裏切りの聖騎士3
「立ち上がるか……そのまま倒れてくれていれば、戦わずに済んだものを。だが戦う道を選んだのは、貴公らだ」
フェルグス・マクロイヒの声は、戦場の喧騒を切り裂くように低く響いた。
黄金の鎧に純白の装飾が施されたその姿は、血と泥にまみれた戦場の中でさえ神々しい輝きを失っていない。
手に構えた神剣カラドボルグの刀身が、金色の電撃を帯びていく。
「危ねぇ!」
航太は咄嗟に叫び、右手でゼークの身体を強く押しやる。
異世界に来て初めてできた友人であり、戦友……大切な人を、反射的に守る動作だった。
次の瞬間……二人の間に閃光が走り、耳をつんざく爆音が轟く。
カラドボルグから放たれた雷撃が地面を抉り、土煙を巻き上げた。
熱風が航太の頰を焼き、ゼークの身体が軽く吹き飛ぶ。
「希望は、持たないことだ。世界を救うことと、人を救うことは同義ではない。私は、止まれない……この世界の真実を見極めるまでは!」
フェルグスの瞳には揺るぎない決意と、どこか悲壮な影が宿っている。
カラドボルグが、再び神々しく輝きを増す。
刀身全体が聖なる雷光に包まれ、螺旋を描く刃が低く唸りを上げ始めた。
周囲の空気がわ震る。
戦場にいる者たち全員が、その圧倒的な力を肌で感じ取っていた。
ゼークは身体を起こしながら、苦渋に満ちた声で叫ぶ。
「フェルグス! 世界の真実って、何? 私たちと一緒に戦いながら、それを見極めることはできないの?」
フェルグスは、静かに首を振った。
表情は穏やかだったが、その奥底には止めることのできない何かが渦巻いている。
「私の道は、すでに定まっている。貴公らが私を止めたければ、力尽くで証明するがいい。来い、旧友よ!」
航太は息を整え、エアの剣の柄を強く握りしめた。
離れた場所にいるゼークと視線を交わし、互いに頷き合う。
この戦いは、もはや避けられない。
黄金の聖騎士フェルグスを前に、二人はそれぞれの覚悟を胸に構えを取った。
カラドボルグの輝きが頂点に達し、次の雷撃が放たれる。
「くっ……!」
刹那の、閃光。
カラドボルグが、雷蛇のごとくのたうったかに見えた。
幻影のように揺らめく神剣は、一瞬でゼークの左肩を無慈悲に貫通する。
鮮血が弧を描いて飛び散り、戦場の淀んだ空気を切り裂く。
「きゃあああぁぁっ!」
カラドボルグに迸る電撃が、左肩を中心にゼークの全身を焼き焦がした。
焦げつく肉の臭いが、硝煙と血の匂いに混じって鼻腔を刺す。
ピクピクと痙攣しながら、ゼークの身体がゆっくりと倒れ伏していく。
その姿は、航太の網膜に永遠に焼き付くかのようだった。
時間が止まったように、鮮明に。
「ゼーク!」
航太の叫びは、血と土と死の臭いに満ちた戦場に虚しく響いた。
心臓が激しく締め付けられ、恐怖と無力感が全身の血を凍らせる。
それでも、立ち尽くしている暇などない。
震える右手でエアの剣を握り締め、航太はフェルグスに向かって風の刃を放つ。
しかし疾風の如き一撃すら、フェルグスは嘲るようにカラドボルグの一閃で粉砕した。
だが、航太の真の狙いはフェルグスではない。
「ゼーク、目を覚ませ! ちくしょう……あんなに心配して、大切に思っていたのによ! くそっ!」
一瞬の隙に、航太は気を失ったゼークのもとに駆け寄っていた。
焼け焦げた傷口は出血を奇跡的に抑えていたが、電撃の衝撃はゼークの魂までも焼き尽くしたかのように見える。
航太の指は激しく震え、思わずゼークの冷たくなった手を強く握りしめる。
胸の奥底で、仲間を失う恐怖が黒い炎のように燃え上がった。
(カラドボルグ……神話を調べていた時に、見た気がする。刀身が一瞬で虹の長さまで伸びるとかっていう、チート級の神剣だったはずだ。ゼークの部隊を一瞬で斬り裂いたのも、この剣とフェルグスの仕業だったんだ!)
