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雫物語 Rewrite  作者: クロプリ
二人のフィアナ騎士
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裏切りの聖騎士1

 戦場の空気が、灼熱と血の臭いで重く淀んでいく。


「うぉおおおおおおっ!」


 そんな空気の中、航太の咆哮が大気を引き裂く。


 不慣れな手綱を握る指は、骨が軋むほど震えている。

 それでも、エアの剣を振り抜く瞬間の意志は鋼よりも硬かった。


 ギィィィンッ!


 空間そのものが悲鳴を上げ、真空の刃が目に見えぬ超高速でヨトゥン軍の陣地を薙ぎ払う。

 テントの布が一瞬で真っ二つに引き裂かれ、骨組みが粉砕されながら宙高く舞い上がった。


 ヨトゥン兵たちの鉄兜や鎧が紙のように裂ける。

 肩から腕、胴から腰までが同時に断たれた。

 鮮血が噴水のように噴き上がり、赤黒い霧となって戦場を染め上げる。

 断末魔の叫びが何重にも重なり、まるで地獄の合唱のように周囲に響き渡った。


「さすがは、伝説のMyth Knight! 神剣に選ばれし者がいれば、俺たちに負けはねぇ!」


「毎回、いいようにやられてんだ! 今回は、こっちが一方的にやらせてもらうぜぇ!」


 ゼーク軍の兵士たちが狂ったように雄叫びを上げ、士気が爆発的に燃え上がる。


 その熱波が、航太の背中を灼く。


「もう一発だ! 諦めて逃げちまえ、ヨトゥン野郎ども!」


 逃げてくれ……それが、航太の本心だったのかもしれない。


 鎌鼬を一撃放てば、それで何人もの死者が出る。

 それでも……


 再び振り抜かれた、エアの剣。

 今度はより大きく、より深く。

 真空の弧が半径数十メートルを切り裂き、逃げ惑う兵士たちの列を一掃した。

 肉が裂け、骨が砕け……飛び散った内臓が、雨のように降り注ぐ。


「くそっ! せめて身体の構造は、化け物であってくれよ!」


 周囲の兵士に聞こえない程度の声で、航太は吐き捨てた。

 エアの剣を持つ手は震え、今にも感情が爆発しそうになる。


 地面は一瞬で血の池と化し、踏み潰された死体が泥のように沈んでいく。

 ヨトゥン軍の陣形は完全に崩壊し、悲鳴と混乱の渦が戦場を飲み込んだ。


 そう見えた、次の瞬間。


 雷鳴のようなフェルグスの号令が、戦場に響き渡る。


 ヨトゥン兵たちは、驚異的な統率力で即座に反撃態勢を整えていく。


 削られた部隊の空白を後方予備部隊が埋め、巨大な魔力障壁が風の刃を阻む透明な壁を形成。


 その間に、魔導師団が一斉に前線へ飛び出してくる。

 松明の炎が、数百の鬼火のように揺らめく。


 次の刹那。


 無数の火球が、空を埋め尽くした。

 灼熱の赤い流星群が、唸りを上げながらゼーク軍へ殺到する。


 空気が、焦げていく。

 熱波が肌を焼き、鉄の臭いに混じって硫黄の臭いが鼻を刺す。


「智美!」


 ゼークの叫びが、戦場を貫いた。


 その声に、智美が応える。

 草薙剣と天叢雲剣を交差させ、一閃。

 蒼い光が爆発的に広がり、半球状の巨大水結界がゼーク軍全体を包み込む。


 ジュウウウウウッ!


