でも、もう大丈夫だ。将軍が、必ず助けてくれる。もう少し、辛抱してくれ!)
胸に灯った小さな希望を、両手で大切に包み込むように握りしめる。
航太は、エアの剣を力一杯振り上げた。
剣風が黄昏の空を切り裂き、仲間への想いと不屈の意志を戦場に高らかに響かせる。
血に塗れた風の騎士の声なき叫びは、闇の中で確かに光を放っていた。
たとえ、今は小さくても……いつか、この手で仲間を守れる日が来ると信じて。
その想いは、まだ星が輝かない空の下で確かに輝き始めていた。




