運命の交響曲3
反乱の報せが届いた瞬間、フェルグスの心臓は激しく鼓動を打った。
アルスター王国の国境に位置する村、アデストリア。
そこはヨトゥン軍の脅威にさらされた最前線で、約五百人の住民が暮らす中規模の集落である。
そのアデストリアは、ヨトゥン軍の将ロキが率いる部隊に囲まれていた。
ストレスに晒された状態での、生活苦……民衆の不満が爆発し、反乱が起きている。
それが、フェルグスに届けられた急報だった。
フェルグスは即座に愛馬に跨がり、近衛騎士たちを従えて現地へ急ぐ。
馬の蹄が大地を蹴る音が、森の木々を震わせる。
道中、風が木の葉をざわめかせ、遠くから煙の臭いが漂ってきた。
アデストリアの空は、すでに灰色の雲に覆われているのかもしれない。
フェルグスの胸中には、民の苦しみが渦巻いていた。
アルスターの重税と戦争の負担が民衆を追い詰めていることを、フェルグスは知っている。
父である国王の政策が、民を苦しめていることを。
その道すがら、不審な影が現れた。
漆黒の鎧を纏い、漆黒の馬に跨った騎士。
馬の毛並みは闇のように黒く、鎧の表面は光を吸い込むかのように鈍く輝いている。
漆黒の騎士の視線は鋭く、フェルグスの全てを見透かすようだった。
挙動に隙はなく、只者ではない。
フェルグスは無意識に、神剣カラドボルグの柄に手を伸ばす。
「フェルグス殿と、お見受けする。間違いはないか?」
漆黒の騎士の声は低く抑揚のない響きで、森の静けさを切り裂いた。
「貴様、何者だ! フェルグス様は急いでおられる! そこをどいてもらおうか!」
近衛騎士の1人が、馬を進めてフェルグスと漆黒の騎士の間に割り込む。
剣に手をかけたその騎士の目は、敵意に燃えていた。
「すまぬが、フェルグス殿に重要な話がある。我らと共に歩むか、愚王と共に騎士としての道を外していくのか……話を聞きたくば構わないが、貴殿も後に引けなくなるぞ?」
漆黒の騎士の言葉は、静かだが重みがある。
まるで運命の選択を迫る、予言者のように。
「怪しい奴め! 貴様と話をしている余裕など、ない! どかねば、斬るぞ!」
近衛騎士が剣を抜きかけた瞬間、フェルグスはその動きを制止させる。
「待て。かなりの使い手だ。戦えば、こちらも犠牲を覚悟しなくてはいけない。だが、我々も急いでいる。手短に済ませてもらえると、助かるんだが?」
フェルグスの声は落ち着いていたが、内心では警戒を解いていなかった。
漆黒の騎士は一礼し、ゆっくりと語り始める。
「ありがとうございます。話は簡単です。この先で起きている反乱に加担しているアデストリアの民、約五百名……他の村からアデストリアに向かっている民衆、約百名。全て、我々が責任を持ってお預かりします。フェルグス殿も共に来て頂ければ……ですが」
その言葉に、フェルグスは視線を鋭くした。
騎士の目は真っ直ぐで、嘘の気配はない。
「なるほど……こちらの事情は、お見通しという訳だ。私が国を裏切り、更にフィアナ騎士団をも裏切るとお思いか?」
「民の為ならば。人の命の尊さを、フェルグス殿は分かっているはずだ。命の重さは平等ではないが、軽々しく奪っていいものではない。人でもヨトゥンでも神でも、それは同じだと我々は思っています。フェルグス殿も、同じのはずだ。だからこそ、今アデストリアに向かわれているのでありましょう?」
フェルグスは、カラドボルグを握っていた手を離す。
漆黒の騎士の言葉は、フェルグスの心の奥底を突いていた。
民の苦しみは、無視できない。
それがフェルグスの弱さであり、強さでもあった。
「アデストリアの民の命は、保障してもらえるのだな?」
「もちろんです。命も生活も、保障しましょう。少なくとも、今よりは良い生活が出来るように手を尽くすつもりです」
漆黒の騎士の言葉に、フェルグスは頷く。
だが、近衛騎士の1人が叫ぶ。
「フェルグス様、このような得体の知れぬ騎士の戯言を信じるおつもりか? 民を連れて行ったところで、裏切る事もありえます!」
「そうか……確かに、名も知らぬというのもな。名乗ってもらう事ぐらいは、できるのだろう?」
漆黒の騎士は馬から下り、深く礼をする。
「失礼いたしました。ロキ軍の将、ビューレイストと申します。以後、お見知りおきを……」
その名に、近衛騎士たちはざわつく。
敵将の名を堂々と名乗るなど、狂気の沙汰だ。
「敵を前に、馬から下り……敵将の名を出し、降伏勧告をしてくるとはな! 貴様、阿呆か?」
1人の近衛騎士が馬ごとビューレイストに突っ込み、バスタード・ソードを振り上げる。
馬の蹄が土を蹴り、風を切る音が響く。
「フェルグス殿、兵の教育はしておいた方が良いな。無駄に命を散らす事になります」
ビューレイストは半歩で馬の突進を躱し、振り下ろされた剣の腹を手首に装備したガントレットで押し返す。
バランスを崩した近衛騎士は、馬から転げ落ち土埃を上げる。
「馬上からの攻撃を、軽々躱わすか……強いな」
フェルグスは、感嘆した。
ビューレイストの動きは、芸術のように洗練されている。
「フェルグス殿……アデストリアの民も含め、お待ちしております。我々と共に、あるべき世界の為に……」
ビューレイストは漆黒の馬に飛び乗り、森の奥へと消えていく。
その後ろ姿を見送りながら、フェルグスは決意を固めていた。
民を救う道は、そこにあるのかもしれないと思いながら……