 火球が水結界に激突するたび。凄まじい蒸発音が連鎖する。

 灼熱の蒸気が白い爆煙となって、天に昇っていく。


 水の膜は軍の動きに合わせて柔らかく波打ち、まるで絶対防壁のように全ての火球を無力化する。


 更に、空が咆哮した。


 雲ひとつない青空が突然暗転し、天沼矛の神威が解放される。


 水滴一つで大地を生むと言われる神器の力は、蒸発した大気中の水分を瞬時に凝集。

 滝のような豪雨が戦場を叩きつけ、ヨトゥン魔導師たちの松明を一瞬で消し飛ばした。


 炎は、雨に飲み込まれ……呪文を紡ぐ口には水が流れ込み、魔導の言葉は水音と悲鳴に沈んでいく。


「航ちゃん、今は戦うしかない。辛いけど、出来る限りの命を私たちが守るから!」


「すまねぇ、智美。絵美も、サンキュな。今の俺の力じゃ、敵を薙ぎ払う事しかできねぇ! それでも、他の人の命を守る事に繋がるなら……やるしかねぇ!」


 再び振るわれた、エアの剣。

 生み出された突風は、ヨトゥンの魔導師たちを後方に吹き飛ばした。


「伝説のMyth Knightが、3人もいるんだ! 負ける気がしねぇ! ヨトゥンの野郎どもを、一気に蹴散らすぞ!」


 ゼーク軍の士気は頂点に達し、雪崩のような突進が始まる。

 馬蹄が大地を震わせ、剣が陽光を反射した。

 兵たちの雄叫びが、雷のように轟く。


 ゼークの部隊の先鋒が、フェルグスの部隊に喰らい付いた……その刹那。


 死の影が音もなく、しかし確かに落ちた。


 ズバァァァッ!


 ゼーク軍の先鋒の兵士たちが、次々と目に見えぬ刃に両断されていく。


 何の前触れもなく、空気が歪むわずかな振動だけ。

 胴体が斜めに裂け、上半身がゆっくりとズリ落ちる。

 まだ心臓が動いているため、鮮血が弧を描いて噴き出す。


 血の雨が戦場に降り注ぎ、地面を赤黒く塗り替える。


 ゼーク軍の士気は、一瞬で凍りつく。


「な……に?」


 航太の顔から、血の気が完全に引いた。

 心臓が凍りつき、吐き気が込み上げる。


 ゼークも、馬上で身体を震わせた。

 胸の奥が、鉛のように重く沈む。


 幼い日の記憶が、血の臭いとともに蘇る。


 私たちは、弱き者を守る騎士になる……そう誓った、フェルグスの笑顔。


 その弱き仲間たちを、不可視の刃で屠っているのはフェルグスだろう。


 フェルグスのカラドボルグは、一瞬で虹の長さまで伸びる……その事を、ゼークは知っていた。


 瞳に宿るのは、怒りではない。

 魂を抉る悲しみと、胸を締め付ける罪悪感であった。


「フェルグス!」


 魂の底から絞り出す叫びが、戦場を震わせる。


 ゼークは馬を全力疾走させ、血と剣戟の中心へ突き進んでいく。

 銀髪が雨と血を跳ね飛ばし、心臓が早鐘のように鳴る。


(私は、貴方を止める。貴方がヨトゥンに堕ち、その手を汚すのを見たくない!)


「フェルグス! 私と勝負しろ!」


 金色の騎士の姿を捉えた瞬間、ゼークは叫んだ。


 フェルグスからの答えは、無慈悲な斬撃……カラドボルグから放たれた不可視の斬撃が、空間を切り裂いてゼークを襲う。


 空気が裂ける、鋭い風切り音。


 音だけを頼りに、ゼークは咄嗟に馬から飛び降り地面を転がった。

 銀髪が数本、不可視の刃に切り裂かれる。

 キラキラと、血の雫を散らしながら舞い落ちていく。


「ゼーク……カラドボルグの一撃を躱すとは、見事だ。成長したようだな。だが、将が部隊を離れて単騎で戦うのは愚かな行為だぞ」


 黄金の鎧が輝くフェルグスが、堂々と馬上で現れる。


 その姿を見た瞬間、ゼークの胸が引き裂かれていく。


(綺麗……今でも、あの日のままだ。あの優しい瞳で、私を見てくれていたのに……)