航太は歯を食いしばり、フェルグスを睨みつける。
ゼークの純粋な想いを踏み躙られた怒りと、圧倒的な力の差から来る絶望。
そんな感情が、心を引き裂かんばかりに交錯する。
「お前が守りたいってモノ……大切なモノってヤツは、俺にも分かる気がする!」
フェルグスに睨まれ、航太の声がわずかに震えた。
「けどよ、ゼークやアルパスター将軍を敵に回す必要はないだろ! 二人は、お前にとっても大切な人のはずだ! だったら、こんな戦いに意味なんてねぇ! 大切な人達を倒して守ったモノで……お前は本当に納得できるのかよ!」
必死に、時間を稼ぐ。
フェルグスの力は、まさに物語に登場する英雄のように感じる。
このまま真正面からぶつかれば、自分もゼークと同じ運命が待っているだろう。
それでも、逃げることなどできなかった。
仲間であり、友を……ゼークを、失うわけにはいかない。
「時間稼ぎか? まぁいい、乗ってやる」
フェルグスの声は氷の刃のように冷たく、重かった。
「ゼークもアルパスターも、軍の要職に就かなければ戦わずに済んだかもしれんな。だが、彼らはその選択をした。もはや、手遅れだ」
その瞳には、鋼鉄のような決意が宿っている。
カラドボルグを構える姿は、まるで運命そのものと対峙しているかのようだった。
(くそ、何か……何か、ねぇのかよ!)
必死に希望を探す航太の視界の端で、ヨトゥン兵と剣を交える智美の姿が飛び込んでくる。
智美の纏う蒼き光が、戦場の闇の中で希望の灯火のように輝いていた。
(智美、頼む……気づいてくれ!)
航太は心の中で叫び、全身の力を振り絞って跳躍する。
そしてエアの剣を背後に構え、猛烈な暴風を巻き起こす。
「うおおおおぉぉぉっ!」
風の咆哮が戦場を震わせ、航太はフェルグスへ一直線に突進した。
空中で一回転し、遠心力を乗せて渾身の一撃を振り下ろす!
ガァァァキィィィン!
神剣と神剣が激突し、天地を裂くような金属音が響き渡った。
衝撃が、航太の右腕を激しく痺れさせる。
しかしその一瞬の隙が、希望の糸口となった。
近くで戦っていた智美が、激しい金属音に反応して振り返る。
航太と目が合い、倒れたゼークの姿を捉えた。
智美が力強く頷くのを確認し、航太は即座にフェルグスの足元へ風の刃を連射する。
土煙が激しく舞い上がり、フェルグスの視界を一時的に奪う。
その刹那……航太は風を自在に操り、ゼークの元へ跳躍した。
意識を失ったゼークを抱え上げ、智美の側まで飛ぶ。
「ゼーク……あんなに強かったのに、こんなに傷だらけになっちゃうの? あの人、そんなに強いわけ?」
智美はゼークの焼け焦げた傷を見た瞬間、息を呑んで片手で口を覆った。
瞳には信じがたい衝撃と、深い悲しみが宿っている。
「智美、頼む! ゼークを、救ってやってくれ! 俺は……回復するまでの時間を、何とか稼いでみる!」
智美の持つ双剣……草薙剣と天叢雲剣は、癒しの力を持つ。
その神剣を信じて、航太はゼークを智美に預ける。
「分かった! でも、気をつけて! ゼークを、ここまで傷つけられる相手なんでしょ? 無理だけは、絶対にしないで!」
「今、無理しねぇで……いつ、無理すんだよ! ゼークを、絶対に頼む! だけど、出来るだけ早くな!」
智美は涙を堪え、力強く頷いた。
航太は、自分が傷つく覚悟をしている。
ならば……
智美が双剣を優しく振るうと、青白い癒しの光が放たれる。
青き光が、ゼークの身体を柔らかく包み込んだ。
血と死が支配する戦場の闇の中で、その光はまるで奇跡のように清らかで温かい。
航太は、再びフェルグスと向き合った。
「難しいことなんて、どうでもいい! 俺にも守りたい人がいる! 大切な仲間がいる! それを……失うわけにはいかねぇんだ! たとえアンタに、守りたい正義があったとしても……だ!」
フェルグスは静かに、しかし重い声で答える。
「それこそが、人の心というものだ。大切な者を守るため、時には全てを賭けて戦わねばならない。そして、人によって大切なモノが違う。だからこそ、争いは生まれる」
その言葉とともに、カラドボルグが雷光のように伸びた。
不可視の刃……一瞬で虹の長さまで伸びるカラドボルグを、見切るのは不可能。
その瞬間……航太の瞳が、仄かに赤く染まる。
カラドボルグが伸びる瞬間を……不可視の刃を、何故か航太には「見えて」いた。
人の目には見えるはずのない、神剣の軌跡を。
航太は風圧を巧みに操り、剣先をわずかに逸らし命からがら躱してみせた。
折れそうな心を、必死に支える。
「ゼークにとって、その大切な人……それがアンタだったんだ! アンタとアルパスターだったんだ! なんで……なんで、ゼークの気持ちに応えてやらねぇんだよ! アンタの大切なモノとゼーク、二つとも守れるぐらいの力を持ってんだろーがよ!」
フェルグスは、明らかに攻撃の手を緩めていた。
ゼークの回復を待つかのように、時間を与えている。
その矛盾が、航太の胸を激しく掻き毟った。
(許せねぇ……救える力があんのに、守れる力があんのに! それでも一つしか選べねぇ、アンタが!)
運命の重圧が、二人の戦士を灼熱の戦場に縛り付けていた。