「フェルグス! どうして……アデストリアの民を救うために、反乱を起こした貴方が! どうして今、人の命を奪っていくの?」


 慟哭の、叫び……


 フェルグスは、静かに首を振る。


「ゼーク、人の行いが全てではない。ヨトゥンにも命があり、心がある。人とかヨトゥンとかは、関係ないんだ。清き心を持てるなら、人でなくても尊いんだ」


「なら、どうして人の世界に侵略してくるの? 戦争を仕掛けてきたのは、ヨトゥンだよ? 守る為に戦ってるのは、人間の方。清き心を持ってる者が、侵略戦争なんて仕掛けないでしょ!」


 ゼークが、先に動いた。


 ゼーク専用のバスタード・ソード「白銀の月影」の柄を、握りしめる。


 白銀の月影を両手で構え、一直線に突進。


「風読み、風閃!」


 ガァァァンッ!


 相手の攻撃の「風」を読みつつ、生まれた隙に突きを繰り出す風閃。


 カラドボルグの動きを先読みした筈のゼークの剣は、しかし簡単に防がれた。

 剣が激突し、火花が爆発的に散る。


 衝撃でゼークの腕が痺れ、反動が肩を貫く。


 ゼークの隙を付くように、フェルグスが即座に反撃。

 カラドボルグが、不可視の連斬を放つ。


 ゼークは咄嗟に身を捻り、一撃目の斬撃を紙一重で躱す。

 しかし二撃目が左肩の鎧を浅く裂き、血が噴き出した。


 熱い痛みが走るのと同時に、幼少期の記憶が閃く。

 雨の訓練場で転んだ自分を抱き上げ、微笑んだフェルグスの顔。

 共に戦い、世界に平和を取り戻そうと誓ったのに……


「くっ!」


 ゼークは歯を食いしばり、白銀の月影を横薙ぎに返す。


「朧華連舞!」


 青き閃光が幾重に重なり、更にゼークは足に力を込める。


 剣風がフェルグスの馬を後退させ、黄金の鎧に小さな傷を刻む。

 フェルグスもまた、わずかに表情を緩ませた。


「ゼーク……流石だ。ファルミア殿の真似ではなく、自分の力として銀狼の力を受け継いでいる。まだ、騎士の道を誤っていないのか?」


 その言葉が、ゼークの心をさらに抉る。


「誤っていない? 貴方が、間違っているんじゃない! 騎士なのに、ヨトゥンに与して……私の剣は、人を守る為にある! 絶対に、誤らない!」


 再び、二人が激突した。

 白銀の月影とカラドボルグが三度、四度と交錯する。


 金属の絶叫が連続し、地面が陥没するほどの剣圧が巻き起こった。

 ゼークの銀髪が血に濡れ、視界が赤く染まっていく。

 息が荒く、胸が焼けるように熱い。


(愛していた……あの頃から、ずっと。兄のように、慕っていた。だからこそ、貴方の目を覚まさせてみせる! 私の磨き上げた、この剣で!)


 カラドボルグの閃光の様な攻撃が、視界を掠める。

 ゼークは紙一重で躱わすと、白銀の月影を鞘に半分収めた。


「蒼月!」


 蒼炎を舞い散らせ、弧を描く。

 神速の一撃がフェルグスの肩を掠め、黄金の鎧に傷を付ける。


「フェルグス、どうして戻って来れないの! 心も、ヨトゥンに魅力されてしまったの?」


 声が震え、涙が頬を流れた。

 それでも、白銀の月影を構える。


 胸の奥で、幼き日々と現在の惨状が激しくぶつかり合う。


 フェルグスもまた、静かにカラドボルグを構え直す。

 その瞳には、ゼークと同じような悲哀が深く宿っていた。


 金属の悲鳴が、再び空を切り裂く。

 二人の運命を賭けた狂おしいほどの死闘が、激しさを増して続いていく……

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